Lesson 67 国家機密
アルフレッドの私室の扉が開かれ其処に居たのは息を切らす程全速力で走ってきたのか肩を上下させながら呼吸する第1騎士団の騎士だった。
「なんだ?騒々しい」
「か...各国に調査に行っている捜索隊からのっ...報告が...ありました...キルケ王国の巫女の石像が破壊された件で調査中でしたが昨日、トリトン王国の巫女の石像が破壊されていたと...たった今報告がありました」
巫女の石像...?
そういえば...ウチにもそんなのあったような...
ルークはフォルティス公爵家の領地内の森のある場所を思い浮かべた。
幼い頃からあれが森にある事は知っていたけど誰も何も言わなかったぞ?...まあウチの石像は何代か前の当主が命じて作らせたただの飾りだろうが...そういえば赤いガーネットの魔石が額の飾りに埋め込まれてたな。
「魔石で保護した石像をあれ程容易く破壊する事が可能なのは...我が国では大魔導師以上のレベルが必要だと思われます。...その...」
呼吸を整えながらも堰を切ったように報告する騎士はちらりとルークの方を見た。アルフレッドと騎士の会話を聴いていたルークと目が合うと騎士はルークの鋭い視線から逃げるように慌てて目を逸らした。
ルークは大魔導師と同等もしくはそれ以上の能力だと世間では言われている。
は?...まさか破壊した犯人が僕だと疑われているのか?僕に何の目的があってそんな物壊すんだよ...?
「ルシウス内であれば石像の破壊が可能な人物は確かにルークくらいなものだ...が、まあルーク自体は巫女の石像に関しては今知ったようだが?」
疑われていると気づいたルークの表情が険しくなったのに気づいたアルフレッドが直ぐにフォローを入れる。
「キルケの巫女の石像が破壊されていたなんて今初めて知ったんだけど?...っていうか調査中ってなに?そもそも巫女の石像って各国にあるの?」
魔王が最初に巫女に封印された後の事なんて僕が知る訳がない...僕が見た未来は巫女に封印されたところまででその後の様子なんてわかる訳ないし、過去の巫女についての文献は巫女だけが読む事が出来る禁書だと聞いた。
巫女の石像...か。
フォルティス邸にあるくらいだ...ルシウスでも巫女を崇めている貴族の家は多いし何処にでもありそうだけど騎士が血相を変えて報告するくらいだ、破壊されたのはただの巫女の石像ではないな?
アルフレッドはルークのこの問いには答えずに笑顔で騎士の方向に顔を向ける。
その瞬間ルークは感じた...
アルフレッドが作り笑いをする時は...何かある。僕がマレ令嬢の行方を単独で捜索している間にどうやら色々問題が起きていたようだ。
「君、捜索隊の指揮はディアス卿だったね?」
「は、はい!」
「メルクアースにいるディアス卿に伝えてくれ。〝メルクアースの石像は何としても死守するように〟と」
「承知いたしました!」
騎士が部屋から出て行った後、また再びアルフと2人だけになり一瞬シン...と静寂が訪れたが直ぐにアルフが口火を切る。
「...これはルークにも知らせていない国家機密なんだが...」
「は?」
僕が知らない国家機密?
思いがけない言葉がアルフレッドの口から発せられルークは赤いガーネット色の瞳を大きく開ける。
「その...悪く思わないでくれ。ルークが優秀なのは僕が1番理解している...ただこの事については国の防衛に関わる事だから次期皇帝と指名された者と騎士団の一部の幹部のみが知らされる...代々の皇帝から直接伝えられる国家機密なんだ」
「...で、人除けしたって事はその国家機密を僕に教えてくれるんだろう?」
「状況が変わったからな?まさかマレ令嬢を連れ去った奴が魔族だとは...それも人間の姿をした...上級悪魔と言われる奴だろう」
驚いた。アルフの口から〝上級悪魔〟という言葉が出るとは...。ダビデと名乗っていた魔族〝アスタロト〟は魔王の腹心の部下でもあり魔王に次ぐ能力を持つ上級悪魔の1人だ。
「上級悪魔が現れたという事は魔王復活の予兆と思われる...さっき言っていた〝巫女の石像〟というのは魔王を封じた時の能力が最も強い巫女が建てたと言われる結界らしい」
結界?まさか巫女の石像で造ったこの結界で魔王復活を今まで防いでいたのか?
「各国に建てた巫女の石像は代々の巫女が現れる度に巫女が祈りを捧げる事で結界の力を保ち支えているんだが...今回その結界の一部である〝巫女の石像〟が壊された。この非常事態の為に僕は父上からこの話を急遽聴かされて驚いたよ...何せ魔王を封じたと言われる巫女も世界の災厄もただの書物に書いてある昔話だと思っていたからね」
そうだろうな...魔物は常に存在しているが倒せない程の脅威では無い。今のこの世界は平和で安定している...大昔の災厄なんて誰が本気にするだろう?だけど...
「アルフ、僕が...これからその災厄の元になる予定だった...と言ったら信じるか?」
「は...な...に言って...ルーク?お前...」
書類にサインをしていたアルフレッドの手がピタリと止まり握っていたペンが手のひらから離れ机の上で転がっていく...
「僕は物心つく前から僕が数年後、魔王の器になって魔王を復活させる未来が見えていた」
「は?ルシファーって...災厄の元がお前とか...未来が見えるとか...っ?は?本当に...?」
「見たい未来が見えるわけじゃない。少しだが自分に関わる未来が視えてる...〝鑑定眼〟のお陰かな」
「そう...か...確かにルークの鑑定眼なら未来も視えそうだよな」
鑑定眼と言われて納得した表情のアルフレッドを見てルークはこっそりフッと息を吐いた。
ホントは鑑定眼が使える前から未来が視えていたから多分、僕が転生者だから視えているんだろうけどね。
「未来で僕を数年後魔王の器に仕立て上げた奴はマレ令嬢を連れ去った上級悪魔だ。名前は〝アスタロト〟...上級悪魔の中でも1、2を争う実力者だ」
「ちょ...って事はまさかその悪魔はマレ令嬢を...!?」
アルフレッドの脳裏に浮かぶ最悪なシナリオは予想通りの内容だった。深刻な表情でルークは言った。
「僕が視た未来より時期が少し早まっているけどあの悪魔は言っていた...〝この女はあの方の為の新しい器だ〟ってね」
*
まさかルークの代わりにマレ令嬢が魔王の器に選ばれるなんて。
ペンのインクが滲んでしまった目の前の書類を苦々しそうに睨みつけたアルフレッドはそれを鷲掴みにすると勢いよくクシャクシャに丸めて勢いよく投げる。
「はあ...」
ルークは...幼い頃から大人びた誰もが認める天才だ。皇太子として最高の教育を受けながらも俺がルークを超える事はできなかった。あらゆる才能を与えられていたルークには悩みなんてモノは無縁に見えた。だが兄弟同然のように付き合っていくうちにルークから時折見える感情があった...天才と謳われていてもなお勉学や研究に熱心で、それは好きだからやっているというより何か必要に迫られたかのような焦燥感を彼から感じた。俺がルークにとっておそらく最も近しい友人だと思っているがそれでもルークの全てを知っている訳じゃない...時々遠い目で大人びた表情をするルークのその理由を俺は知りたかった。...が、何故かそれ以上聴いたらいけないような気がして俺は毎回何も聴けずにいた。
「未来が視える...か」
そう言われて俺は納得した。
〝未来が視える〟なんてルークじゃない他の誰かが言ったのなら俺は信じる事はできなかっただろう、な?
アルフレッドは今は居ないルークがさっきまで座っていたソファをじっと注視した。ルークはディアス卿と合流する為に先程メルクアースへ向かったところだった。
正直...お前が魔王の器に選ばれなくて俺はほっとしてる。マレ令嬢には悪いが...ルークが魔王になった時の事を想像しただけでゾッとする...ルシウス帝国の稀代の天才であるルークが魔王になったら誰にも止められない...たとえ巫女であろうとも止めれない気がする...
「...早く見つけてくれ。マレ令嬢が魔王になってしまう前に...!」
お前の婚約者が世界の災厄になってしまったら手遅れだ...その前にルーク、お前が見つけてやらないと大事な婚約者を封じなければならなくなるぞ...!?




