第七章 ちょっと水道局いってくる
『明後日の、朝十時頃に来て下さい』
今日がその日だった……。
朝の目覚めはそれほど悪くなかった。むしろ良い方に分類されるぐらいだ。
駅に向かう俺の足取りは軽く、スキップできるぐらいだ。
到着して数分で電車が来た。ナイスタイミングだ。
俺は電車に乗り込み2つ駅をスルーし、三つ目で降りた。
そこからまた、数分歩いた……。
そんな道のりをグダグダと説明したが、実際の所そんな事はどうでもいいんだ。
俺が学校を欠席し遥々《はるばる》やってきた水道局は何の変哲も無い、それこそまさに水道局であった。まぁ水道局が水道局っぽいのに本来なら問題は無いんだが……。なんか期待を裏切られた感があって、空しい。
「んでも……正面から普通に入ればいいのか……?」
五分ほど前からただ建物を眺めるだけで、中には入ろうとしていない。だってさ、何か恐いじゃないか……。
どうしたもんかな〜。俺は腕組みをし考える振りをして時間を潰した。
よし! 帰るかっ!
という逃げ腰の俺は本当に帰る気でいたのだが、
「あ、待ってましたよ」
どこかで聞いたことがあるような声、それに言った言葉にデジャヴを感じた俺は、足を止め振り返った。
そこにはニコニコと笑顔を浮かべる、アズハの姿があった。
「……やっぱ夢とかじゃないんだな」
「はい……?」
俺のボヤキに可愛らしく首を傾げるアズハの姿は、あの非現実を体験した時と何も変わらず、桃色の髪を風に靡かせ淡緑の瞳を二つ俺へと向ける。
「なんでもないです……」
「そうですか。それでは、案内しますね」
ファンシーな軍服を着たアズハの水道局案内ツアーが始まった……。
正面の入口から普通に入ったが、特に中は変わった所ではなかった。普通の水道局に行った事はないが、恐らく変わらないだろう。
「離れず付いて来て下さいね」
「はい……」
その後、アズハの案内で水道局内を回ったが、普通に事務的な事をしている部屋や、なんと言っていいかわからないが、工業的なことをしている所もあった。
まぁ……普通だった。
「それでは次は所長室に、あ、あれ? ここは……」
案内の途中で突然足を止めるアズハ。
「どうしたんです?」
「い、いえ……何も」
前を向いているので顔は見えないが、何も無いようには見えない。なぜかって? 単純に体が小刻みに震えているからだ。
その怯えた小動物のように体を震わせるアズハの案内だ歩き続けたが、どうにも同じ所をぐるぐると回っているような……あれ? あの案内図、さっき見たような……。
「もしかして、迷ったんですか?」
「………………そ、そそそそ……そんな、そんなこと無いですよ?」
「いや、そんなに慌てて言われても説得力ないです。しかも、最後にクエスチョンマークを付けないで下さいよ」
すると、バッと勢いよくこちらを振り返り、アズハが、
「こ、ここ、ここはどこでしょう」
「……クイズ形式みたくして誤魔化さないで下さい。迷ったんですか? どうなんですか?」
シュン……と体を縮め、ボソッと一言。
「……………………迷いました」
あぁ……たった二日前、知ったではないか……美女には付いていくな、と。
「あの、アズ……」
と言い掛けた所で、やはり相手は社会人なんだから『さん』を付けた方がいいだろうか? と思い、
「アズハさんはここで働いているんじゃないんですか?」
まだ縮こまっているアズハが、
「『さん』はいらないです。呼び付けでいいですよ……」
「あ、そうですか」
ってそんな事はどうでもいいって!! と怒鳴りつけたかったが、小さくなっているアズハが余りにも惨めで可哀想になりやめておいた。
自分の心が落ち着いた所で、また冷静にもう一度訊いた。
「アズハはここで働いているんじゃないんですか?」
「……こちらの部署の方はあまり近付かないので……その、すみません。建物自体が広くて……それにちょっと……方向音痴らしいので」
「そうですか……」
建物が広いのはわかる。なぜ、ここまで広いのか疑問だが……まぁ色々あるのだろう、ということで深くは考えない事にした…のに、アズハが勝手に説明を始めた。
「建物内にはもちろん水道局としての設備は全部そろっています。ですが、十年ほど前から、増築され…えっと、新たな部署などが作られました。その一つが、対水害獣の特殊部隊で私が所属する『清き水』です。
その他にも、訓練スペースや中学までの教育機関、水害獣対策研究を行う研究室、兵器開発なども行っています。後は、作戦司令室など…………。
あの、この説明で汚名挽回出来たでしょうか?」
「え……?」
「やっぱりダメでしょうか……」
目を潤ませこちらを見るアズハ……いや、可愛いんだよ、可愛いんだけど……なんでそういう時に喋る内容が電波なんだよ……。どんだけ水道局ってすげーんだよ。
それに……汚名を挽回してどうする……。返上しなさい……返上。狙っているのか? それとも素の天然なのか? どうにも判断が難しい。
「やっぱりダメなんですね……」
何を勘違いしたのか、アズハは大粒の涙を流し出した。
ちょ、ちょい! 俺は怒ってないぞ? 別に……そんな迷ったことも気にしてないし……。
「とりあえず、泣くのは勘弁してくれ。女の涙ってのは苦手なんだ。そりゃあ俺だけじゃないだろうけど、泣くと逆に迷惑だから、ね?」
最後の方は少し冷たかったかな、と思ったが、アズハは泣くのをやめ立ち上がった。
「すみません……。お見苦しいとこをお見せしてしまい……」
「いえ……大丈夫ですから。それより、次の目的地へ行きましょう。そこに案内図があるので」
壁に掛かっていた案内図を指差した。確か、次に行くのは所長室。
「そ、そうですね……」
まだ、申し訳無さそうな顔をするアズハに俺は自分の出来る精一杯の笑顔を見せ、
「行きましょうか」
あれ……? 歩き出したのに後ろからアズハの足音が聞こえない。
振り返り、確認すると。まだその場でポヤーっと意識がどこかに飛んでいってしまっているような顔をで突っ立っていた。
「……大丈夫ですか?」
「えっ……あう……大丈夫です」
なぜか顔を赤くし、恥ずかしそうに答えた。……なんかの電波を受信していたのか?
まぁいいか。さっきまでは案内をするために半歩前を歩いていたアズハだが、今度は俺が半歩前を歩き誘導した。
歩きながら色々気になっていたことを訊いてみた。
「アズハは高校には行っていないんですか?」
「はい。中学までもこの水道局内の学校に通いました。中学を卒業をした後は、すぐに『清き水』に入ったので……」
それは、つまり中卒? というか、本当にこの水道局内に学校ってあったんだ。ビックリだな。
「なぜずっと水道局に?」
「……両親が亡くなったんです。二人とも水害獣に……。その後は兄と二人で国からの援助で暮らしていたんです。私の家族は皆、『力』を持っていたので……国に必要とされたんです。そして、兄も……水害獣に…………」
…………ヘビーだ。地雷踏んだ。つーか『力』ってなんだ?
「すいません……。何も知らずに、俺」
「いえ、いいんです。……しょうがないんです。私たちが戦わなくては……どっちにしろ……」
その「私たち」の中に俺は含まれているのだろうか……? ……はぁ、そんな話されたら自分が悪者みたくて……いや、実際にそうなのかも。
「すみません……。上からの指令でも……あなたを直接巻き込んだのは私です。本当にすみません」
すぐ後ろで嗚咽を漏らすのが聞こえた。
謝らせてしまっている自分が物凄く情けなかった……。そして、何もフォローしてやれない自分がもどかしくて……悔しい。
嘘は言えない。言いたくない。迷惑じゃない、なんてのは嘘だ。こんなことに迷惑しているさ……だから何も答えてやれない。
罪悪感を一杯に、俺とアズハは入口のドアに所長室と書かれた部屋に辿り着いた。
俺の後ろから、スッと前に出たアズハの顔に涙はなかった。アズハは軽くノックし、中からの返事を待った。
この扉を潜った時、俺の現実が蝕まれ始めた…。それを俺が知るのは、すでに手遅れになった時だった…………。
連続投稿!! 今度こそは本当のです。
でも、文が適当になってしまった……。元から読めたもんじゃないというのに……。
さて、やっと水道局…………書けてないですよね。それになんかアズハ情緒不安定になってないかな? いや、なってる。これは、伏線なのか!? 著者自身わかってません。