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第五十九章 ちょっと奴隷いってくる

 寒い……。

 やっぱり朝は流石に寒いな。


「んあーあっと」


 俺は布団に包まったまま大きく伸びをし、また中へと潜り込む。

 今は長期休暇で学校は無い、親も出張で居ない、この家は俺の天下だ。好きなだけ寝ていられる。

 と思ったが、水無瀬さんに謝罪しにいく予定だった。昨日、スーパーに放置してきてしまい、その事に気付いたのがもう寝る前だったので、明日にでも、というか今日謝りに行く事にしていたのだが、忘れるところだった。


 まだ布団が恋しいが、俺は覚悟を決め、勢いよく立ち上がり、ベットから飛び降りた。


「うぉぉ…………あんま寒くねぇな」


 ベットからでたところ、余り寒くなく、問題なく行動できた。いや〜布団の中のが逆に寒いって、ミステリ〜。

 とりあえず、顔を洗ったり飯を食ったり、寝巻から着替えたり、と朝の活動をすべて終え、時刻を確認する。

 9時24分。

 これくらいなら訪問しても問題ないよね? というか、十分過ぎるぐらいだよね。


 玄関に行き、靴を履いていたところ、お客さんの訪れを伝えるインターホンが鳴った。ちょうどいいと言えばちょうどいいが、お出掛けする直前なので、タイミングが悪いと言えばそうだ。

 靴を履き終え、訪問者を中へと入れるため、玄関の扉を開く。


「おいーっす! お久〜」


「直輝くん、おはよう、久し振りだね」


「んな……」


 二人、またもやミリタリー気味の友貴と黒一色の明良がそこに居た。こいつら、タイミングとか見計らっているのか? ヤバイ、なんか恐くなってきた。


「どうした? そんな呆けた顔をしてさ。ちゃんと行くってメールしてあっただろう?」


「んん? してあったっけ?」


 頭にハテナマークを浮かべながら答え、俺はズボンのポケットに入ったケータイを取り出し、友貴のメールを確認した。


「あ……」


「だろう?」


 メールを見て納得する俺に友貴がちょっと腹が立ってくる笑みを浮かべながら言った。

 まぁ事実だからしょうがない。駐屯地でメールをチェックをし、その時に2日までは戻れないってメールしたら、3日に遊びに行くから〜って感じの返信が着て、確か了承したんだな俺。


「まあ、旅行中だったからそんなに記憶に残っていなかったんじゃないかな」


 友貴の隣で変わらずのほほんとした雰囲気全開のブラックマンが、フォローっぽいものを入れてくれた。ちょっと旅行って言葉が胸にグサッとくる。


「あーそうか、確かにテンションが高くなってたりすると記憶飛ぶもんな〜」


「そうだよ、あの年越しの時に友貴くん、少し記憶の欠落があるでしょう?」


「……ん、そうだな」


 俺が知らない年越しの話に、なんだか寂しい気持ちが湧いた。でも、アズハと美影ちゃんの顔が頭にちらつき、寂しさは和らぐ。友貴のようにずっと一緒に居る人たちじゃないけど、二人はもう大切な人だ。まぁ同じ代償を背負う仲間で、戦友だ。

 まだ年越しの時のことを話す二人を軽く放置し、俺は俺で駐屯地での年越しを思い返す。


「おーい、直輝! 戻ってこーい」


「ん? んん? あ、ごめん」


 どっぷりと思い出に浸かる俺に友貴が呼び掛けてきた。それに答え、ボォーっしていた事を謝罪する。

 少しだけ思い返していたつもりが、色々と思い出してしまった。そう、ずっと忘れていたい、ケータイの入ったポケットとは逆のポケットに入っている、ディスタンなんとかとかいう、『受信端末』の存在が……俺の現実を蝕む。


「とりあえずさ、どっか行こうぜっ! 直輝の家ってあんま面白いもんないからさ」


「それは構わないけど、ちょいと待っててくれ、水無瀬さんの家に少し用があるから」


 玄関にやってきた本来の目的を遂行し、その後に遊びに興じればいい、そう考え俺は二人にその事を伝え、水無瀬さんの家に行った。まぁ隣だから徒歩で10秒。

 扉の横にあるインターホンを押す。定番なノーマルな音が家内に響いた。


「…………」


 遊びに行くついでに寄ったのでは、なんだか謝りに行くって感じでないので、友貴と明良にはここからでは見えない位置で待ってもらっている。

 インターホンが鳴るだけで、中から反応が無い。庭に車が停められていないのはいつもの事なので、それで在宅しているかどうかの判断は下せない。


「どこか家族で出掛けたのかな……」


 有り得なくは無い。水無瀬さんのご両親が忙しいのは知っているが、もしかしたら休暇が取れ、どこかに家族揃って外出しているのかもしれないな。

 念のため、もう一度インターホンを鳴らし、一分程待った。

 だが、中に人の気配すら感じなかったので、諦め、後で謝る事にした。


 曲がり角の陰に隠れる二人の元へ行き、


「ごめん、待たせた」


 特に気にする様子をみせず、明良が答えた。


「大丈夫だよ。そんなに待っていないし、時間を指定せずに遊びに来た僕たちが悪いんだから」


「まあ、そういうこった。んじゃあ! とりあえずゲーセンへレッツラゴー!!」


 無駄にテンションが高い友貴の宣言により、ゲーセンに行く事となった。




 近所に、といっても歩いて10分程掛かるが、デパートがある。その屋上にはゲーセンがあり、よく喝上げとか、パシリとか、喧嘩とか……まぁ少し夜になると物騒な場所だ。

 まだ朝で、デパートの開店が9時なので、恐らくは被害に遭う事はないだろう。

 そんな訳で、今はそのデパートに向かう道程なのだが、途中で……ある人物と出くわしてしまい、足止めを喰らった。いや、全責任は友貴にある。


「…………山下……、ここで逢ったが百年目っ!! いざ尋常に勝負っ!!」


 さっきよりも更にテンションが上がっている友貴が、偶然に出くわした山下へと戦う事を運命とされた憐れな男のような感じに、山下へと啖呵を切る。


「ふふふっ、これはきっと神様の示した戦いへの啓示、藤崎よ、勝負っ!!」


 ここで山下が悪乗りするからいけないのだ。

 長い赤茶色のポニーテールをピョコンと跳ねらせ、勝気な茶色の瞳を友貴へと向けた。

 人通りが少ないとはいえ、一応は公道だ。その中心で二人は熱く燃え上がり、視線を合わせバチバチと火花を散らしている。


 俺と明良は蚊帳の外、まぁ大歓迎ですが。あんなよくわからないテンションの戦いに巻き込まれたくない。


「本当に二人は仲良しだよね」


 隣で共に呆れた感じに二人の激しいやり取りを見る明良が、ピーナッツパンの袋を開けながら、どうでもよさ気に言った。どこから出したんだ、そのピーナッツパン……。

 そんな疑問を抱きつつも、俺は二人の戦いを見守る。


「藤崎よ、もちろんあれは持っているだろうな?」


「ふっ……山下、当たり前だろう? この俺を誰だと思っている」


 二人は意味深に怪しげな笑みを零し、それぞれ右ポケットへと手を伸ばした。

 ガサゴソと漁らず、ポケットへと手を入れた瞬間にはその物を掴んだようで、すぐに向かい合う両者は手を取り出し、その握られた物を対峙する者へと威迫の意味を込めて勢いよく提示する。

 さながら決闘するウエスタンのようだ。

 ただし、引き抜かれ、手に握られている物は…………面子めんこだ。


「流石、という言葉は不要だな。さぁ数千年にも及ぶこの長い戦いへと決着をつけようではないかっ!!」


 山下がどっかのラスボスのような感じに言い放ち、友貴を覗き見る。

 数千年って……山下はいつから生きてんだよ。やっぱり友貴も突っ込むんだろうな。


「ああ、この長い戦いを……今日、この場所で、終わらせてやるっ!!」


 って乗ったよ。こいつらダメだ。もう色々と手遅れかもしれない。

 その後、バチンバチン面子を叩く音が響き続ける事となった。


「ねぇ直輝くん、今日は何する予定だったんだっけ?」


「知らん……」


 小首を傾げる童顔な明良の言葉に返答のような返答じゃないような、そんな言葉を返した。


「ってぇぇっりゃ!!」


「やるわね……藤崎、でも、ぬぉぉぉぉっ!!」


 バチン……!!


「うおっ! 山下め、その技は……」


「ふふっ! ウチは一度見た技はコピーできるのよ」


 シュ、スパッ、バチン!!


「ねぇ直輝くん、僕さ、帰っても大丈夫かな?」


 遠い眼を浮かべ、二人の幼稚で妙に激しいバトルを虚ろに見る明良が、甘食を手に持ちながら言った。甘食とはまた随分と渋いチョイスだな……。


「多分、大丈夫だな。でも、一応は待ってる事にする。山下には貸しあるからな」


「ふーん」


 パクッと甘食を小さい子みらく食べる明良を一度見て、俺は何時終わるのかを想像出来ない面子バトルへと視線を戻した。

 山下への貸し、それはもちろんあのメールでの事だ。ある意味で俺を楽しませた事は感謝するが、期待をさせたところが悪い。だから、義理と人情を重んじる山下ならこのメールの一件で、俺の黒歴史とも呼べる女子トイレ侵入の写真を取り返せるかもしれない。


 BGMと成り果てた面子の叩きつけられる音。

 それは単純な音符の羅列という視覚情報へと変換され、苛立ちを増させる。

 そして、隣に居る明良のパンへの羨ましさが伴って、俺の精神は限界を迎えた。


「山下ぁぁぁぁぁっ!! おのれはよくも変な期待をさせやがってぇぇぇっ!!」


 二人の世界へ俺は躍り出る。

 山下へジャンピングパンチを噛ます。もちろん牽制だ。当てるつもりは更々無い。


「ん? ヒ、ヒカベ!? お主、漢の戦いを邪魔する気かぁぁ!!」


 邪魔も何もお前は漢でも男でもねぇっ!!

 だが、恐るべき体術により空中で技をいなされ、後方へと飛ばされた。


「ぬおぉぉっ!!」


 コンクリートの地面で背中が擦れヒリヒリとした。

 予想外だ。まさか、山下が何か武術を学んでいたとは……。


「ヒカベくんは、やっぱりヘタレだね〜。不意打ちでウチに触れることも出来ないとは……」


 山下が友貴との戦いを休戦させ、地面に転がる俺へと歩み寄る。


「まさか、あそこまで出来るとは……」


「護身術を少々ね、ウチも一応は女だから、ヒカベみたいなけだものから身を守る必要があるわけさ」


「俺はお前なんか襲わねぇっ! 襲ってたまるか! 警察に捕まるならもっと良い女を襲うってんだっ!!」


「そうか〜ヒカベ……。録音したよん♪」


 ……は? 録音だと?

 少し離れた位置に立つ友貴が、あーあ馬鹿やっちゃって、っていう思念波を送ってきた。憐れむ目で俺を見て、俯いた。

 明良は変わらず甘食を食べていて、実に満足そうだ。

 不敵な笑みを浮かべる山下が、俺を見下ろしている。


「ふふふ〜、ヒカベよ、既にきみの思考は読めているのさっ! 新年の挨拶でのメールを出しにウチと取引をするつもりだったんでしょう? でもね、これにより、例の写真は手に入らなくなったね」


 なんという事だ。あの録音した俺の発言が校内放送で流されてみろ、明日が見えなくなるぞ……。それに、編集してもっと怪しくしてみろよ、


『俺、警察に捕まるから女、襲って、襲って、襲って、もっと良い女襲うってんだっ!!』


 と片言のようにされ、意味不明だけどなんだか恐ろしくキモい発言にされてしまうんだ。

 ぎゃぁぁぁっ!! ヤダァ! 全女子生徒の敵になりたくなぃぃぃっ!! いや、下手をすれば男の敵にも……教師にも、ご町内にも、市内にも、県内にも、全国に…………。


「ふっふっふっふっふ……。メールの一件を許してもらう代わりに、この音声はすぐに消してあげなくもないけど?」


 山下の手には太陽の光を跳ね散らす煌めくボディをした録音機が握られていた。


「さぁ、どうする?」


 やってくれる。この……悪魔めぇ!!

 俺は悔しくてたまらないが、恐らくはあの音声を削除した後、例の写真を広めようとはしないだろう。脅し道具として、ずっと、ずーっと所持するのだ。そして、俺は一生山下の奴隷なのだ。

 ああ、俺って幸薄いなぁ……。


 ボンヤリとそんな事を考え、もうどうしようもないので、


「その条件でいいさ……ああ」


「了解です〜。ピピッと消去!」


 なにやら録音機を操作をした。まぁ約束通り、消してくれた事を祈るばかりだ。

 その後、精神的負担が掛かり過ぎた俺は、一日中倦怠感に襲われ続ける事となった。



 結局、何しに外に出たかはわからないが、友貴と明良には悪いが、断りを入れ一人家へと帰宅し、不貞寝した。

 もう……嫌だぁぁぁ…………。

次回予告をまたもや守りました!

明良のパンと、山下の面子、この二つの事を言っていたんですよ。わかったかな? まぁあの次回予告を真剣に見ている人が居るかどうかが問題ですが……。


さて、また無駄な話ですね。

直輝の冬休みは多分、次で終わり、学校がスタートです。一つの騒動をメインに物語が展開がするようなしないような……です。


次回予告?

誰にだって居る……そう、あの謎のベールに覆われていた人物が遂に登場!?

そして、直輝はまたあれに手を伸ばす……。

(これは、嘘ではないです……たぶん)

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