Lesson 63 百合に願いを 1
「何?女を攫うのを失敗した!?相手は魔法も使えない貴族令嬢だぞ!?」
「は...そ、それが...光を浴びた4人の内護衛がいない令嬢を連れ去ろうとしたのですが魔導師に邪魔をされまして」
「魔導師?...まさか昨日の...アイツか!?」
バーガンディ色の髪の男は苦々しい表情で舌打ちした。
「トリトン王国では魔導師自体が珍しいのに...あの魔導師はまだ少年だというのに強すぎてあっという間に2人は捕まってしまった...見張りをしていた私はなんとか見つからずに帰って来れましたが...」
「少年...そいつは赤い瞳の魔導師だったか?」
「申し訳ありませんレザン様...お、恐ろしくて瞳の色までは見ていません。捕まったのは一瞬でしたので...ただ髪は薄紫色...だったと思います」
男はバーガンディ色の髪の男の前でひれ伏すように土下座をした。男は昨日〝氷雪の間〟には行っていない為昨日の魔導師が先程自分が目撃した魔導師と同一人物かどうかなどわかるはずがなかった。
「成る程...確かにその魔導師がいるならお前達では無理だ」
「ダビデ?」
いつの間に...?全然気配を感じなかったぞ!?
バーガンディ色の髪の男はレザン・マーキース。トリトン王国近海に出没する海賊〝コンゲラート〟を率いる頭だ。レザンは背後から聞こえた声にぎょっとして振り向いた。
漆黒の髪に不気味な紫色の瞳を持つこの男はレザン様が見つけてきた魔導師だ。私達は直接見た事はないがレザン様が言うには大陸でも1、2を争う程の優れた能力を持つ魔導師らしい。ルシウス帝国の大魔導師にも引けを取らないとレザン様は言っていたが...私達の前にフラリと現れトリトン王国の王権を取り戻す手助けをすると約束したこの男を果たして信用していいのだろうか...?
男は急に現れてレザンの信頼を得たダビデに不信感を持っていた。しかしコンゲラートに入って数年しか経っていない自分が何を言ってもレザンは聞く耳を持たないだろうと思い、レザンに進言する事も諦めていた。
「私に任せればその魔導師は問題ない。...その代わり以前提示した条件だが...」
「王権を取り戻した後なら何でも聞こう」
氷雪の女王祭りの初日、トリトン王国中の人々が盛り上がっている中、シーボの宿屋の外でそんな密談が行われていようとは誰もが知る由も無かった。
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「あ!ルーク様っ!!」
ルークがパーティー会場を離れている間、手持ち無沙汰のフェリシティはティナとリリアーナ、ラインハルトに声を掛けて話に花を咲かせていた。
「今話していたのですがトリトン王国では百合を水辺に浮かべてお願い事をすると叶うというジンクスがあるそうですわ。これから皆で王宮の庭園にある湖に行く事にしましたの...その...ルーク様も一緒に...」
フェリシティが頰を赤らめながら落ち着きない様子でルークをじっと見つめるとルークは微笑んで会場で配られている百合を一輪侍従から受け取った。
「ああ...これ、ラナイの丘に咲く万年百合だっけ?」
「トリトン王国でも〝巫女の百合〟は有名なんだな...」
ラインハルトも侍従が持つ籠の中から2輪取り出すと片方の百合をリリアーナに手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあディアス卿も行きましょ〜?せっかく来たんだからトリトン王国のジンクスをやってみなくちゃ!」
フィンはまだ女性達に囲まれていたがティナが強引に腕を引っ張って女性達から引き剥がし皆の元へ合流した。女性達は不満そうな声をあげていたが聞こえないフリである。
「あ〜じゃあリーブス令嬢も行きましょう!」
やっと解放されたフィンは本来の目的であるリンの護衛を思い出した。
「...え!?私も?」
「毎年パーティーの終盤になると皆百合を持って湖に行くのよ。今ならまだ人も少ないわ、私達も行きましょ?リン」
「う...うん」
自分の正体が発覚する事を恐れているアドリアナはティナ達と行動を共にするのは危険だと解ってはいたが、護衛をしてもらわなければいけないフィンがやっと自由になった為フィンが休憩する時間が必要だと感じたのと、ライラはリオとヴェルミナとで楽しそうに歓談しているようだし少しの間離れても大丈夫だと判断してエリカとフィンに挟まれるような形でティナ達について行く事に決めた。
リオ殿下とフォンヴァンデ公爵が側にいるし昨日の海賊達あまり強そうじゃなかったから大丈夫だよね?
「わあっ!綺麗〜っ!!」
ティナは舞踏会会場から出て湖が見える所まで来るとはしゃぎながら湖の側まで駆け出した。王宮から漏れる明かりと庭園に配置された足元の照明が湖の水面を照らし、夜の庭園は美しく幻想的な雰囲気を醸し出している。
「もうティナったら...危ないわよ?」
リリアーナが慌てて追いかける。
「湖の周りがライトアップされておりますのね...水面に明かりが反射して幻想的ですわ...」
フェリシティはルークにエスコートされながらすっかり陽が落ちた夜の闇の中にライトアップによって浮かび上がるように見える色とりどりな花に見とれつつちらっとルークの横顔を盗み見た瞬間、心の中で『暗闇での横顔も素敵ですわ〜!』と悶絶していた。
「もう百合を浮かべている人達がいるわね」
ホントだ。
湖のほとりには5、6人程が等間隔に立ち、これから百合を浮かべる人もいる様で何人かの手には百合が握られている。
湖に浮かぶ百合も綺麗・・・
「リーブス令嬢、では百合を浮かべてみましょう?...そうだ、どんな願い事をするのかもう決めましたか?」
「あ...願い事...すっかり忘れていましたわ。そうですね...私はやっぱり...」
ディアス卿にエスコートされている左手とは逆の百合を持った手でぎゅっと握りながら思案し始めたアドリアナだったがアドリアナの代わりにティナとフェリシティが答えてくれた。
「やっぱり素敵な彼氏をゲット!!よねっ!?フフフ〜ッ!」
「私は...キャッ...ルーク様の前では言えませんわ...内緒です...!」
ちょっと御二人さん...声大きいですよ?...ていうかフェリシティ、貴女の願い事は内緒にしなくても皆知ってるわよ?
数メートル離れているにも関わらず2人の声はよく通るし会話の内容がアドリアナ達の耳に否応なく入ってくる。
「じゃあ百合を流そうか」
「あっ、じゃあ私はルーク様が浮かべる百合の隣に浮かべますわ」
「・・・・・」
フェリシティってば...ライトアップされていても夜の闇ではっきりとは見えないけど...すごく嬉しそうな笑顔をしているのはよく見えるわ。...こんなにフェリシティがはっきりと意思表示しているのにはあ...フォルティスって何考えてるんだか。
アドリアナは不機嫌そうな表情でエリカに続き百合を湖にそっと浮かべると軽く手を合わせた。勿論、アドリアナのお願い事といえば...
元の世界に戻れますように。...そして巫女にはなりませんように...
あれ...?今...リーブス令嬢が浮かべた百合が青く光ったような...?
アドリアナの隣にいたフィンは疲れていて見間違ったのかと瞬きをしてアドリアナの手元を見た。
ライトアップされた水面が反射してそう見えたんだろうか...いや、でも確かに一瞬光ったよな?
アドリアナの手から離れた百合は他に浮かんでいる百合と合流するように密集していく...アドリアナとエリカが浮かべた百合がどれなのか早々と解らなくなってしまった。
「ああ〜私の百合解らなくなったわ。...ねえリンは何をお願いしたの?」
「えっ!?えーと...エリカは何てお願いしたの?」
アドリアナの願い事は誰にも言えない内容の為、エリカに聞かれて即座に話題を自分ではなくエリカの願い事に持って行く。
「私?私はね...『私にも御先祖様の能力を与えて下さい』って...!巫女の子孫なんだから素質はあるはずなのよ... 巫女の能力とはいかなくても初級魔法くらいは使えてもいいと思うのよね!?...魔法はやっぱり遺伝だと思うし私にもチャンスはあると思うの」
「確かに...ルシウスの人達は遺伝が強く影響してるわね...」
ウチのパパとママが魔法使えるから中身はただの日本人の私でも訓練したら使えるようになったんだし...
はっ...エリカ...まさか魔法の研究するとか言い出すんじゃ...?
アドリアナの予感は的中していた様でエリカは嬉々とした笑顔でアドリアナの両手をしっかと掴む。
「でしょっ!?先ずはルシウスの魔法使いに協力してもらって色々調べたいわ...あ、リンは残念だけど魔法が使えないからお願いできないんだけど、彼...フォルティス公子にお願いできないかしら!?」
「えっ?フォルティス!?」
思わずいつもの呼び方でルークの名前を口にしてしまったアドリアナは慌てて手のひらで口を押さえた。
危な...良かった、皆聴こえて無かったみたい。
アドリアナは湖の上に浮かぶ百合を眺めているティナやリリアーナをちらりと見て様子を窺ってみたが此方の会話はどうやら届いていない様だ。皆それぞれ話に夢中である。
「...コホン、フォルティス...公子はやめておいた方がいいわ。あの人は研究されるより研究する側だし性格悪いし」
「へえ...よく知ってるんだね?彼の事。リーブス令嬢はまだ社交界デビューしてないし学校にも行っていないと聞いていたけど...」
しまった...後ろにディアス卿がいたのすっかり忘れてた...!
「う、噂で聞いたことがありましたの。ウチの侍女達もこの間噂していましたわ、フォルティス公爵家の優秀な御兄弟の話を」
苦しかったかな、この言い訳...?あーディアス卿が護衛って逆に心臓に悪い...
「アルフ〜っ!!」
「何でしょう姉上?」
「新年の準備は程々にして私達もトリトン王国へ行きましょう!?」
「...王族自ら新年の行事をすっぽかしてどうするんですか!?」
「いいじゃない〜!私も行きたいわ、トリトン王国の氷雪の女王祭り〜っ!!」
「...絶対ダメです」
これはクラーク伯爵に頼んで新年の祝賀パーティーまで見張っててもらわないと何するか解らないな...
年末年始の仕事も膨大だというのにセシリアの事まで考えなければならないアルフレッドにとってルークの不在は大きく痛手だった。




