Episode:113
「そうそうシルファ、ヴィルがお土産楽しみにしてたよ」
思わず吹き出す。あまりにも彼女らしい。
「まるで自分がお土産なんていらないみたいな言い方ね、ディオンヌ」
「なによ。そういうシェリーだって、何を買ってくるのかしら、とか言ってたくせに」
ディオンヌとシェリーも相変わらずだ。
今までにもあった普段のやりとり。そのはずなのに、どこか新鮮な感覚を受ける。
「あまり期待されても困るぞ?」
冗談交じりに言うと、からかい半分の毒舌が返ってきた。
「大丈夫、期待はしてないわ」
「むしろ、楽しみすぎてお土産忘れたかと思ってたし」
「後で見たら、きっと驚くぞ」
そんな台詞を最後において、今度こそ友達二人と別れて、自室へ向かう。
まず鍵を開け、次に警報の解除にかかった。
上級隊の部屋はどれも、学院が設置した警報が着いている。何しろ毒物や精霊石といった危険物が置いてあるから、万一押し入られたら洒落にならない。
ただ警報自体は、学院から渡された魔石が結界と組みになっていて、割と簡単に操作できた。
警報が切れたのを確かめて部屋に入り、意外に思う。想像していたほど、空気が澱んでいなかった。
不思議に思いながらも、まずは荷物を置いてカーテンを開け、窓も開ける。
部屋に光が射し込み、潮風が吹き抜けた。
振り返る。
どこも変わっていないはずなのに、なぜか新鮮に見える部屋。
――また、ここから。
そんなふうに思いながら見回して、途中で視線が止まった。
机の上に、バッグがひとつ。
あの時タシュアに、思わず投げつけた物だ。彼は私の部屋の合鍵を持っているから、持って帰ってきて置いてくれたのだろう。
部屋の中の空気が、思ったほど澱んでいなかったのも、たぶんそのせいだ。
中を開けてみると、洗った水着とタオルが、綺麗に畳まれて入っていた。
「まったく……」
思わずつぶやいたが、何がまったくなのか、自分でもよくわからない。
なんとなくため息を付きながら、バッグを置こうとして気づく。中に見覚えのない、小さな箱があった。
革製の、立派な箱だ。
取り出して、開けてみる。
中には、細い銀で編まれた鎖に、小さな宝石――たぶん月長石――があしらわれた、アンクレットが入っていた。
箱の中に刻印された店の名前は、ランプラ・セレーネ。
誰からのものか、確認しなくても分かる。デザインは私が身に着けているブレスレットとそっくりだし、店は二人してお世話になった先輩の実家だ。
なんだか可笑しくなってきて、一人で小さく笑いながら、アンクレットを着けた。
どう見てもこれは、注文して作らせたものだ。そうでなければ、精霊からもらったブレスレットと、デザインが揃うわけがない。
こんなことをするくせに……一方で、私をあんな目に遭わせるのだ。
ギリギリのところで人の世界に踏みとどまっている、そんなタシュアの生き方。以前はただただ驚嘆するだけだったが、今は少し、可愛らしくも思えた。
慣れた自室で一休みしたあと、ともかくタシュアを探そうと、荷物を片付けて部屋を出る。
――会ったら、なんと言おう?
だがいろいろなことがありすぎたせいか、どうにもまとまらない。
結論の出ないまま、私はまずタシュアの部屋へ行ってみた。が、ノックしても返事はない。
「……入るぞ?」
渡されている合鍵と予備の魔石を使って、部屋に入ってみたが、やはり中は空だった。
時間から考えて……お昼でも食べに行ったのだろうか?