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入学五日目


「原初の世界は、莫大な量のマナが無秩序に存在するだけの、混沌とした宇宙だった。

 神は、その混沌の宇宙に、火、風、土、水の四柱の竜を呼び寄せて世界を作った。

 即ち、火の竜がマナを焼いて浄化し、風の竜が清浄となったマナを世界に吹き渡らせ空を作り、

 土の竜がマナの灰を積み敷いて大地を作り、水の竜が大地に水を流して冷まし潤いを与えた。

 残ったマナのうち、冷たいものは地に沈んで土を底から支え、熱いものは天に昇って月、星、太陽になって大地を照らし。

 そうして作られた天と地のある世界に、神は草と木を植え、虫、魚、鳥、獣、あらゆる生命を放った。

 やがて全ての生命を放ち終わった後、神は四竜に命じ、マナを含んだ風で火を赤々と燃やし、

 水で練った土を焼き固め、頭と胴と手足を持つ生物を作りあげた。

 それこそが人間であり、神の創造の集大成であった。

 人が火水風土の四大魔法を使えるのはそのためであり、人の体に宿るオドは人が創造された時のマナの名残である───」


創世神話、第一章第一節、その要旨。


創世神話の発祥は明らかになっていない。

1500年前には既に全世界に存在していたことがわかっているが、どこでいつどのように発祥したものか、それを探る手掛かりすら未だに発見されていない。

いや、発祥の謎は確かに重要ではあるが、魔導理論において特に重視されているのは、1500年前には全世界にあったという点だ。

比喩や誇張じゃない。洋の東西、文化風俗、文明レベルを問わず、本当に世界のどの地域にも存在している。

時代や国によって竜が精霊や巨人になっていたり、神が星の主や竜の王とされていたりすることもあるが、概ねその内容は変わらない。

ひとつの大いなる意志が、火水風土を象る四つの使徒に、混沌とした宇宙を形のある世界に作り替えるよう命じた。

そのため世界の智恵ある住人として作られた人間は、魔法という形で火水風土の力を使うことができるのだ、と。


───これが、魔法の心得のある人間なら何処に行っても必ず聞かされる、この世界と魔法の成り立ちにまつわる話だ。

何を今更と思うだろうが、学年最初の授業で改めて教える必要があるほど大事なことだと、頭の片隅に覚えておいてもらいたい。

本当に大事なことだ。将来魔導士として行き詰まった時、神話に還ると見えてくるものが多い。歳を重ねるごとに実感するぞ。


そうそう、関係ない話だがな。

お前たちぐらいの歳の連中には、創世神話に関連するレポートを提出したがるのが結構いるが、止めておけ。忠告だ。

歴史的な視点からのただの分析や考察ならいいんだが、殆どが「ぼくのかんがえた新説・創世神話」で───

いくらこの数十年、神話に関する新たな発見や仮説を誰も出せていないと言っても、「神と竜は別の宇宙から来た知的生命体だった」とか「風と水は天国の神のもの、火と土は地獄の王のもの」なんて妄想が通るわけがないだろう。

若気の至りなんて誰にでもあるが、そういう記録に残る形でやらかすと、大人になって振り返って盛大に後悔するぞ。


「学院の二年生だった時に『この世の魔法を司っているのは四つの聖武具』なんてレポートを出した───俺みたいにな」


男性教諭のつけたオチに、教室がどっと沸いた。




魔導学院に入学して、五日が経った。


人間関係は、予想した通り良好とは言い難い状況になった。

入学初日に揉めたバカ共は第四学年の有力派閥だったらしく、あっという間に同級生の女の大半と、そいつらに(おもね)る一部の男が敵に回った。

加えて、二日目の実技で見せた風魔法。

編入生クラスは皆黙ったが、威力が現実離れしすぎていたためか、実際に目の当たりにしなかった他の人間には脅威として伝わらず。

そのせいか、見知らぬ人間には「傷物女のくせに」とかえって反感を抱かせる結果になってしまった。

そういったわけで、ゴシップがルームメイト情報などとある事ない事言い触らしているのも重なって、今や第四学年は、石を投げれば私に悪感情を抱いている人間に当たる状況にある。


結果だけ見れば、私のやったことは完全に裏目に出た形だ。

人付き合いを全くと言っていいほどしていない私には挽回の機会もない。

まあそういうこともある。

今のところ表立って何かされているわけでもないので、被害が出たらまたその時考えることにしよう。



しかし、生まれて初めて体験する学校の授業は、驚くほど楽しかった。

家庭教師についていた時にも感じたが、同じ内容を学ぶのでもテキストを見るのと講義を()()()するのは全く違う。

私が隻眼だから特にそう思うのもあるだろう。視力のみよりも、視力と聴力を併せて使った方が格段に頭に入りやすい。

前日までに予習しておいて、その内容を授業で再確認する形にしておくと、更に覚えやすく忘れにくくなる。

他にも生徒がいて授業時間が限られているため、疑問点をその都度質問するのはさすがに憚られるが、授業時間外に質問するのは何の問題もないし、何より授業そのものがわかりやすい。

教科書の内容を補足・補完する説明がきちんと入るし、何気なくこぼした一言に知らない知識が含まれていることもよくある。

時に冗談を交えて良い意味で緊張感をほぐしたりもする教師もいる。

人を馬鹿にしない嘲らない笑いがあるのだと、私はこの学校で初めて知った。


たのしい。


家庭教師がついていた頃と違ってひとりでの自由時間も多い。授業が終われば、寮の門限が許す限り何処にでも行けるし何でもできる。

学費や寮費と別に国から生活費が支給されているから、遊ぶお金には困らない。

とりあえず、小説から雑学まで気になった本を何冊か買った。息抜きしたい時は色んな所でそれを読んでいる。

昔の自分では間違いなくわからなかった慣用句や言い回しが、何の引っかかりもなく自然に理解できることに何度も感激した。


たまに買い食いもしている。寮の近くに揚げ物の店があって、じゃが芋だけのコロッケが安くて美味しい。

油が違うのか芋が違うのか、塩と胡椒だけの味付けなのにいくらでも食べられる。そのうち他のメニューにも手を出そうと思っている。


帝都の通りは街並みも綺麗で活気がある。

三階建ての建物すら珍しかった故郷とも、同じ帝都でも汚れと悪臭の絶えることのなかった貧民街とも、全く違う。

意味もなく散策するだけで見たこともない風景がたくさん目に入る。真っ直ぐ前を向けば人の溢れる街並みが、

目線を少し下げれば塵ひとつない石造りの綺麗な路面が、逆に上げれば周囲の建物の高さと空の高さが同時に実感できる。


夢のようだ。


明日の食事や生活を気にせずに済み、綺麗な街の中で好きに遊びながら、無心に学問に励める。

誰も私を殴ろうとしない。

ただでさえ不味い食事にゴミを混ぜたりしない。

酔っぱらって部屋を間違えた振りして何かを盗もうとしない。

縄張り争いもない。

通行料も要らない。

酒と吐瀉物の臭いがしない。

質問しても怒鳴られない。

間違った答えを意図的に返されたりしない。


本当に夢のようだ。

何もかもが、たのしい。


「あら、傷物が微笑んでるわね。何が楽しいのかしら傷物のくせに」

「微笑んでる?あれはにやついているっていうのよ?」

「気取ってるつもりなんでしょう、下品な笑い顔ね」

「形だけ貴族らしく見せようとしても無駄なんて、本人は気付かないんでしょう」

「ポーズばかりで本当は本なんて読んでなんてないくせにね、ふふふ」

「うふふふふ」

「こらこら、そこの淑女諸君」

「あら司書先生、ごきげんよう」「ごきげんよう」

「図書館でのおしゃべりは慎みなさい。それと、事実の指摘でもいじめになり得るわ、気を付けなさい」

「あらあら存じませんでしたわ、御指摘ありがとうございます」

「次からは目につかないようにやること。私にも立場がありますからね」

「そうね、そうですね、ふふふ」

「ふふふふふ」


人間はやっぱりどうしようもないもので。

人間関係も唾棄に値するものでしかなくて。

灰色の風景は相変わらず灰色のままだけど。


それ以外の世界は、本当に輝いている。




「ごきげんよう、司書先生」

「あらごきげんよう。可愛い荷物を持った子を連れて、いつもの生徒会のお仕事かしら?」

「ふふふ、何を仰っているのか解りかねますわ。

 そうそう、この子がいつも書庫を使わせていただいているお礼をなさりたいそうです。受け取ってあげてくださいません?」

「───どうぞ」

「あらあらまあまあ、こんなに受け取ってもよろしいんですの?申し訳ないですわ」

「───いつもお世話になっているお礼です。どうぞお受け取りください」

「ありがとう、それでは遠慮なくいただきましょう。

 でも貴女、体調が優れないのかしら?あまり不機嫌そうな顔はよろしくありませんよ?」

「───お気遣い、ありがとうございます」

「それでは先生、今日も禁帯出書庫をお借りしても?」

「ええどうぞ、入退室記録には残さないでおきますわ。ごゆっくり───」



───疑問があった。

人間が集まるところには必ず人間関係ができて、取り分け女同士のそれが度し難いのはよく知っている。

それにしてもこの学校の女の派閥は、どれもやたらに勢いがある。


入学式以来私を一方的に敵視してつい今しがたも図書館で私を嗤ったエミリア・ヴィンチ伯爵令嬢一派は、第四学年の最大派閥だ。

学年をほぼ統一していて、自分たちに与しない生徒に水面下で嫌がらせを繰り返している。

他の学年も程度の差はあれ似たようなもので、成人に近い第六学年どころか、まだ子供と言っていい第一学年までみんな群れ集まって、休憩時間になるとぞろぞろと配下を引き連れて学内を練り歩いている。

団体さん同士が廊下でにらみ合って通行を妨げている現場なんて、多い時は日に二件も遭遇する。


校内最大派閥は、生徒会。

暴力に直結しやすいという魔法の性質上、学院には治安維持のための強力な自治組織がどうしても必要で、生徒会は代々それを担い続けているという。

今の生徒会長は、第六学年のエレオノール・ロメイン。

風紀維持の名を借りて生徒を締め上げながら、裏では部下に上納の仕事(ノルマ)を課しているが、会長権限が元々強い上に実家の侯爵家が後ろ盾にいるため、誰も文句を言えない。

下っ端が中庭や食堂で愚痴をこぼしている場面に何度か遭遇したし、今も別の下っ端が、紙袋を持った同級生を連れて禁帯出書庫に入っていった。御丁寧に司書に付け届けまでさせながら。


この学校では誰も、そんな光景を不審に思わない。ごく当たり前の日常として受け入れている。


入学初日、ヴィンチ一派を盛大にギャング呼ばわりして嗤ってやったが、まさか彼女たちどころかエリート学院のお嬢様全体がそんなことをしているなど予想だにしておらず、私は心底驚いた。

それどころか教師も、さっきの司書のように派閥の横行を黙認しているのみならず、裏から派閥争いに手を回しているような節すらある。

一体なぜなのか。


そして最も不可解なのが、派閥を作って勢力争いに勤しんでいるのが、女しかいないという点だった。

もしかすると私が知らないだけで、男にも派閥はあるのかもしれない。

あるのかもしれないが、少なくともこんなに目に見えて活発に活動していないし、派閥同士がいがみ合っている様子もない。

学校そのものが乱れているならむしろ男子の方が荒れていないとおかしいのに、

一部の男子が下心から女子派閥を支援しているぐらいのもので、みんな平和でマイペースだ。


一体なぜ?


───その疑問は、翌日解けることになる。

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