Episode:110
◇Sylpha
青い海の上を、船が滑っていく。
学院への連絡船の中は、私たちだけだった。今日は学院も休日のはずだが、まだ午前中なので、本土から島へ戻る生徒がいないのだろう。
緑の島が近づいてくる。
――何日ぶりだろう?
旅行とはいえ思わず飛び出した状態で、しかもその後、思わぬことで帰るのが遅れて……数えてみれば一ヶ月近い。
こんなに学院を空けたのは初めてなので、部屋の中が心配だ。もともと旅行に行くつもりで居たから、部屋の中は片付けておいたが、それでも気になる。
船が小さな岬を回りこんで、船着場のある湾の奥へと進む。
軽い衝撃が伝わってきて、動力音が消えた。接岸したのだろう。
「何回来ても、ここいいわねー」
なぜかここまでついてきてしまった、ルーフェイアのお母さんが、立ち上がって言う。
「そんなに、来てるんですか?」
「ここんとこ多かったわね。半月の間に、今日含めて3回来たかしら?」
確かに多い。
3回目が今だとすると、2回目は数日前、ルーフェイアとタシュアが学院へ帰ったときだろう。
1回目はよく分からないが……可能性があるとすれば、タシュアが来た時か。
ずいぶんいろいろと気を遣って、裏で動いてくれたらしい。
「荷物、持つわよ?」
「いえ、大丈夫です」
このくらいのことはしないと、鈍った身体が元に戻らない。
両側が崖になった坂道を、二人で並んで登っていく。これからケンディクへでも行こうというのだろう、何組もの学院生とすれ違った。
だがその生徒たちが……全員が全員、私たちを見つめてくる。
「あの、みんなこっち見てて……やっぱりこの格好、おかしいんじゃ……」
「そんなことないわよー、似合っててカッコいいわよ? だから見られてるんじゃない?」
あっさりとそんなことを言われた。
初めて履いた丈の短いタイトスカートは、なんだか脚が変な感じだ。上はジャケットを羽織っているからまだマシだが、キャミソールは胸元が開いていて、やはりこちらも妙な感じだった。
まぁ夏だから、涼しいといえば涼しいのだが……。
そんなことを考えながら歩いていて、気づく。すれ違う生徒の視線は私より、隣のお母さんに注がれていた。
――分かる気はするが。
人目を引く黄金の髪に、深い碧の瞳。背も私より高いし、胸も腰もある。
加えて着ているのが、はっとするような青のタイトなワンピースに、私と揃いの白のジャケットだ。これで目立たないほうがおかしい。
けれどお母さんは、平然としたものだった。
「見られてて……気にならないんですか?」
「こんなの普通でしょ。取り囲まれたら、そりゃ考えるけど」
どうも基準が違うらしい。
これほど目立つ人が、ちゃんと傭兵家業をこなせるんだろうか……などと、要らぬことを考えてしまう。
そうしているうちに、玄関に着いた。
「さてっと。あたしは学院長のところへ行くから、ここまでだわね」
お母さんに言われて、慌てて居住まいを正す。
「その、お世話になりました」
「いいのいいの、気にしないで。娘が出来たみたいで、こっちも楽しかったしね」
たぶん、本音だろう。
あれほどの財力がある企業を背負い、一方で傭兵家業までこなして、この人が今までに相当黒い裏側を見てきているはずだ。
それなのに、これほどまでに強く優しい。
私ではとてもこうはなれないだろうが……それでもこういう風になれたら、と思う。