Episode:105
お母さんが満足そうな表情で、言う。
「世の中なんてね、突き詰めちゃえば簡単なのよ。いろいろ混ざってこんがらかって、ややこしく見えるだけ」
「……そうですね」
ひとつの真理だろう、と思う。原点に立ち戻ってみれば、見えてくるものは多いのだから。
「自分の信じるところを、思う存分行きなさい。いつ死ぬか分からないなら、なおさらだわ」
あっさりと言っているのに、なぜだろう、不思議な迫力がある。ある意味、タシュアにも通じるような……。
そこまで思って気づいた。そういえばこの人は以前、「手合わせ」と言っていなかっただろうか?
あまりにもさらっと言われたので気づかなかったが、こちらは曲がりなりにもシエラの上級隊だ。それを知っていて「手合わせ」と言うのだから、腕には自信があるのだろう。
だとすると、この人は実戦か何かで、相当鍛えていることになるわけで……。
「ん? どしたの?」
私が考え込んだからだろう、お母さんが訊いてきた。
少し迷ったが、訊いてみる。
「あの、私と手合わせって……どこかで、格闘技でも?」
「あら、言ってなかった?」
言われて初めて気がついた、そんな顔でお母さんが言った。
「あたしね、これでも現役で傭兵やってるの」
「……え?」
思わず、そんな間の抜けた答えになる。
このお母さん自身はいい。言われてみればそうかもしれない、そんなふうに納得させてしまう何かがある。
ただ問題なのは、そういう人がこんな屋敷の持ち主で、私たちを買い取るほどの資産家ということで……。
「まぁいいじゃない、世の中っていろいろあるのよ。なにせ、あのルーフェの親だしね~」
「………」
これではいけないのだろうが、納得してしまう自分が居た。ルーフェイアといい、このお母さんといい、常識で測るほうが間違いの気がする。
「だからちょっと、手合わせしてみたかったんだけど……今日はまだムリそうね。元気になったときの、お楽しみにしとくわ。
――とりあえず、食べられそうならなんか食べたら?」
テーブルの上に起きっぱなしの食事を見る。さっき食べていた野菜寄せでなく、その隣のデザートに目が行った。
崩した薄水色のゼリーと、上に載せられたクリームが涼しげだ。それに、何かが小さく弾けている。
不思議に思いながら手にとって口に入れると、驚いたことに口の中で炭酸がはじけた。
――どんなレシピなんだろう?
そう思ってから、可笑しくなる。こんなときでもまだ、お菓子のレシピを気にするだなんて、我ながら大したものだ。
面白い舌触りを楽しみながら炭酸ゼリーを食べ終えて、他の物も少しづつだが口をつける。
どれも素直に、美味しいと思った。
「それだけ食べられれば、もうだいじょぶね。あーあたしもお腹空いた。なんか持ってきて貰おうかしら」
言いながら通話石を出し、どこか――たぶん厨房――と話しはじめる。「早く早く」と相手を急かしている辺り、まるで子供のようだ。