Episode:104
「頑張る子ねー。まぁだから、タシュアも離さないんだろうけど」
また頭を撫でられる。
「タシュアに、何言われたの?」
思わず身体が硬くなった。思い出すだけでも辛い。
様子に気づいたのだろう、お母さんが私を強く抱きしめた。
「大丈夫、怖いことなんてないわよ」
やわらかい胸と、暖かい腕。まるで小さな子供のようだが、安心している自分が居た。
「で、何があったの?」
促されて、私は話し始めた。
「タシュアが、自分が死んだらどうする、って……」
つっかえながら話していく。こんなこと普通に考えたら、赤の他人に言う話ではないはずなのだが、この人になら言ってもいいと思った。
もしかしたら誰かに、聞いてほしかったのかもしれない。
ずいぶん時間をかけて、途中でまた怖くなって泣いたりしながら、ようやく話し終える。
「タシュアもしょうがないわねぇ、大事な彼女にそんなこと言って」
私を抱きしめながらお母さんが言った言葉は、それだった。
「焦る気持ちも分かんなくはないけど、こういうことは焦ってもダメなのに。
――ねぇシルファ?」
突然呼びかけられて、顔を上げる。
お母さんが優しく微笑みながら、訊いてきた。
「あなたにとって、いちばん大事なものって、なに?」
「それは……」
考えるまでもない。
けれどタシュアに、それを否定されてしまって……。
お母さんがまた笑った。
「ねぇ、じゃぁあなたそれ、捨てて納得できる?」
思わず首を振る。
捨てられるわけがない。納得なんか出来ない。そんなことをしたら、一生後悔する。
私の額を、ちょんとお母さんが突付いた。
「なら、それでいいんじゃない?」
「え……?」
あまりに単純な答え。
言ったお母さんのほうは、にこにこ顔だ。
「だってそうでしょ? どうやったって捨てられないって分かってるもの、捨てたってしょうがないし」
確かに言うとおりだ。
ただ問題は、タシュアがそれではダメだと言ってることで……。
「――シルファ?」
急に身体を離されて、視線を合わされる。
「自分が譲れないものは、譲っちゃダメよ。そもそも譲ったとしても、納得できないでしょ。
そういう時はね、反対押し切ったっていいの。それで何かあったって、むしろ納得がいくってもんだわ」
そこで一旦切って、お母さんが真剣な表情になった。
海のような、綺麗な碧の瞳。
「あなた、その大事なものが何故大事なのか、分かってるでしょ?」
一瞬置いて、うなずく。
「なら、迷うことないわ。それでいいじゃない」
「はい」
答えた瞬間、久々に澄み切った気持ちになる。この数日が嘘のようだ。