Lesson 58 回顧
ティーパーティーが終わり、エリカとヴェルミナの言い合いが一段落したところで2人がようやく帰る気になりほっとしたアドリアナはリーシャからライラの言付けを聴いて一先ず今日は帰る事にした。
今日は仕事の後ティーパーティーに出席したから忙しかったわ。...あれ?なんだかちょっと雲行き怪しいわね...早く帰ってお風呂に入ろう。
アドリアナは薄暗い雲が広がる空を見上げると足早に庭園を後にした。身体的にはそれ程疲れていないはずだが、トリトン王国という外国の王宮でのティーパーティーはアドリアナを緊張させたようだ。
それにあのリオ殿下...やっぱりなんか普通じゃないわ。シームルグの卵でとろとろプリンを作るなんて!日本で食べてたとろとろプリンより卵の味が濃厚でとろとろで美味しすぎたわ。シームルグの卵は貴重だからもう食べれないんだよね...普通の卵でいいからまたとろとろプリン食べたいっ!!
とろとろプリンの味を思い浮かべただけで既にアドリアナの頭の中はとろとろプリンの事で頭がいっぱいである。
「...ん?」
そういえば...リオ王子ってとろとろプリンを作る為に〝虹色の光る玉〟を令嬢達に探させたのかしら...?...だとしたら残りの2つ、〝永久凍土の下に眠る宇宙〟〝愛する者の瞳〟も言葉通り示す物じゃなくてスイーツを作る為の材料だったりして!?じゃあまた貴重なスイーツが食べれる!?
期待で胸膨らませているアドリアナの頭の中はもはやスイーツの事でいっぱいで、久しぶりに会ったライリーの事などすっぽりと頭の中から抜けていた。
*
ティーパーティーの撤収が侍女達によって進められる中、令嬢達が帰ったにも関わらず何故かリオが戻ってきた。
「リオ様」
「今日はご苦労様、片付けはもう終わる?雲行き怪しいから雨が降るかもしれない...僕も手伝おう」
「心配していただけるお言葉だけありがたく頂戴致します。ですがリオ様にそのような事、させる事はできませんわ!早くお部屋にお戻り下さい!!」
古参の侍女なのか王太子であるリオに対して堂々とした物言いである。
テーブルを動かそうと持ち上げるリオを見て周りに居た数人の侍女が慌てて駆けつけるとリオは仕方なく持ち上げたテーブルを地面に降ろした。
チャリ...
ん...?何か今...金属のような音がしなかったか?
リオは腰を少し屈めてテーブルの脚に引っ掛かっている物を見つけるとテーブルを片手で浮かせながらそれを拾い上げた。
「どうか致しましたか?」
先程の堂々とした物言いをする侍女がリオの頭の上から覗き込むようにして見ていたのか声を掛ける。
「ああ...どうやら令嬢の誰かの忘れ物のようだ」
お客様の忘れ物であれば本来は侍従長が預かりお客様からの申し出を待つ...申し出がない場合は一人一人の家に連絡をするのが決まりだが、侍女は「此方で預かります」とはいえなかった。何故なら...その忘れ物を見つめるリオの横顔から口の端が少し上がっているのを侍女は見逃さなかったからだ。
リオ様のあのお表情...あれは悪戯の方法を思いついた子供の頃のリオ様に似てるわ。
侍女はリオより8つ歳上でリオが幼い頃から仕えていた。
まあ御令嬢達の何方かの物だろうし婚約者候補なんだからリオ様に何されても大丈夫...よね?
侍女は他に溜まった仕事を片付ける為、リオに軽く礼をするとそそくさと他の侍女達と共に王宮の建物内へと戻って行った。
「はあ...」
私ったらあれを何処に落としたのかしら...
その頃、王宮の回廊には私室に戻っているはずのライラの姿があった。下を見ながら歩いているライラを侍女達は不思議そうに素通りして行く...
無い...此処じゃないのかしら?...ああ〜っ!やっぱりティーパーティーの場に持って行くんじゃなかった!
『後悔先に立たず』と言うが今更である。
でもあれは私の御守りのような物で...いつも持っていないと不安なんだもの。...シンプルなアクセサリーだから公式行事では身につけれないけどいつもは身につけて...あ!もしかしてティーパーティーの庭園かしら!?
ティーパーティーが行われていた庭園は今はすっかり片付けられていてさっきまで座っていた席の周辺は何も無く綺麗に刈り込まれた芝が辺り一面に広がっていた。ライラは自分が歩いたであろう場所をゆっくりと歩きながら地面を入念にチェックする。そして自分が座っていた付近をひと通り探した所でがっくりと肩を落とした。
無い...此処にも無い...
「何処に落としたの...っ?」
ライラの翡翠色の瞳はじわっと潤みそれと同時にポツポツと雨が降り始めた。
でも此処ぐらいしか思い当たらないし...探さなくては!
ライラは決心したように長いドレスの裾を捲りその場に膝をついた。最初小雨だったはずの雨はすぐに強く降り始め、ライラの膝は冷たく濡れていた。
冷た...もう...どうして無いの?青い石だから見つけ易いはずなんだけど...
膝で少しずつ移動しながら探しているうちにライラの瞳から潤んでいた涙が溢れてきた。...がそれに構っている暇はなかった。
「早く...見つけなくちゃ」
「何でそんなに焦ってるの?」
「え...?」
その声に気づいて振り向こうとした時にはライラの身体は宙に浮いていた。否、抱き上げられた...と言う方が正解だが。
「...あ...の?リオ殿下?」
口を大きく開けたままのライラが目の前のリオを不思議そうに見上げる。リオは不機嫌そうに口の端をきゅっと結んで一言も発しないまま庭園から一番近くの建物の入り口へスタスタと歩く。
雨を吸ってドレスが鉛のように重いはずなのに...何でこんなに普通に歩けるの?
「リオ殿下...!1人で歩けますから...降ろしてください!」
「何で?君、降ろしたらまたさっきの庭園に戻るだろう?さっきは雨の中でも地面這いつくばってたくらいだし...大事な物なの?」
かああっ
今更ながら芝の上を膝で歩いてた所をリオに見られていた事を思い出してライラは恥ずかしくなった。
いつから見られてたんだろう?一国の王女があんな事したなんて...お母様に伝わったらどうしよう!?
キルケ王国では王家の中で初めての姫として生まれたライラはいずれ他国の王妃となると言われながら厳しく育てられてきた。このトリトン王国の婚約者候補選抜戦も母であるイライザ妃はライラが勝つ事が当たり前だと思っている。
「大事です...御守りですから」
「フーン...あの小さな石のネックレスがね?」
え...?
リオの言動に疑問を感じたライラはふと抱かれているリオの胸元に目をやる。リオの白いシャツは雨で濡れて胸のポケットにきらりと光る銀のチェーンが薄ら透けて見えた。
「それ...もしかして...」
ライラが言いかけた所でいつの間に王宮の中を歩いていたのか何処かの部屋の扉の前でリオがピタリと立ち止まった。
此処って...えっと...?私の部屋ではないわよね?扉の色が違うし。
「ルイーズ!デイジー!」
「心得ましたわ。さあ、此方へ...ライラ王女様?」
リオが侍女を呼んだ途端、一体何処から出てきたのかというくらい素早く2人の侍女がライラの両側に立っていた。やっとリオから解放されて自分の足で立ったライラは今度は両腕を侍女にがっしりと捕まえられ、目の前の扉の奥の部屋へと連れて行かれた。
「え?え?...あのっ!?リオ殿下っ?」
何が何だかわからないライラは後から部屋に入ってきたリオに救いの目を向ける。
「王宮内は人の目が多い...君のその姿ではカリオン宮に帰せないからね?君の侍女には言付けを頼んでおく...ゆっくりするといい」
そうじゃなくて!!貴方のその胸ポケットの中に私の...
「これはしばらく僕が預かる。...落ちた時に壊れたのかチェーンが千切れているみたいだから修理に出しておくよ」
ライラの考えている事が分かっているのかリオは胸ポケットを指差して言った。
「直さなくていいからそれを...返して〜〜っ??」
そのネックレスの持ち主が私だと気付いてたのに知らないフリしてたの!?何で?すぐに返してくれればいいのに...?
ライラは笑顔の侍女達に有無を言わさず浴室がある隣の部屋へと連れて行かれ、最後まで言葉を発する事が出来なかった。
ライラが連れて行かれた部屋の扉が完全に閉まるとリオは徐ろに胸ポケットからライラが探していたネックレスを取り出した。しかし銀のチェーンは特に問題なく繋がっていて壊れている様子はない。
「・・・・・・」
ネックレスを指先で持ち上げ何か思案しているリオだったが急に何を思ったのかその銀のチェーンに手のひらを差し入れると左右に強く引っ張った。無惨にも千切れたチェーンのパーツの幾つかが床に落ち、それを丁寧に拾う...そしてそれをまた胸ポケットにしまった。
「...これでしばらくは返さなくても良くなったね」
フッと微笑みながらリオはライラの居る部屋を後にしたーーー
ライラの大事にしているネックレスは銀のチェーンにトップはシークォーツというトリトン王国の海底で採れる宝石で形は雫型です。
シンプルなデザインで華やかではない為、ライラはトリトンの王宮に来てからは私室にいる間だけ身につけていました。




