Episode:31
「不埒者にやられたと言っていたが、お前は女にやられたのか? この面汚し目が!」
「あ……」
例の男の人が、しまった、という顔になる。
それにしてもお父さん、なんだかひどい言い方だ。
「まぁいい。このままというわけには行かないからな。
そこのお嬢さん、話が――」
歩み寄ってきたおじさんが、言葉の途中で文字通り固まった。
「私は用はないぞ」
「え、あ、いや、その、後ろにいるおチビちゃんは、もしや……」
すごい慌てぶりで、先輩の話を聞いてない。何より、「おチビちゃん」って……。
自分のことだと分かってるけど、こういうふうに言われると、けっこう腹が立った。
「あたしが、何ですか?」
思わずちょっと、冷たい言い方になる。
「も、もしかして、カレアナ様の……?」
「え? 母を、ご存知なんですか?」
思いがけない名前が出てきて、驚いて聞き返す。
もしかして母さん、またひと騒動起こして、迷惑かけたんじゃないだろうか。
「えっと……うちの母、何かしましたか?」
「め、滅相もない!」
おじさん、土下座でもしそうな勢いだ。ぜったい母さん、何かやってる。
「えぇと、その、すみません……うちの母が何か、ご迷惑おかけしたみたいで」
「迷惑なんて! それどころかお嬢さまが娘さんとは露知らず、このたびはとんでもない失礼を、うちの馬鹿息子がしでかしまして。
きつく言っておきますので、どうかお許しください」
今日のことを母さんに言うとか言ったら、おじさん、泣きそうな気がした。
「あの、別にそんな、謝らなくても……。
あ、でも、街の人に迷惑かけるのは、出来たら……やめてもらえませんか? あと、ここのホテルにも……えっと、うちの系列なので」
「は、はい! 全員によく言い聞かせて、二度とこのようなことが、ないように致しますので!
ほら、お前もよく謝りなさい!」
おじさん、息子――要するにさっき叩きのめした人――の頭を、ムリヤリ下げさせる。
「なんで俺が……」
「黙らんか!」
一喝ついでにおじさん、息子さんの頭も容赦なく殴った。
「ホントに申し訳ありません、デキの悪いせがれでして。私に免じて、ここはひとつお許しくださいませんでしょうか」
どう答えようか、ちょっと悩む。「私に免じて」と言われても、このおじさんがどこの誰か分からない。
けど黙ってたらおじさん、何か勘違いしたみたいだ。ひたすら頭を下げて、「この償いはきっとさせる」とか言ってる。
「えっと、その、償いとかはいいですから……さっき言った、迷惑かけないようにだけ、していただければ」
おじさんが、気をつけの姿勢になった。宣誓でもしそうだ。