Lesson 3 水の精霊 1
あれから数日が経った。
今日はアルドル公爵邸のパーティーに出席する為の準備で、朝からマレ侯爵邸では侍女達が忙しなく動いていた。パーティーが始まるのは日が落ちてからだが、その前にティータイムに呼ばれているのだ。
ティータイムがあるからパーティー用のドレスはアルドル公爵邸で着替える事になっている。持っていく小物やアクセサリーなどの忘れ物がないように侍女達は入念に準備をしていた。
出発にはまだ時間あるし...ちょっと庭園でも散歩しよっと。
ここ数日雨が続いていたから、前世に来てから凛は1歩も屋敷の外に出たことがなかったのだ。アドリアナが1階のエントランスまで歩いてきた所で花を飾っていた使用人と目が合ったが、とりあえずニコッと微笑みかけて外に出た。
少し地面は濡れていたがもうほとんど乾いていて足元が汚れるほどでは無い。アドリアナは庭園の奥に見える白い東屋まで歩いてきた。薄紫色のライラックの木はほのかに甘い香りを漂わせていた。東屋の白い椅子に座るとふと空を見上げた。
空は日本と同じ...青い空だ。白い雲もある。
ただ1つ違うのは飛行機ではなく、豪奢な馬車が数台空を飛んでいる。この世界の移動手段は空飛ぶ馬車のようだ。
ここが地球上の何処かと言われたら地球には存在していない気がする。地球上の国で当たり前のように馬車が空を飛ぶなんてとこ聞いたことがないし、ここは私がいた世界とは全然違うんだ...
アドリアナの濡れた瞳から涙が頬を伝って流れた。
急に此処に来て、本当の事を言っても誰も信じてくれないだろうし...だって見た目はアドリアナだもん。私が此処に来たという事は...これまでアドリアナの中にいた魂は何処に行ったんだろう?...私が居なくなってお母さんとお父さんはどうしてる?和瀬君に会う約束だったのに消えてしまった私をどう思ってる...?
ダメだ、考えれば考える程涙が溢れてきた。
昨日までは朝起きるとすぐに家庭教師が来て、毎日パーティーの為に行儀作法やダンスのレッスンを受けたりと忙しかった。幸い、ダンスした記憶は無いけど自然と身体が覚えているのか何となく踊れて苦労はせずに済んだけど...こうやって時間が空くと不安になる。私元の世界に帰れるのかな?
アドリアナは大人しい性格の為、マレ侯爵夫妻は社交界デビューはまだ考えてなかったようで、この年齢までダンスは習わせていなかった。今回急遽パーティーの参加が決まり、ダンスの教師はとりあえず1番踊りやすい曲のみレッスンしたが、前世の記憶があった凛は何となく憶えていたようだった。
「はあ...帰りたい。でも帰り方わからないし...どうしたらいいんだろう」
立ち上がったアドリアナは東屋の前の小さな池を泳ぐ色鮮やかな魚を眺めた。
右も左も分からない異世界で、ずっとこのままだったら...私、皇太子と結婚させられる??
アドリアナは顔をしかめてブンブンと大きく左右に頭を振った。
冗談じゃない!前世の通りにこのまま人生決まるなんて...
「絶対イヤ!!」
アドリアナが大きく叫んだせいで池の水面が波打った。色鮮やかな魚達は驚いて向こうへ行ってしまった。
アドリアナは水面に映った自分の姿を見た。
ターコイズブルーの柔らかそうな長い髪、蜂蜜のようにキラキラ光る黄金色の瞳。ティータイム用の青を基調としたジョーゼットのドレス。
まるでおとぎ話に出てくるような美少女だ。
かわいいッ!!
何この可愛さ?
記憶は朧げだったからはっきり顔見たことなかったけど...私の前世ってこんなに美少女だったのか。
水面に映った自分をちょっと照れながら見ていると、水面のアドリアナの表情が一瞬微笑ったように見えた。
「え...」
その表情に驚いて思わず水面に近付いて見てしまったアドリアナは、地面についていた膝が草で滑って池に滑り落ちた。
「きゃあああ〜ッ!!??」
バシャアッ
屋敷内の池だしそれほど深くないはず。
慌てず底を探して足で踏みしめ、自ら立ち上がる。
「ふ...ふぁっくしょん!!」
さ...寒っ。
ルシウス帝国は今の季節、日本でいう10月くらいの気温に近い。池の水を大量に吸ったドレスは重く、アドリアナは池から上がる為に歩こうとするがなかなか前に進む事ができない。
ティータイム用のドレスがっ?どうしよ...早く着替えないと〜っ!?
「君何してんの?」
パーティー前のアクシデント。アドリアナがびしょびしょ...水も滴る美少女。...あ誰か出てきましたね。
※更新は不定期になります。