Episode:03
「どれか、気に入ったものでも?」
「いえ、その……」
男の人で、この店のオーナーらしい。
――どうしよう。
欲しいのは確かだが、買うわけにはいかなかった。ここでこれだけ使ってしまったら、他のものが買えなくなってしまう。
でも、いきなり断るのも……。
「あれ、もしかして君、シルファって言わないかな?」
「どうして、それを……?」
この人とは、初対面だ。だいいち大人の男の人など、フォセ先輩以外は学院の教官しか知らない。
けどこの人は、そんなことはお構いなしだった。
「そうかそうか、やっぱりなぁ。うちのミルから聞いちゃいたけど、こうして見るとほんとに美人さんだ」
「ミル……?」
ミルと言えば確か、ルーフェイアと同じクラスの仲良しだ。
「あれ、知らないかい?」
「ミルドレッドでしたら……知ってますが……」
よく私が作ったケーキを、ルーフェイアと一緒に美味しそうに食べている。
「そうそう、それがうちの娘でね。学校から帰って来ちゃ、よく君の話をしてくれるんだよ」
「そう、なんですか……」
そういえば彼女の自宅はブティックで、お父さんがデザイナーだと言うのを、何かで聞いたかもしれない。
それにしても私のことなど、何を話しているんだろう?
「ともかく、せっかく来たんだ。あがっていきなさい」
「あ、はい……」
上手く断れなくて、中へと連れていかれる。
「いやぁ、夏休みになるとミルのやつ、アヴァンへ行きっぱなしでね。静かなのは確かなんだが、物足りないんだよ」
「はぁ……」
だとすると、私はミルの代わりなんだろうか?
ともかく店の奥の部屋へと、私は上がらされた。お菓子とお茶とが、出される。
「いつもうちのミルが世話になって、悪いねぇ。
それで、少し時間はあるかい?」
「え、ええ……」
なんだかおかしな成り行きだ。
なにより、既に時間は取っているような……。
「あれ、急いでたかい?」
「いえ……」
確かに買いたいものはたくさんあるけれど、大急ぎと言うわけでもなかった。
「そうかそうか、それじゃちょっと、ここで待っててくれるかな。
せっかくだから、見てもらいたい物があるんだ」
言うが早いが、ミルのお父さんは奥へと引っ込んだ。
ひとり、応接室に取り残される。
――どう、しよう。
どうにか話をして、おいとましないと……。
けどどう言ったらいいのか、まったく思い浮かばなかった。タシュアはこういうことを切り抜けるのが上手いが、私はそもそも人と話すこと自体、下手だ。
どうしたらいいかと考え込んでいるうち、意外に早くお父さんは戻ってきた。しかも両手に、抱えきれないほどの服を持っている。
「それは……?」
まさか、買えと言うのだろうか?
でも本当に、ブランド物を買えるほどのお金などないし……。
困りきっておろおろしていると、よほどそれが可笑しかったのか、ミルのお父さんが笑った。