第六章 ちょっと日常いってくる
なんとか午前中を乗り切った俺は昼休みを迎えることが出来た。
昼休みになると、特に呼び掛けた訳ではないが友貴と明良がそれぞれ購買で購入してきた弁当を持って俺の机にやってきた。
そして俺の横の席と前の席を動かして、俺の机に向ける。
俺の正面が友貴、そして横に明良。
この風景はもう日常として当然のものになっている。入学してすぐは友貴と二人で食ったりしていたが、この高校で明良という友人が増え三人での昼食が普通になっていた。
「購買に一緒に来なかったってことは今日はお袋さんの弁当か?」
友貴が唐揚げ弁当の蓋を開けながら尋ねてきた。
「いや、今日は自分で作った」
なんで? と明良に質問されたので、両親が仕事で今日の夜まで居ない事を説明した。
「ふーん、そうか。それは大変だね」
明良はなんだかヘルシーな弁当を食べながら、どうでもよさ気に答えた。
「それだけで足りるのか?」
野菜たっぷりヘルシー弁当を頬張る明良を見て、友貴は自分の唐揚げ弁当と見比べてウゲッとした顔で言った。
「僕は元々小食だから十分だよ。それに、購買の新商品らしいから気になったの。『ダイエット中の女性にオススメ!』って書いてあった。結構ね人気みたいで、売り切れた時にブーブー言ってる女子がたくさん居たよ」
「それは……。細身を目指す女性方にお譲りした方が良かったのでは?」
俺のその言葉に、フッと……明良が一瞬だけ黒い笑みを浮かべたのを見逃さなかった。そして悟る。こいつ、わざとだな……。
「なぁ直輝、やっぱり俺らの中で一番性質が悪いのってこいつじゃないか」
友貴が明良を指差す。指を差された本人はキョトンとした顔で、
「早い者勝ちなんだから仕方が無いよ……」
と言ってまたあの黒い笑みを一瞬浮かべ、
「それに世の中の厳しさを教えてあげたんだよ」
清々しい顔でそう言い切った。こいつ、やっぱりわざとか……。それに、そんな事で世の中の厳しさを教えれても腹が立つだけだ。
そんな風に、普通に日常会話を楽しみ食事を終えた。
食事の後片付けを終えても二人は俺の机の近くに居座ったままだ。寝ようと思っていたのだが、二人を邪険にするのも気が引けたので会話に参加する事にした。
「青春を謳歌したい!!」
声高らかに友貴は言った。
キラキラと輝く瞳には嘘偽りは無く、そして不毛だな思えてしまう。
「お前のは性春だろうに……」
「そうだね。友貴くんのは邪だよね」
俺と明良の何気ない冷たい言葉は友貴に大ダメージを与えた。
「冷たい奴らだ……。どうして高校一年にもなって女に飢えない!?」
「別に飢えていない訳じゃ……」
俺だって恋愛できるならしたいさ……。別にクラスに可愛いやつが一人も居ないとかそういう訳でもないんだが。
そう考えると俺の境遇はまだマシなのかもしれない。
第一に、普通科の共学だから女子がちゃんと居るし、男女の比率も女子が少し多いぐらいだ。
二つ目に、クラスに居るは居るんだ……。スペックが高いやつが。
視線を女子のグループの一つに目を向ける。
まだ昼食を取っていたが、その中に俺の探している人物の姿があった。
純岡七海だ。
成績はそこそこ優秀で、運動全般は得意。それに面倒見をいい。栗色の髪を肩に少しかかるぐらい伸ばしていて、前髪が不自然に長め。可愛いというより、綺麗なタイプだ。体育の時に見たが、スタイルはかなり良い。スレンダーというか……まぁ細くて出るとこは出てる。
ここまで聞けばな特に問題ないように思われるんだが、これからなんだよ問題は。
純岡はヤケに男子に対して冷たい。入学当初はツンデレではないかという噂があったが、半年以上経っても態度は変わる気配が見えない。今だツンツンだ。
一番の問題は……まぁ俺だけに該当するんだけど……。
そこで俺の視線に気付いた純岡がこっちを見てくる。
キッと鋭い眼光を光らせ睨みつけた後、すぐにグループの会話に戻っていた。
これが一番の問題だ。なぜか俺は嫌われている。意味がわからん……。
まぁそんなツンツン少女は置いといて、もう一人だ。純岡と同じグループで食事を取っている一人に視線を固定する。
荒内瑞希という名前のどう頑張って見ても中学生にしか見えない少女だ。
こっちは完全に可愛い系だ。童顔に艶やかな長い黒髪。ゴスロリとか似合いそうだなと思う。スタイルは悪くは無いが、なんつーか……一言で言うなら、貧乳。これはこれでポイント高いのかもしれないがな……。
荒内さんの方は性格も良い。クラスメイトには平等に接する。でも、どこか喋るのがぎこちない。その優しさゆえに、勘違いした男子生徒から何人も告白されて困っているらしい。
勉強は学年トップ三に入るほどの秀才。でも運動は苦手なようで、体育の時は普段以上にソワソワしたり落ち着かない。
こっちには嫌われないが、幾分……純岡に懐いているもんで手は出せない。出したら殺られる気がする。
そんな手出し不可の二人は置いといて、もう一人だ。
教室を見回すが、目的の人物の姿が無い。
まぁいいか、と諦めたその瞬間、騒がしい声を上げ教室に一人の女子生徒が入ってきた。
「揚げパンが売り切れだったよ〜〜!!」
そいつは目的の人物、山下萌咲だった。
常にハイテンションの山下は『女好きの女』の異名を持つ、変態だ。本人も「ウチはレズやで」と胡散臭い関西弁で肯定していた。
赤茶色の長い髪を後ろで一つに括り、ポニーテールにしている。顔のパーツは一つ一つ丁寧な作りをしていて、これまた美人なのだが本人の性格から忙しく表情が変わるので、美人と認識している人は少ない。スリーサイズは、ザッと上から、ってそんな事知るか。とりあえず、胸は学年の平均よりチョイ下ぐらいで、他も別に悪くは無い。
よく言えば祭り者、悪く言えば騒がしい奴。でもまぁクラスメイトには結構気を使う良いやつだ。
ザッとこの三人ぐらいだろうか。でもまぁこの事を他校の友人に話したら、
「それなんつーエロゲ?」
と言われた。やっぱ恵まれてんだな、俺
「直輝くん、どうしたのそんな感慨深げに教室を眺めて」
揚げパンを美味しく頂いている明良が、ボンヤリとした漆黒の瞳を俺に向けた。
ってその手にあるのは揚げパンではないか。
「……ん?」
「まさか、明良……それも狙いか?」
「え? あぁ……これ?」
まだギャーギャー騒ぐ山下と揚げパンを見比べ、
「流石にそれはないよ。偶然だよ偶然」
「………………」
友貴もまた疑わしい目で明良を見た。まだ明良とは付き合いが短いので考えが読めん。
「あ〜〜〜〜!! 神にょん、揚げパン食べてる〜〜〜!!」
騒いでいた山下が、明良が食べている揚げパンの存在に気付いて叫び、こちらに近付いてきた。
「神にょん! 一口プリーズ!」
因みに『神にょん』とは明良の山下専用のあだ名だ。そんでもって、明良のフルネームは天神明良という。だから、神にょんなのだ。
「え〜、今更言われても……。あと、一口分しかないよ?」
「じゃあそれをプリーズ!」
明良と山下が特別に仲が言い訳ではない。誰に対しても山下はあんな調子だ。
交渉の末、山下は揚げパンにありつけることが出来たようだ。
「神にょん、あんがとさん〜」
深々と頭を下げ、お礼を言う。言葉自体は適当だが、なぜかお辞儀だけは丁寧だった。
「萌咲っ、パンツ見えているよ……」
少し離れた位置の純岡が山下に言った。
腰を折る山下のスカートは規定より短くなっていて、中が見えていた。熊さんがプリントされた幼い下着を見てしまった俺は、なんどか見てはいけないものを見てしまった気分ですぐに視線を逸らした。
下着が見えてしまっている事を気にする素振りを見せず、曲げた腰を戻し、
「別に問題無しだよ。女子に見られたってどうとも思わないし、男子はまぁお年頃だから勝手に欲情させときゃいいの〜」
「熊さんパンツに欲情なんかしねーって」
男子の一人が挑発的な態度を山下に見せた。
「ほほ〜〜」
感心したような顔付きをした山下がその男子生徒に近付いていき、両肩を掴む。
「ほ・ん・と・う……かな〜?」
そして、顔をグイッとすぐ目の前までもっていき、ニッコリと微笑む。
「な、なんだよ」
怯えるように後ずさろうとする男子生徒をガシッと掴み、逃がさないようにする。
両肩に置いていた片方の左手を肩から外し、その左手で自分のスカートを少したくし上げ、下着が見えそうで見えない位置にもっていく。
「本当に見たくないのかな〜」
スカート越しにそれを男子生徒に擦り付ける。
あーあ……可哀想に。これで何人目の被害者でしょうか。山下も人が悪いな。思春期の男達を弄ぶとは……。
その後、男子生徒は骨抜きされたような状態になり午後の授業の間は放心状態となっていた。……不憫だ。
こんなのが俺の日常、学校生活だ。今日も、平和だった……うん、平和だった……。
連続投稿! と見せかけていますが、実は昨日の夜に書いていたのが十二時を過ぎてしまい、投稿が今日になってしまいました。それだけです……。
さて、次は、水道局の話を……と思います。