Lesson 3 水の精霊 2
ドレスが重くて池からなかなか上がる事ができずもたついているアドリアナの目の前に、同じくらいの年齢に見える少年が冷ややかな目で立っていた。
え...
「だ、誰よ?さっきまで誰もいなかったはず...」
「それはこっちが言いたいね...とりあえず上がったら?」
ライラックの花のような薄い紫色の髪、冷ややかな視線とは逆に静かに燃えるような赤いガーネットのような瞳。綺麗な整った顔立ちだが『面倒な事に関わってしまった』という表情だ。
綺麗な顔...でも見下ろされてるせいかなんかムカつく。
「ドレスが重くて上がれないのっ!見てないで手伝ってよ!」
「はあ...」
面倒臭そうな返事だ。少年は仕方ないといった表情でアドリアナが出した右手を取ると、空いている左手の人差し指を立てた。
「〝浮遊〟」
少年がその言葉を発した途端、アドリアナの身体は赤いオーラに包まれフワリと浮いた。
「えっ!...ええッ??」
浮いてる!!
少年が立てた人差し指をそのまま地面に向けるとアドリアナの身体は無事池から出てゆっくり着地した。
「・・・・・・」
アドリアナは茫然とその少年を見つめた。前世の記憶の中で知ってはいたが、目の前で実際に魔法を見るのは...しかも自分自身にかけられたのは初めてだった。
「...何?」
「今の...魔法っ?君、魔法使いなの?」
「魔法使いっていうか普通に一般人でもあれくらい使えるでしょ」
「普通って...」
知らないわよ、最近この世界に来たんだから!魔法って魔法使いだけが使えるモノじゃないの?
「今のは魔法の中でも初歩でしょ。まあレベルによって浮かせる重さは変わるけど?」
「じゃあ私も魔法使えるようになる?」
「素質と訓練が必要だよ?...ああ、でも...」
少年はアドリアナをじいっと凝視して何か考えているようだ。
この子の深い赤色の瞳に見られると、何だか全てを見通されている様な気分になる。...まさか魔法使ってないでしょうね?
どきどきしながら次の言葉を待っていると何かが走って近づいてくるような音がした。アドリアナはパッと振り向き、目の前の存在に目を見張った。
其処には美しい銀色の毛色の大きな狼が居た。狼は少年に頭を撫でられて気持ち良さそうに目を閉じている。
大きいっ。2メートル位はある?
怖い...けど慣れてるみたいだしもしかしてペットとか?
「乗って」
「え...〝乗る〟ってまさか...」
この銀狼に乗れっての!?無理ッ!怖いし絶対ムリ!
「いいから...〝浮遊〟」
「キャアッ??ちょ、ちょっとッ!?」
少年は銀狼に乗ると右手の人差し指を立ててクイっと自分の前を指差した。
ストンッ
アドリアナは宙に浮くと銀狼の背中に乗っている少年の前にフワッと着地した。
「その格好じゃ帰るに帰れないでしょ」
銀狼は空高く駆け上がった。急上昇の為、アドリアナの身体は斜めになる。ジェットコースターに乗っているような感覚だ。
「キャ〜〜ッ!?落ちるッ!落ちるう〜ッ!?」
「あー...うるさいな。落ちたくなかったらしっかり掴まってて」
銀狼は怖いが死にたくないアドリアナは銀狼のたて髪をしっかりと握りしめた。
森の木々より高く昇った空の上で銀狼は一旦停止して、今度は真っ直ぐ走り出した。
イヤ〜!!空翔んでるんだけど!!??
恐怖のあまりアドリアナは声も出ず、一刻も早く地上に降りたいと切に願った。
なんでこんな事にっ!?それよりティーパーティーに間に合うの?いや、こんな時にもうどうでもいいか...取り敢えず降ろしてよっ!!
「このお嬢さんなんで濡れてるんだ?」
「ああ、湖に落ちたみたい」
ん?湖?池じゃなくて?というか誰と話してるの?
あまりの怖さに目をぎゅっと閉じていたが、もう1人別の声が聞こえて不思議に思った。
「君、別の場所から移動したみたいだね。さっきの湖はウチの領地内だよ」
「...移動?」
そお〜っと片目を開けて見ると地上が近くに見え、アドリアナは〝死なずに済んだっ〟とほっと胸を撫で下ろした。
フワッと銀狼が地上に降りた所は、マレ侯爵邸よりも大きく豪奢な造りの屋敷だった。
「...君、水の精霊の加護受けてるよ」
銀狼使いの謎の少年...というかこのコ、初対面なのに態度悪くない?
※更新は不定期になります。