第六十三章 ちょっと猫いってくる
学校の全日程を終え、俺は一人寂しく帰路を行く。
さ、寂しくなんか無いんだからねっ!! 的なツンデレ発言を俺がしてもどうしようもないので、一人、俯きがちに自転車のペダルを漕ぐ。
「…………はぁ〜」
最近、どうも俺に良いところが無い様な気がしてきた。
そりゃあ、漫画の主人公じゃないんだからさ、いつでも格好良い訳はないけど、そうじゃなくてだな、なんというか……そう! クラスメイトに殴られるのだけは無くならねぇかな。今日だって、よくわからんけど、純岡に打っ飛ばされたし……。コメディじゃねぇんだからさ、人をマジで飛ばせるあの凶悪パンチなんだよ……。
よくわからないけど、俺ってやたら殴られてたり、気絶してる気がするんだ。
…………うん。深く考えたら負けだね。
という事で、やっぱりなんかもうアンハッピーデイを受け入れることにした。
「ふ〜ん〜ふふん〜〜♪」
もう鼻歌歌ってテンション上げ上げで行くしかない!
そうやって無理にテンションを上げながら家へと目指していると、道の端っこで小さくなっているスーツ姿の人を見つけた。
ま、まさかの緊急事態!? と思ったが、どうやらその人、ダンボールに捨てられた猫とお話しているようだ。
「んー、申し訳ないけど、僕の家では飼えないんだよ。本当に、申し訳ない」
……どうしよう、真面目に猫さんに謝ってるんですけど。
本当に困った顔をしてる。そりゃあ猫さん可哀想だけど、何もそこまで……。
横をスルーして通ろうと思った。でも、なんだろう……どっかのCMチワワ的な視線、その愛くるしい茶や黒が混じった猫の、済んだ瞳が俺を刺す。
「ニャー」
…………可愛いじゃねぇか、おい。
犬派な俺のソウルをそこまで揺さ振るとは……やってくれる。
思わずペダルをこぐ足を止め、ブレーキを掛け、そのスーツを纏う人の後ろ辺りで、止まった。
「どうしたんですか?」
挙句、声を掛けてしまった。
「はい?」
親切すぎるのか、ただのボケボケなのかよくはわからないけど、そのお人好しなスーツマンが振り返って、俺と視線を合わせる。
短めの黒髪をしている。黒の瞳がどこか儚げなのは、色素が薄めだからだろう。見たところ二十代前半だと思うが、その顔は、緩んだ微笑に固定されている。
「あ、猫が捨てられていたもので……。どうにも、こういうのは放っておけない性質なんですよ」
「そうですか」
俺は自転車を道の端に寄せ、その人の横に座り込んだ。
「捨て猫ですか……」
ボソッと呟く俺だったが、ここに座って何をする気だったんだろう? ん〜我ながら、謎だ。
「困りました。私の家はマンションで、ペット禁止なんですよ。それに、まだ仕事が終わっていないので、新しい飼い主を探すのも……」
あ、この人は底無しに親切な人だ。きっと長生きできないんだろうなぁ……。連帯保証人とかになって借金人生とか……って人の未来を勝手に暗黒に変えるのはよくないな、うん。
「そう……ですか」
「こうなれば、仕事は明日に回し、今はこちらを優先して」
ダメだ。この人、もう凄過ぎる。命の重さは皆同じ。そんなことが、当たり前なんだ、この人の中では。
苦労はものともしないであろう人なのはわかる。でも、なんだか不憫だぞ。明日、会社へと出勤したこの人が上司に平謝りする情景が目に浮かぶ。
あ、あああああっ!! そう思うと、もう放っておけないぞ!!
「あの、俺が、飼い主を探しましょうか?」
言っちゃったぁぁぁ……。後悔はある。ああ、寧ろ後悔しかない。
「えっ……いいんですか?」
微笑はもうデフォルトらしく変化させず、目を少しだけ見開いて驚きを示してくれた。
「任せて下さい!」
なんで胸張って、そんなこと言ってんだろ……俺。遂に、頭が可笑しくなって来たかな?
「ご無理はなさらなくてもいいですよ。僕は、仕事を、」
「いえ、今日日の学生は暇ですから、気にしないで下さい」
マジで仕事より優先させようとしたのはビックリだ。なんだろう、この人って天然記念物? 荒んだ現代人の中のオアシス? いや、とりあえず、チャンスがあれば大物になれる気がする。でも、チャンスが来なければ、そこら辺で野垂れ死んでる気がする……。なんという両極端。
「そうですか……。では、お願いします。本当にありがとうございます」
飼い主ではないというのに、お辞儀までしてお礼を述べた。俺はなんだか小っ恥ずかしくなり、プイッと目線をそらす。
「ンニャ……?」
泳いだ先に、猫さん。首傾げてますよ。なんですか、穢れを知らないその瞳。なんか、自分が汚く思えてくるじゃないか。
俺は猫にも勝てないチキン野郎だというのが判明した。
「本当にありがとう」
俺と猫さんがお互いに視線をそらさず目を合わせ続けているのを見て、その偉大なるサラリーマン(だと思われる)がもう一度、お礼を述べた。
「いえ、いいですって。俺が勝手にしたことですから」
謙遜とかそういうんじゃなくて、本当になんとなくだけど、したかっただけだから。
俺は、腕時計と睨めっこして、微笑に少しの苦を混ぜた、僅かに引き攣る微笑みを向けてくるサラリーマンに会釈し、
「仕事、頑張ってください」
と鼓舞してあげた。
数度のやり取りをし、その人は小走りで駆けて行った。
「ニャニャっ!!」
俺はそれを、ダンボールから回収した猫を抱きかかえて……痛ってぇ、髪の毛にじゃれるな!
そんな感じに、猫さんに気に入られた……と思う。
家に帰り着くと、ちょうど両親が家から出かける所だった。玄関先で鉢合わせたのだ。
「あら? 直輝、その猫は?」
母さんはビシッとキャリアウーマンへと変貌していた。家でおっとりとしている姿が嘘みたいだな。そんな母さんは、目を細めて、俺が抱きかかえる猫へと視線を向けた。
「ちょっと貰い手を探してんの」
「家では飼わんぞ」
玄関で靴へと足を入れた父さんが、固い声で俺に言う。まぁそんなことは知ってるさ。
「わかってる」
短く答えてから、二人がこれから仕事に行くであろう事は見ればわかるので、
「どのぐらいで戻るの?」
と出張の期間を尋ねた。
「早くて一週間、遅くて一ヶ月ぐらいになる」
父さんが簡潔に答えて、俺と入れ替わるようにして、父さんが外へ、そんで俺が中へと入った。
二人並ぶ両親と向き合う。
「いってらっしゃい」
「いってくる」
「いってきます」
もう家族全員が慣れている。置いて行くのも、置いて行かれるのも。小学生の頃から、既に何度も仕事へ行く両親のために留守番をした。まぁその頃は兄さんも一緒だったけど……。兄さん、まさかどこかで野垂れ死んではいないだろうね、そんな一抹の不安は頭を振って霧散させる。
もうこちらに背中を向ける両親を数秒間見詰めてから玄関の扉を閉めた。
とりあえず、猫を自分の部屋に放置して、帰ったらやることを済ました。まぁ良い子は必ずするであろう、手洗いうがい、というやつだ。そうしてからまた自室へと戻った。
が、なんであんな短い時間で、こうなる?
俺の寝床はなんかぼろぼろにされていた。おぉ……マイベッド!!
「猫よ、貴様、調子に乗るのは今の内だぞ? というか、さっさと貰い手を探すしかねぇ」
「にゃ〜?」
もうこの猫には勝てない、とわかっているじゃないか。
そういう事で、猫を洗濯物を入れるかごに捕らえ、自由を奪っておく。俺は潤む瞳を踏ん張らせ、ぼろぼろに切り裂かれたベッド……というか、まぁシーツの上に寝転んだ。
さぁ! 文明の利器よ!! こやつの飼い主をここに示せ!!
そう心の中で叫び、ケータイの電話帳を開いた。
ここは、まず友貴あたりに聞いてみよう。
電話を掛け、耳にケータイを当てた。五回ほどコールが繰り返され、そこで途絶える。どうやら掛かったようだ。
「友貴〜ういっす!」
『おぉ! どうした? 直輝から電話なんて珍しいな』
無駄に元気の良い声が返答を示す。
「まぁ用が無ければ普通は電話しないだろう」
『いんや、愛すべき俺の、』
「あーはいはい。とりあえず、だ。お前の家で猫飼えるか?」
『別に問題ねぇよ。つーか、俺が大家さんを金で黙らせちまえばこっちのもんよ!』
「それって犯罪?」
『微妙な所』
「まぁその方法でもいいけど、とりあえずさ、猫をさ、飼わないか?」
『だが断るっ!!』
俺は即行で電話を切った。
さて、次は、誰がいいかな〜。考え中に、友貴から電話。もれなく着信拒否にしてあげた。うん、俺って優し過ぎ。
電話帳を適当に眺めていると、荒内さんの名前を発見した。
よし、次は荒内さんでOK!!
『はい、どうしたの日下部くん?』
数度のコールで荒内さんが出た。
「ほんと突然で悪いんだけどさ、荒内さんの家で、猫飼えないかな?」
『……えっと、ごめんなさい……家は、動物飼うの、母が嫌ってるから……』
「あ、うん、じゃあしょうがない、というか、いきなりごめん」
その後、何回かのやり取りをし、電話を切った。
さて、次は、と。ふと、純岡の登録情報が目に入った。荒内さんの事件の後、ファミレスでギャーギャーやっている時に、山下の協力(?)を得て入手した。なんか最後まで嫌そうにしてたから、連絡は今まで一度もいれていない。といっても、まぁ三日ぐらいしかたってないけどね。
まぁ純岡は無理だろうからやめとくかな。
続いては山下。ん〜どうだろう? 一応はしてみるか。
ケータイを耳に当てて、コールの音を聞く。いっこうに出る気配が無い。そして、おなじみの機会音声が流れたので諦めることにした。
さーて気を落とさずに次!
次の明良にも電話は繋がらなかった……。
「にゃ〜……」
囚われの猫が俺を見てくる。くそぉシーツをこんなんにされたというのに、一回あの顔を見ただけで許せてしまう気分になるなんて……恐るべし! ニャンニャンパワー!!
さて、あの猫のためにも、その猫に洗脳されそうな俺のためにも、飼い主を探さなくては。
何人かに掛けたが、誰も受け入れてもらえなかった。
元々登録数の少ない電話帳も、終わりが近い。
もう頼りになるのは、水無瀬さん! 貴女しかいない!!
俺は決意し、通話ボタンを押した。
『もしもし、どうしたの直輝くん?』
「あーえっと突然なんだけどさ……」
もう最後だ。本気で行くぜ!!
『うん、何かな』
「水無瀬さんに、頼みたいことがあるんだ」
真剣みを帯びた声。そう、俺はやれば出来る子! 教師も言っていた!
『う、うんっ』
俺の声に反応して、水無瀬さんの声もいつもより真面目な雰囲気を醸し出す。
「(猫の)飼い主になってもらいたいんだ」
『飼い主……?』
「そう、俺はもう大切な物(ベットのシーツ)を奪われ限界なんだよ」
『そ、それで?』
「そんな俺を助けられるのは水無瀬さんしかいないんだ!!」
『えっ!? わ、わたしが、直輝くんの、』
「うん」
『突然……そんな過激な事を……言われても』
過激……? よくわからんが、まぁいい。
「わかってる。でも、もう後が無いから……」
『で、でも! どうして、わたしなの!?』
「そういうの(猫)好きそうだと思って…………」
『……えっ……わたしってそんな印象なの?』
「そうだけど……違った? なんだか、首輪とかつけて、お散歩させたりする姿がすぐに想像できるんだけどなぁ」
『そんなことしないよぉ!! …………で、でも直輝くんが……どうしても、って言うなら』
「どうしても」
更に真剣な声。
『………………うんっ……。えっとそういうのは、よくわからないけど、直輝くんがそこまで言うなら……』
お礼を言って電話を切った。家に居るからすぐにこっちに来るそうだ。
あれ? そういえば猫って言わなかったけど、意思の疎通が出来たぞ! おお! 俺って水無瀬さんと相性いいのかも!!
ってチャイムが鳴ったよ。早いな。
玄関に行くと、なんか顔を真っ赤にしてもじもじとする水無瀬さんの私服姿があった。ああ、制服姿もいいけど、こっちも良い! つーかもじもじ最高! そんなエロい体つきをしていてそんな動きをされたら…………待て! 紳士だ、俺は紳士だぁぁ!!
水無瀬さんの格好は上は首まである白のセーターを着ていて、下は赤チェックの長めのスカートだ。やっぱ可愛い。
「あの直輝くん…………そういうの、本当にわたし、好きじゃないからね。誤解して欲しくない……でも、直輝くんがどうしてもって言うから、わたし、やり遂げるから!」
微妙にツンデレっぽいように見せかけた献身的キャラだった。優しいご近所さんを持ったものだ。
「うんうん、これであいつも幸せになれるなぁ」
「あいつ……?」
首を傾げる水無瀬さん。
「ちょっと待ってて、すぐに連れて来るから」
まぁ気にせず、猫さんの回収へと向かった。
「はい、名前は多分無いと思うから」
抱きしめていたその猫さんを、水無瀬さんへと差し出す。
「飼い主って……この子の?」
「あれ? 以心伝心は不完全だったか……。まぁ、こういうの好きでしょ?」
「う、うんっ」
おずおずと伸ばした手で猫さんを受け取る。なぜか、顔が真っ赤になってた。
「わ、わたし……また変な勘違いしてたみたい」
もう湯気とか出てきそうなぐらいに赤い。
水無瀬さん、貴女は一体、何を勘違いされていらしたんですか?
その日、水無瀬家に家族が増えた。両親も反対しなかったようだ。
ん〜よかった、よかった。なんか謎が残ったけど、よかった、よかった。
復活っ!! 今度こそは、です! とかいって、毎日更新は無理そうです。
多分、週に一回ぐらいになるかと……。でも、書ける時は書けるので、基本、不定期ということでお願いします。
はい、水無瀬さん、何を勘違いしてたんでしょうね。え? ダメですよ考えちゃ。そうですよ、考えたらダメです。
一応は聞きますけど、わかりましたよね?
え? わからない……。ヒントは、ペットにする対象です!!(答えじゃん!!)
次回予告?
日曜日がやってきた。そう、あの地へと……。
永遠のサブキャラの登場、初めての訓練、少しずつ物語りは回り出す……かな?
(あぁぁ最後に疑問系の文をつけなければ……)