Lesson 37 聖マグノリア祭 1
「ふむ...それは興味深い」
「トラヴィス侯爵、これって何か関係あるんでしょうか?」
「君が気を失ってる間に見た夢の最後に出てきた君の幼馴染は、夢の中の他の人物とは違う動きをしている...彼は君が夢を見ている途中だと理解していて目覚める為の働きかけをした...」
どきどき...
アドリアナはこめかみを指2本で押さえて難しい表情のトラヴィス侯爵から今か今かと次に出てくる言葉をどきどきしつつ待っていた。
「これは推測に過ぎないのだが...」
ごくり。
アドリアナが生唾を飲みこむ。
「その幼馴染はアドリアナ、君にとって大切な人だ。そして彼も君を想っている...そうだろう?」
トラヴィス侯爵は自信満々のドヤ顔でアドリアナに微笑いかけた。
「あの...トラヴィス侯爵?」
真尋はホントにただの幼馴染なんだけど?
「あの...その幼馴染の友人と付き合ってたんですけど?」
「ああ...!!そう...だったかな?ハハハ...しかし長年付き合いのある相手だ。少なくとも何か強い縁があるかもしれない...そうだ!そうに違いない!」
まあそりゃあ真尋とは幼稚園から一緒でお母さん同士が仲が良いせいかよく家族で遊びに行ったりもしたけど...でも中学生になった頃からお互い部活で忙しい事もあって少し距離が出来てたし...和瀬君と知り合ってからはよく話すようになったけど。
アドリアナは今トラヴィス侯爵邸にいた。
あの夢の内容がただの夢ではない気がして、手紙や魔石での通信ももどかしいし、トラヴィス侯爵に直接相談するのが1番だよね?
そう感じたアドリアナは週末の休みを利用してマレ侯爵邸へ帰ってきたのだが、今回の帰省の目的はトラヴィス侯爵に会う事だった。
「真尋は...幼馴染の子は確かに兄弟のようにいつも一緒でしたけど...うーん...」
なんで真尋があんな事言ったんだろう?真剣な表情だったし...あんなキャラだったっけ?
〝お前...早く戻れ〟
〝お前が居る場所は此処じゃない〟
あの時私はウンディーネの能力を使いすぎて、生命力が残り僅かの状態で危ないところだった。...もしかしたらあの夢は死ぬ前に見るという走馬灯だったのかも。
真尋の言葉が無かったら私は今頃...
そう認識した途端、アドリアナはゾクッと背筋に悪寒を感じ、胸の前で組んでいた腕にぎゅっと力を込めた。
「アドリアナ!来てたのか」
「アンバー」
ノックもせずに部屋に入って来たのはアンバーとジャスパーだった。アンバーの後ろから現れたジャスパーはアンバーを咎めるような視線を送りながらトラヴィス侯爵に軽く礼をした。トラヴィス侯爵はそんなアンバーには慣れてしまっていて特に気にも留めていないようだ。
「アドリアナ、ティナに聞いたけど...キルケ王国に招待されたんだって?」
「ジャスパー...うーん、招待っていっても正確にはリリが本命で私達はおまけなんだけどね」
そう。
リリはこの前の三国平和デーの記念パーティーで、具合の悪くなったキルケ王国の第二王子・ラインハルトを介抱した時、ラインハルト王子に気に入られて来週から始まるキルケ王国のフェスティバルに来賓として招待されたのだ。そしてリリが1人では招待を受けないかもしれないと思ったのか、何故か私とティナまで一緒に招待されてしまった。
そろそろキルケ王国へ行こうとは思っていたけど、まさかこんなに突然行く事になるなんて...私にとっては願ったり叶ったりだ。パパはキルケ王国からの招待となれば余程の理由がない限り行く事を反対しないだろうし...いよいよキルケ王国へ行けるんだ!
リリに一目惚れしたラインハルトに感謝しなくっちゃ。
アドリアナは今からキルケ王国へ行く事に期待を膨らませワクワクしていた。
「懐かしいわ...私もキルケ王国のフェスティバルに一度行った事がありますの」
金色の髪にアクアマリンブルーの瞳。ジャスパーの容姿にそっくりで可憐な微笑みを浮かべる女性...トラヴィス侯爵夫人だ。トラヴィス侯爵夫人はテーブルの上の空になったティーカップに気づき新しい紅茶を侍女に持ってくるように伝え、トラヴィス侯爵の隣に座る。
「そうだな...あの頃の君はとても可憐で美しかった。勿論今も綺麗だが」
「まあ。うふふ...私達もフェスティバルに行きたいですわね?...アンバーのお勉強が無ければ一緒に行けたのですけど」
2人は見つめ合うとトラヴィス侯爵夫人はトラヴィス侯爵の左腕にするりと自分の腕を絡めてぴったりと身体を寄せ合い、トラヴィス侯爵もそれに応えるように夫人の左手を覆うように握った。
はああ〜〜?
年頃の女子と自分の息子達の前で何?このイチャイチャっぷりは!?
うちのパパとママも仲良いけどこの2人、それに輪をかけた熱々ぶりだわ。トラヴィス侯爵ってばさっきまで真剣な表情で話してたくせに夫人と話す時はいつも顔緩んでるんだから...
普段は研究者らしい真面目な態度なのだが、今は元第3騎士団団長で大魔導師にはとても見えないにやけ顔だ。
アンバーとジャスパー、平然としてるけどこれがいつもの事なのか麻痺してるの?
それにしても年上の女性に向かってこんな事考えるの失礼かもしれないけど、トラヴィス侯爵夫人...可愛い。
容姿は双子そっくりだけど時々悪戯っぽく笑う小悪魔な感じがジャスパーに似てる。あのジャスパーの時々腹黒な性格はお母さん似なのかな?
「〝お勉強〟?」
「僕は及第点なんだけどアンバーがね...僕だけついて行こうかな」
「俺は剣術の方が得意なんだ!ジャスパーは剣術は俺より下手なんだからいいだろ!?」
「トラヴィス侯爵の子として恥ずかしくない魔術の成績を残さなくては...お父様が恥ずかしい思いをしますわ。...夏の休暇中は特訓ですわね?」
トラヴィス侯爵夫人の背後から〝文句は言わせませんわよ?〟と言っているかのような赤くメラメラとしたオーラが見える。炎の魔法を得意とするトラヴィス侯爵夫人の魔法が今にも発動しそうな勢いである。可憐な容姿からは想像しづらいがトラヴィス侯爵夫人は双子の教育に熱心な教育ママだった。
アンバーもジャスパーも(勿論トラヴィス侯爵も)トラヴィス侯爵夫人には弱いのよね。
女子達だけでキルケ王国へ行くのは不安だからこの2人も一緒に来てくれれば安心って思ったけど、ウチのパパが護衛騎士を用意してくれるって言うし、まあいいわ。
「一緒に行けないのは残念だけど...お土産買ってきてあげるから!ねっ、アンバー!?」
「土産はいらないから俺も遊びに行きたい〜っ!!」
「しょうがない...僕がみっちり魔法を教えてあげるか」
フフ...とジャスパーが黒い微笑いを浮かべる。
「アドリアナちゃん、聖マグノリア祭楽しんでね?...ふふっ、未来の旦那様が見つかるかもしれないわよ?」
「えっ?」
トラヴィス侯爵夫人は双子に聴こえないようにアドリアナの耳元に続けて囁いた。
〝未来の旦那様〟って...つい最近も似たような言葉聞いたような...
精霊の祝福の欠片は黒く焦げてしまったがルシウスの言い伝えでは精霊の祝福の欠片を一緒に見た相手が運命の...ああ〜っ!イヤ言い伝えだし!ホントに運命とかないし!...それに前世ではあの人、影も形も私の人生に現れてないし!!...なんで此処ではやたら現れるのよ?
「巫女の加護が強いキルケ王国ではすごーく当たる占い師や魔女が住んでいるの。占ってもらったらいいわよ?」
「占い?」
アドリアナが『ゔ〜』と小さく唸りながら真っ赤な顔でルークの幻影を必死で打ち消しているとトラヴィス侯爵夫人は嬉しそうに言った。どうやらアドリアナが〝未来の旦那様〟という乙女な女子が食いつきそうなワードに興味を持っていると勘違いしているようだ。
女子が大好物なアレ?そっか、この世界でも占いってあるんだ!ここって魔法も使えるし、占いも凄いのかもしれない。
「占いか...ノットヒル村の魔女が有名だと聞く...機会があったら行ってみるといい。元のせか...ゴホン、何か手掛かりが掴めるかもしれないな」
トラヴィス侯爵夫人には私がアドリアナじゃない事を知らせていないからトラヴィス侯爵の言葉はなんとなく歯切れが悪くなっている。
「アドリアナちゃん、旦那様がわかったら教えてね!ルシウス中...この大陸中を全部探してあげるから〜」
後で聞いた話だがトラヴィス侯爵夫人はキルケ王国を訪れた際、占い師に占ってもらい、運命の相手が《フェスティバルに来ている同じ歳のルシウスの貴族だ》と告げられ、ルシウス中の同じ歳の貴族を調べ上げたそうだ。そして何人かに絞った中の1人にトラヴィス侯爵がいたらしい...占い好きの女性のパワー恐るべし!って感じだわ。
「キルケ王国から招待された〜!?リリってばズルいっ!私も行く〜っ!」
「心配しなくてもティナの招待状も貰ってるわ。あ、アドリアナの分も」
「え?私も?」
「シャーロッテ王女様ってアドリアナの事嫌いなんじゃないの〜?」
そうよね...?皇太子の婚約者候補って言われてるしアルフレッド皇子の事王女様本気で好きみたいだし。
「うーん...それがどうやらアドリアナの招待状にはその王女様のサインが入ってて...」
え?シャーロッテ王女自ら?私を招待?...どういう事??




