Episode:114
少し考えて、いちばん先に図書館を覗く。だがタシュアの姿はなかった。
次いで食堂へ行ってみたが、ここにも姿はない。もうお昼は済ませてしまったのだろう。
自分もここで食べようかと思ったが、珍しくサンドイッチなどが残っているのに気づいて、そちらと飲み物とを持つ。
どちらにも居ない上、武器が持ち出されていることを考え合わせると、たぶん訓練だ。だったら森の中だから、そこで食べてもいい。
建物から離れて、いつもタシュアが居る場所へと向かう。
丘の影、ほとんど人の来ないそこには果たして、タシュアの姿があった。
――非常に珍しい姿だったが。
よほど眠かったのか、木に寄りかかったまま眠っている。
起こさないようにとそっと近づいたが、気配に気づいたのだろう。ふっとタシュアが目を開けた。
綺麗な紅玉色の瞳。それが私の姿を捉える。
「すまない。寝ていたのか?」
「いえ」
そんなわけはないのだが、それがタシュアの答えだった。
そして彼が、言う。
「おかえりなさい、シルファ」
相変わらずの、ちょっと街まで行っていたのを迎えたような、気軽な言い方。
「ああ、ただいま。ついさっき戻った」
単に言葉が出たのは、そこまでだ。
タシュアが私をどう見るかが、気になる。
何しろこんな、今までに着たことがないような格好だ。気づかないワケがなく、だからきっと何か言うはずで……それなのに何も言わない。
やっぱり私には、似合わないのだろうか?
「タシュア……?」
なんだか心配になって声を掛けてみて、それ以上何も言えなくなった。
またタシュアが寝ている。
「何も寝ることはないだろう……」
さすがにちょっと毒づいてみたが、それでも彼は起きなかった。熟睡しているらしい。
腹いせにタシュアのタオルを敷物代わりにして、隣へ腰を下ろす。
彼の頭を私の膝に乗せてみたが、それでも起きなかった。
「私が立ち直れなかったら、どうするつもりだったんだ?」
言って頭を軽く小突いてみる。だがタシュアは僅かに、うるさそうに顔をしかめただけだ。
「――まったく」
ただ、タシュアのことだ。もし仮にそうなっても、辛さも傷も胸の奥にしまい込んで、何事もなかったの様に生きていくのだろう。
銀色の髪をそっと撫でると、柔らかい感触が手のひらに伝わった。
無防備な寝顔。
戦場育ちの彼は眠っていても常に警戒状態で、僅かの気配で即座に目を覚ます。逆に言うなら、動かされても起きないほど、私を信頼しているのだ。
これでいい、と思った。
何も信じない、信じることの出来ないタシュアが、唯一安心していられる場所なのだから……。
――起きたら、なんと言おう?
またそんなことを考える。
きっかけをくれたことを、ありがとうと言えばいいのだろうか? それとももうちょっと言い方があるだろうと、怒ればいいのだろうか。
タシュアは感謝してほしかったわけではない。だから、感謝を述べたところで、聞き流すだけだろう。
かといって、怒るというのも少し違う気がするわけで……。
また軽く、小突いてみる。
「そもそも……」
口よりも先に手が出る、こんな私を受け止めてくれる相手なんて、タシュア以外にいない。
そのことを、本人は分かっているのだろうか?
そしてこうも思う。
もしかしたら、私に他の道を選んで欲しかったのだろう、と。
神経をすり減らして命のやり取りなんてする必要のない、平穏な道。戦場しかないと言った彼とは、異なる道。
魅力がないと言えば、嘘になる。
だがそれでも、私はタシュアのそばに居たい。彼と一緒に歩みたい。
理由はとても単純で――好きだから、それだけだ。
加えてもうひとつ、見つけたことがある。
タシュアに戦場以外の道を、見つけてもらうこと。
出来るかどうか分からない。少なくとも容易な道ではないだろう。
――それでも。
将来と問われて出した、これが私の答えだ。
◆お知らせ◆
いまだ新インフル襲来中です☆
ご了承ください。
◇あとがき◇
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
この話はこれで完結し、明日より次作へ移ります。よかったらまたお付き合いください
◇お礼いっぱい◇
夏頃より何かと修羅場で、まとめてになってしまって本当にすみません。
REGRETTERさん
こちらこそ感想が遅れて、本当に申し訳ありません。
新作がなんだか、いろいろと修羅場でした(苦笑)
テロ組織に関しては、ほんの10年ちょっと前までは、いわゆる「赤」が主流だったんですよね。
それ以外にも、大国が裏から糸を引いていることもあったりで、なんとも言えないです。
なにしろあのタリバン、鍛え上げたのはアメリカだったりしますし。
巨鳥に関しては、「だからこそ」次へ繋がる話もあったりするので……。
まだまだ長い話が続きますが、これからもよろしくお願いします。
さーさん
感想、ありがとうございます♪
この話も「どうにか」という感じですが、落さずに済みました。
良ければ新作も、よろしくお願いしますね
ユウさん
読んでくださって、ありがとうございます♪
タシュアの正論は、間違ってはいないけど……ここでそれを言うか!みたいなものが多いです(苦笑)
今作でちらっと出てきましたが、かなりムリをしている部分があるので、その影響も大きいですね。
彼も少しづつ変わると思います(たぶん)。
新作がまた始まりますが、良かったらお付き合いください。
ふらくたるさん
何度も応援メッセージ、ありがとうございます♪
お尋ねのサリーア、どうだったでしょうか? 驚かれたかもしれませんね。
ようやっと、という感じですが無事この話も最後へ漕ぎ着けました。
明日からは新作ですが、またよろしくお願いします。