Lesson 65 もう1人のアドリアナ 2
〔ルシウス歴237年第12の月?日目〕・・・
「うーん...今日が何日か分からないと日記にならないわね」
念の為トラヴィスのおじ様から貰ったブローチ着けてて正解だったわ。
アドリアナはドレスの内側に見えないようにブローチを留めていたのだ。そしておもむろにブローチから取り出したノートを広げ日付を書こうとしたが今日が何日か解らずスペースを開けて一旦筆を止める。
私、此処に連れて来られて何日経ったんだろう?
目覚めてダビデに会ってから数えるともう14回は夜を過ごしてる。...という事は此処で年を越したことになる...
〔第1の月8日目〕・・・(たぶん)と末尾に付け加える。
正確な日付はわからないけど、とりあえずこれでいっか。
最初に書いた箇所を書き直し、アドリアナは記念舞踏会の日から現在までの経緯を思い出しながら書いていった。
此処で何日か過ごして思った事だけど、どうやらダビデは今すぐ私をどうにかするつもりは無いらしい。このブレスレットも無事だし。
アドリアナは左手のブレスレットをじっと見た。
ブレスレットを隠すために結んでいた薄紫色のリボンは攫われた時に解けて無くしたのかこの部屋には落ちていなかった。...このブレス、魔力とオーラを消すって事ダビデは気付いててあえて壊さなかったんだ...はあ、あの男ご丁寧に私が魔法を使えないようにこのブレスに鍵魔法かけてるし!!ブレスにかけられたロックを解除して外すためには魔法しかないから魔法を封じられてる私は此処から逃げる事は皆無に近い。...だって此処...!断崖絶壁な場所に建ってる所だもの〜〜っ!!
苦々しい表情でアドリアナは窓の下に見える荒々しく波立つ海を睨みつけた。
此処一体どこなのよ!?海が見えるからトリトン王国内なの?ダビデは私を攫ってきておいて何日も放置だし!!一体何の用があって私を連れ去ったのよ!?ダビデが海賊の仲間じゃないとしたら私に何の利用価値があるっていうの?
「はあ、こんな所でムダに毎日を過ごすワケにはいかないっていうのに...」
トリトン王国へ来た当初の目的である〝巫女の調査〟...そして転移してこの世界にやってきた私が元の世界へ帰る方法を探さなきゃいけないのに...焦ってばかりで何も進展していない。早く...早くしないと...!〝巫女〟に覚醒してしまったらホントに帰れなくなる...!
この世界に転移してアドリアナとして日々成長してきた凛だが前世で〝巫女〟を覚醒した16歳の誕生日が近づいてくるにつれ、あの忌わしい記憶が現実になる事を怖れていた。
今までは朧げだった記憶は最近立て続けに夢に出てきて、改めて自分がアドリアナの前世の記憶を持つ人間なのだと思い知る。しかも数日前、新たに夢で見た前世の記憶は今まで見た夢よりも鮮明でとんでもない内容だった・・・
まさか此処が〝魔王〟がいる世界とは...まあ魔法使いも魔物も精霊もいるし今さら驚かないけど...まさか前世の魔王があの人だったなんて!?...そもそもアルフレッドの従兄弟で皇族の親戚でもあるフォルティスが何故悪魔なんかに惑わされたんだろう?100年に1人の逸材と言われ大魔導師と同等の能力を持つフォルティスにダビデがつけ入る隙なんてある...?...あ...?
そう考えた時アドリアナはある考えに辿り着く。
待って待って!?...確かにフォルティスは魔法の天才だけど、そもそも私、前世のフォルティスの事、魔法の天才どころかフォルティスの存在さえ知らなかったよね?天才なら引きこもりのアドリアナでも侍女達の噂話で耳にしたりするはず...最近前世の夢を見るけどフォルティスの記憶は全然思い出せないし...もしかして本当に接点ゼロだったのかしら...前世のアドリアナとフォルティスは?
《運命を変える事かな》
《君が僕より強くなったら教えてあげる...僕の運命を》
いつだったか...前にフォルティスが私に言った言葉だ。この言葉はフォルティスが自分にこれから起こる未来を知っている事を示している。
フォルティスも...私と同じ?私と同じように未来を知ってて未来を変えようとしてる。しかも魔王になる運命と知って回避する為にあんなに凄い魔法使いになったの?...そう考えれば辻褄が合うわ。私があんなに目立つフォルティスの存在を認識していないなんてあり得ないもの。皇太子の従兄弟だったらなんらかの関わりがあるはずなのに...前世では私が認識出来ないくらい目立たない存在だったんだ。
全然想像つかないんだけど、私がアドリアナに転移して別人のように性格が変わったように、フォルティスも前世のフォルティスが今の性格と全く違うなら...フォルティスの運命も変わってきてるかもしれない。
コンコン
扉を叩く音がしてアドリアナは扉の方向を振り返って見る。
あ、もうこんな時間?
アドリアナの返事を待つ事もなく開けられた扉の前には蜥蜴のような顔をした魔物が立っていた。
「午後のティータイムの時間だ」
「...あ...りがとう」
蜥蜴のような魔物はそれ以上は何も言わずに応接セットのテーブルに紅茶とお茶菓子を置くとスタスタと出ていった。
「ふう...」
いくら私に危害を加えない魔物だと分かっていても、あの全身鱗で覆われた肌と鋭い大きな爪は恐怖に感じるわ。アンカーズ帝国学院の生徒の中にはペットに蜥蜴を扱っている人もいたけど無害そうな種類の蜥蜴だったし...まあでもティータイムの時間にスイーツまで出してくれるなんて待遇良すぎじゃない?
アドリアナは書きかけていたノートを開いたままペンを置き立ち上がるとティーセットが置かれたテーブルの前に座った。
うん、このソファ座り心地いい。...ダビデってただの悪魔じゃないよね?こんなにちゃんとした広い屋敷持ってるし...やっぱり悪魔だから悪どい方法でお金を稼いでるのかしら?
この14日間程此処に捕らわれてから食事は1日3回とティータイムにあの蜥蜴のようなリザードマン(前に魔物図鑑で同じような外見の魔物を見た事がある)が運んでくるけど、彼等は余計な話はしない。好戦的な魔物のはずだけどダビデに忠実なのか私に威圧的な態度は全くない。そして此処に連れ去られて目覚めた最初の日に初めて私の中に存在していた事を知る事になった本当のアドリアナはというと...ダビデを見て驚愕のあまり引っ込んでしまってから一度も現れていない。
本当のアドリアナは...
長い眠りから醒めたら14歳になっていた事に戸惑っていてマレ侯爵家でもアンカーズの何処でもない見知らぬ地で悪魔を見てそれは恐怖だったに違いない。
「11歳ならダビデを見たらそりゃ気を失うわよね」
本当のアドリアナが気を失ったと同時に必然的に私が交代することになって今に至るんだけど...多分私の推測ではあのアドリアナは私が身体に転移する直前のまま、アドリアナの時は11才のまま止まっているんだ。でも彼女は私の存在に気付いて無さそうだった...私がアドリアナに転移した原因を調べるには彼女と話す事が必要だと思うんだけど...何とか気付いてもらえる方法ってないかしら?
アドリアナは左手に持ったお皿の真ん中に乗っているフルーツタルトをじいっと眺めながら考えに耽る。
「...ん?」
そっか...そうだわ。...アドリアナに手紙を書こう!!
スイーツ大好きなアドリアナがフルーツタルトを一口も食べずに皿をテーブルに戻すとスクッと勢いよく立ち上がり先程書きかけていたノートの最後のページを1枚ゆっくり丁寧に破る。
私がこの世界に来てからこれまで起きた事...次に本当のアドリアナが現れた時にこれを読めば私に気付くわ。
アドリアナはサラサラと手紙を書き上げると丁寧に手のひらサイズに折り、ドレスのポケットに仕舞う。いつ入れ替わるかわからないから身につけておくのが1番だと考えたのだ。
これを読んだアドリアナは...どう...思うんだろう?勝手に自分の身体を奪った私の事、少なくとも好意的には受け取れないよね...
さっきまでのやる気とは打って変わって気持ちが一気に沈んでいくアドリアナだったがマイナス思考を吹き飛ばすように頭を横にブンブンと振る。
いや、ネガティブな事考えるのは辞めよう...!私も本当のアドリアナも最善の方法を見つけなきゃいけないはずだし、何より今は此処から逃げないといけないし!!そうよ!逃げる為には彼女の理解と協力も必要だわ。此処に連れて来たダビデの目的も気になるけど幸いな事にダビデは私を傷つける事はしない。リザードマンは人間用のちゃんとした食事を持ってくるし着替えも入浴もさせてくれるし自由に出歩けない事を除けば私は丁重にもてなされてるお客様のようだ。ダビデは忙しいのかここ10日程姿を見せていない...ダビデが居ない日に隙を見て逃げ出せないかな...?




