Lesson 29 ポーションの無効化 3
ゼオンの飛行は意外に安全運転でフォルティス公爵邸に着いた時も殆ど振動が無くふわりと着地したため、クラークに教えてもらわないと気づかないほどだった。
「...その調子だと1人で歩くのはまだ無理そうだ...俺が付き添うよ」
「あ、ありがとう」
...そういえばフレッドって普段は自分の事〝俺〟って言うんだよね...皇太子の時は〝僕〟って言うのに...使い分けてるんだ?
足元がおぼつかないアドリアナはフレッドに差し出された腕に掴まりながらフォルティス公爵邸に入った。
「ルーク」
「ああ、来たの?...騎士の先触れからだいぶ経つけど...遅かったね」
フォルティス公爵家の侍女に案内されて2人はルークの私室へと通された。ルークは前回と同様、分厚い紙の束を片手にソファに座っていた。
今回で3回目だ...この部屋に来るの。
相変わらずルークの部屋の壁一面にはぎっしりと書物が並べられている。
「マレ令嬢と偶然温泉で会ってね。マレ令嬢がのぼせたんで少し休んでたんだ」
「ふーん...で、元に戻らないから僕の所に来たと?」
「そうよ。あの時なんで元に戻す方法教えてくれなかったのよ?おかげで私何回もお湯に浸かって...痛っ...」
興奮気味に言葉を一気にまくし立てたせいかアドリアナの頭に激痛が走る。
「言おうとしたんだけど君さっさとルビー宮行ったから...その内気づくだろうと思ってね」
「...とにかくいいから早く無効化のポーションちょうだい!」
早くマレ邸に帰らなくちゃ。荷物は先に送ったからもう届いてるはずだわ...皆私の帰りが遅いと心配するかもしれない。
「いいけど...これ飲んだら君倒れるかもよ?」
立ち上がって棚の扉を開き、並んでいる様々な色の液体が入った瓶の中の1つを手に取ってルークは言う。
「え...倒れる?」
なにそれ、無効化のポーションって毒なの?それともアルコール度数高めのお酒!?
「君、ついさっきまでのぼせて休んでたんだろう?体調が悪い時はこのポーションは使えないよ」
「どういう事だ、ルーク」
「アルフにも以前説明したよね?染色のポーションと無効化のポーションは外見を変化させるための魔法付加を掛けている。細胞から変化させる魔法は使用者の生命力を使うから健康な時じゃないと使用してはいけないと」
「そういえば...そんな事言ってたか」
「見たところ君はまだ頭痛がするはずだ。瞳も視点が定まっていないし呼吸もいつもより浅い...健康な人間の状態とは言えないね」
「なんでそんな事解るのよっ?...っつ」
そんな離れたとこから私を見ただけで、医師みたいに聴診器も当てても無いのに〜っ!?
ズキンと頭痛が起こりアドリアナはこめかみを押さえた。
「ルークの鑑定眼は視ようと思えば心臓の動きも見えるらしいんだ。医者の診察より正確だから...マレ令嬢、無効化のポーションは身体を回復させてからだな」
今すぐに飲むつもりだったアドリアナをフレッドは諭すように肩にポンと手を置いた。
心臓の動きも視えるって...透視できるのっ?コワっ!?この人頭がいいだけじゃ無くて人間じゃ無いじゃん?
アドリアナの驚愕の視線に気がついてはいるがルークは特に気にも留めず傍らに控えていた侍女のソフィに顔を向けた。
「ソフィ」
「はいルークぼ...ルーク様」
〝坊ちゃん〟と言いそうになったがルークの嫌悪するような鋭い視線に気づき、ルーク付きのソフィは慌てて言い直した。ルークは以前からフォルティス公爵家の使用人達がそう呼ぶ事を止めるように言っているはずだが長年の癖で皆知らず知らず口に出してしまうのだ。
「マレ令嬢に部屋を案内して差し上げて」
「ハイっ!かしこまりました!」
部屋の外に待機していたもう1人の侍女と何やら嬉しそうなソフィはアドリアナを両側から支えながらゆっくり出口へ向かう。
「体調が戻ってポーションが使えるようになるまで休んでいればいいよ?しばらく休暇だし慌てて帰らなくてもいいだろう...」
「え...別に此処に居なくても...マレ邸に一旦帰ればいいじゃない?」
せっかくの休暇なんだから早く家に帰って皆に会いたいのになんで此処で足止めされなきゃいけないのよ?
「その姿はなるべく外には出さない方がいい。染色のポーションの存在はまだ皇室内の機密事項だからね...マレ侯爵家には知られたくないんだ」
私のこの姿をマレ家で働く者が外部に洩らす可能性があるからこの状態で帰したくないって事?...フォルティス公爵家の者は知っているようだけど情報を外に洩らさないようにバッチリ箝口令が敷かれてるっぽい。
ソフィともう1人の侍女は静かに私達の会話を見守っている。勿論クラークがアルフレッド皇太子である事も理解しているようだ。
「申し訳ない...姉上のためにマレ令嬢に迷惑を掛ける事になるとは...」
どうやらフレッドは私のこの外見に至った理由もわかっているようだし...もしかして昨日の皇宮での行動はフォルティスからクラークに筒抜けなんだろうか?
「心配しなくても部屋はたくさんあるから心配要らないよ?...ああ、マレ侯爵には後で伝えておくから」
フォルティスはにっこりと作ったような笑顔で右手をひらひらさせながら手を振った。
調子が良くなったとはいえまだ1人で歩くにはふらふらするし正直今すぐ横になりたい...くっ、体調良くなったらすぐ帰るんだからね!!
アドリアナは無言でルークをひと睨みすると侍女達に付き添われてルークの部屋を後にした。
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「皇太子殿下...そろそろ...」
部屋の外に待機していた第1騎士団の騎士がアドリアナ達と入れ違いでやって来て声をかけた。
「ああ、わかってる」
「忙しいのに朝から温泉か...皇宮内に温泉引くか?」
「さすがにそれはやり過ぎだろう」
「...まさかアルフがマレ令嬢を連れてくるとはね」
「なんだ?連れて来たらマズかったか?」
「来るとは思っていたけど...」
「俺も来て予想外だったのか」
ルークとフレッドの会話の応酬に離れた位置から待機している騎士は内心ハラハラしつつ聞いていた。
「そういえば...ゼオンの事怖がっていたな、彼女」
「ゼオンに乗って来たのか?」
「馬車よりは快適だろう?体調悪いし早く連れて来た方がいいと思ってね。...お前もソーマに乗せた事あるだろ、どうした?」
殆ど目を合わせず研究の資料の紙に目を落としながら話すルークをフレッドは愉しそうに眺めている。
「もういいから帰れ...仕事山積みなんだろ?セシリア皇女に怒られるぞ?」
フレッドの愉しそうな視線といつまで続くのか不快に感じる会話の内容にルークは我慢できず会話を無理矢理終わらせた。
「ハイハイ、じゃあマレ令嬢の事頼むよ?」
「...ジェイク卿、コイツを早く連れていってくれ」
皇太子殿下とフォルティス公子のこのやり取り...いつもだけど今日は聞いててハラハラしたな...仲良いんだか悪いんだか判らない。
待機していた第1騎士団の騎士、ジェイク卿は思った。
ルーク付きの侍女ソフィは意気込んでいた。
「ソフィ嬉しそうね?」
「だって〜女性のお客様なんて久しぶりだもの!可愛いお菓子やフルーツティー用意しよう〜っと」
「そうね、ウチに来るのはいつも皇太子様だけだもんね」
フォルティス公爵邸の侍女達はフレッドは高貴な皇太子だが慣れ過ぎていた。




