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第五十八章 ちょっと買い物いってくる

 久し振りの我が家は、エロゲの主人公の家みたく、俺以外の人間の気配を感じませんでした。なんだか泣きたいです。というか、もう目が潤んでます。ウルウルです。

 局長のありがたい策略により、両親はまた遠くへと出張に出て、兄さんはまた旅に出てしまい、家を空けている。


「なんだろう……孤独だ」


 1月2日。今年はとても不幸せな生活を送れる気がします。いや、もうポケットに感じる『受信端末』の微妙な感触が既に日常を打ち壊してくれている。

 玄関の鍵を開け、家へと入り、リビングで放心状態を続ける俺は、ボソッとそう呟き、逆に空しくなって、後から呟いた事を悔やんだ。

 とりあえずはボォーっとしていても今は誰も…………うぐ、墓穴掘った。


 胸が痛い。やっぱり一人っていうのは寂しいもんだな、としみじみ思う。老人の孤独死が理解できた気がするな。……おお、また一歩大人への階段を上がった!

 そうだよ、俺はまだ若い! まだまだこれからだよっ!

 急にテンション上がってきた。我ながら、俺の内部構造は解析不可の理解不可〜って感じだ。


「っしゃぁぁ!! もう現実逃避&景気付けのために料理すんぞっ! ああしまくってやる!」


 キッチンへ走った。目指すは、食材の楽園、冷蔵庫!!

 無駄に雄叫びを上げまくりながら、冷蔵庫を開いた。


「なんにもねぇぇぇっ!!」


 俺のテンションの変化のベクトルは即行で正反対に曲がった。ショックで倒れた俺をキッチンの冷たいフローリングの床が、慰めてくれる。

 ああ、ありがとう床くん。きみには何時も感謝しているよ。

 もうこんな現実逃避でもいいような……あ、でも待てよ、今って夕食の買い物でタイムセールとかやってんじゃないか? そうだよ、あの近所のスーパーは今が商品の買い時!


 雄々しく立ち上がった俺は、右の拳を天高く突き出した。天は天でも天井ですっていう突っ込みを入れてはいけないのは、良い子のお約束だ!

 という事で、買い物へと行く事にした。



 近所にあるスーパーは予想通りかなりの込み合いを見せていた。どことなくお客さんに殺気がちらつくのは、この時間帯特有の現象である。まぁ家計のため、少し乱暴になるのは仕方ないのだ。

 とりあえずは入口を潜った俺だったが、入ってすぐの野菜売り場で見覚えのあるウェーブの掛かった黒髪をした人物を見付けた。

 それは、懐かしの水無瀬さんだった。


「水無瀬さん」


 俺は買い物かごを回収し、すぐに水無瀬さんの元へと向かう。横に立ったところで、名前を呼んでみた。


「え……?」


 野菜たちを真剣に見詰めていた水無瀬さんが、間抜けな声を出して、中腰気味になっていた体を起こし、俺へと目を向ける。


「あっ! 直輝くん、久し振りだね」


 瞳をキラキラ光らせ、萌えボイスな明るい声で初撃を噛まして来た。うぐ……初っ端から可愛いじゃねぇか、とかオッサンみたいな思考が回ったので、すぐに破棄し、紳士へと戻る。

 水無瀬さんはなんだかモフモフとした温かそうな雪色のコートに身を包み、下は長めの黒いスカートを穿いていた。

 考えてみればまだ冬なんだよな〜と、自分の気温への鈍感さに呆れてくる。まぁ、一応は温かい格好をしてるから寒さは気にならないんだと思うけど……。


「うん、久し振り」


 俺は笑顔で答え、共に買い物を楽しもうかな、と思ったのだが、そこで不意打ちが来た。


「そういえば、直輝くんの家、どこか旅行に行ってたの? ずっと留守だったけど」


 邪気の無い笑顔。わかっている。別に俺を苦しめようとしている訳ではないのはわかっている。でも、面倒なのは変わりない。こういうとこの舵は局長にはどうにもならず、俺自身で取るしかないんだから。

 って思ったんだけど、どうして留守ってわかったんだ?


「あの、もしかして俺の家に用事があって来たの? だとしたらごめん、出る前に一声掛けた方がよかったね」


 謝罪しながら、俺はあの一週間の記憶を反芻した。

 よくわからないけど、水無瀬さんはブンブンと手を振って、


「あ、あああ、い、いいのっ。わたしがその約束しないで行ったんだから」


 と顔を赤くし慌てながら言った。

 話は見えない。約束……? ん、んん?


「あ、あの水無瀬さん、話がよくわからないんだけど……」


 水無瀬さんがカーッと更に顔を紅潮とさせる。


「えと、えとえと……初詣でに一緒に行けないかな、と思って、誘いに行ったら……その、留守だったから……。あ、毎日のように訪ねていた訳じゃないよ。だから、その気にしなくて大丈夫だから」


「う、うん」


 どうしてそれで顔を赤くするのか非常に気になったが、そこは追求してはいけないような気がしたのでスルーする事にした。

 まだ、どこか不安のような不満のような顔をしている。神秘的な水色の瞳が俺を差す。

 なんで気まずい状況に?


「あれ? 心彩、久し振り…………ん?」


 二人気まずい雰囲気の中、聞き覚えのある声が……あれ? なんで……だろう? 体が震えるよ?

 ぎこちない動作で声が聞こえて来た方を振り向いた。


「ど、どうして日下部がいるのよっ!」


 ああ、悪魔が悪魔が居ますよ。いえ、すいません、そんな恐い顔をしないで下さいよ、あはは冗談ですよ、もう純岡は怒りっぽいんだから〜…………。

 不味いって……マイワールドでバットなエンドの結末を見てきてしまった。ここは慎重に行動ねせねば。


「こんにちは」


 俺の挨拶、というか俺の存在にあからさまな嫌悪を浮かべ、近付いてくる。俺の横……いや、水無瀬さんの横まで来たら、すぐに表情は一変して笑顔だ。

 さっきまでポヤーとしていた水無瀬さんが現実に帰ってきて、純岡を見た。


「七海さん、久し振りだね。お使い?」


「うん、ちょっと頼まれたから」


 やべぇ……最初は敵意剥き出しにしていたのに、今はもう完全スルーだ。全力でスルーしてやがる。やってくれるぜ、本当に恐いのは無関心っていう感じに存在を無視されんのは悲し過ぎる。

 酷いやい……俺が何をしたってんだ。って俺じゃなくて、どっかの日下部直輝が悪いんだっけな……。うぉぉぉっ!! どっかの日下部直輝の馬鹿野郎っ!!


「煩いっ!!」


「ぐおっ!!」


 心の叫びは、実際に声になっていたらしく、俺は憤怒の形相をした純岡に豪腕ナックルを喰らい、スーパーの床へと転げた。またお世話になりますね、床くん……ガクッ……。


「心彩! そんな馬鹿は放っておいて行くよ」


「え、ええ!? で、でもでも、このままじゃ」


「いいのっ! こんな変態クズ野郎は無視しとけば」


「あの、でも〜」


 二人のやり取りする声が遠ざかって行く……。ちょい、マジで置いてかないで……おーい、ねぇってば……。

 そして、周りのお客様方に白い目で見られ始めた頃、やっとの事で立ち上がり、二人の後を追った。


 特に問題なく、すぐに追い付く事ができた。そもそも、そこまでこのスーパーは広くは無い。

 二人は惣菜のところで、話をしながら食品を見ていた。純岡はいつも通りに、水無瀬さんはチラチラと恐らくは俺が倒れた場所を気にしながら、ぶっきらぼうな掛け合いを繰り広げている。

 その二人に割り込むようにして、俺は参上した。


「っとう! ただいま復活っ!!」


「えっ、は、早い……日下部、意外にタフなのね。なら、今度は全力で……」


「ちょ、ちょいっ! 構えるな、構えるんじゃない!」


 突然登場した事に驚いていたものの、純岡は訓練された米兵のような早さですぐにリアクションタイムから脱し、腰を低めに落とし、なにやら危険な技を繰り出そうとする。

 隣に居た水無瀬さんは、慌てて止めに入ろうとするが、素人の動きの速さでは純岡の神速にも及ぶモーションを止める事は出来ない。


「散れぇぇっ!!」


「うぉぉぉっ!!」


 あの変異体の水害獣に比べれば問題無い、その甘い判断がいけなかったのだ。

 俺を吹き飛ばしたのは、拳か? 肘か? 膝か? それすらわからなかったよ……。

 シューー、と俺は床を滑り込み、全身が痺れるのを感じた。恐ろしい、麻痺属性も所持しているとは……。


「直輝くんっ! 大丈夫!?」


 水無瀬さんが駆け寄り、膝枕をしてくれた。ああ、役得です。でも、デジャブってますね。


「や、やり過ぎ……だったか、」


「純岡……良い攻撃だった…………きみなら、世界だって取れる……ぐふっ!」


「やっぱりもう少しぐらいなら大丈夫かな、心彩、ちょっとどいてて」


 不味い、褒めたのに逆効果だった。更に眉を吊り上げ、激昂する純岡がユラリ、ユラリと……それに伴い鮮やかな栗色の髪が静かに揺れる。

 セピア色の瞳には、殺意が見え隠れしている。


「だ、ダメだよっ! これ以上やったら流石に直輝くんも、壊れちゃうよ」


「違う、壊すの」


 あ、死ぬな……目が据わってやがる。もうマジだな……。


「ダメだって! その、だって、直輝くんは、あの、だから……その」


 膝枕をして俺を介抱してくれている水無瀬さんが、ごもごも何かを伝えようとするも、意味がある言葉にならず、ずっとそのごもごもが続くだけだ。


「心彩、どいて……この技、危険だから巻き込んじゃうかもしれない」


 な、何をする気なんだよ!? 恐いよ、本当に恐いよ!?


「ど、どかないよ、直輝くんは、だって……その〜」


 よくわからないが、水無瀬さんが逃げない事で、俺の命は保たれている。頑張れ水無瀬さん! 膝枕は最高です! もっと堪能……ってまた煩悩……。

 その意味が分からない争いは、最後まで譲らなかった水無瀬さんが勝利を納めた。それにより、俺の命はなんとか助かり、やっと買い物を開始できることとなった。



 三人での買い物が開始された。まだ純岡は不機嫌だ。それは、俺に止めを差せなかった事を悔やんでなのか、それとも買い物を一緒にするのが嫌なのか……俺の予想だと、両方だと思う。


「やっぱり、別行動した方がいい?」


「…………」


 純岡は当然のごとく無視してきた。


「あ、いいよぉ、七海さんも直輝くんをそこまで嫌わなくても」


 流石は水無瀬さん、俺へと返答し、フォローになっているようななっていないような、そんな感じで純岡に話し掛けている。


「心彩がいくら言っても、嫌いっ。クリスマスでもっと嫌いになった」


 ん? なんかそのネタ古くないか?

 並んで歩く俺は何か嫌われるような事をクリスマスにしたか考えてみた。該当するとしたら、送って行くと頼んだ時に、微妙にデレっぽい態度をした純岡を冷やかした事だ。

 思案する俺の横を左隣に居る水無瀬さんの足取りが不安定になっているのを、俯き気味だったので確認できた。


 顔を上げ、水無瀬さんを見ると、微妙に頬を赤くし、伏し目がちだ。

 ……よくわからないからスルーすることにする。女性の考え事を邪魔するのは紳士のルールに反する。

 という事で、純岡にクリスマスの事を聞いてみる事にした。


「なぁ、純岡、どうしてクリスマスで俺を更に嫌いになったんだよ?」


 水無瀬さんの左隣を一歩前に行くように歩く純岡が、キッと俺を睨んできた。


「料理が出来るのは……調理実習とかで知ってたけど、まさかあそこまで……だ、だからっ! 余計に気に入らないっ!!」


 それって嫉妬っていうんじゃ……。とか考えてみたものの、そういうのを抱きそうに無いキャラだからな……。

 純岡が、理不尽な怒りをぶつけられ戸惑う俺を睨む眼に憎しみをプラスさせ、言葉を吐き捨てた。


「どうして……あんた………………なのよっ!!」


「えっ?」


 ちょうどタイムセール開始の合図の声で何を言っているのか聞き取れなかった。

 聞き返すにもそういう雰囲気ではないし、既に純岡は俺と水無瀬さんから離れていき、セール商品の元へと向かっている。


「……全然わかんねぇよ」


 見捨てられた子どもの心境に陥った。だが、すぐにそんな事を吹き飛ばす事実に遅れて気付かされる。

 タイムセール開始してんじゃないかよ、おいっ!

 可哀想だが、横でまだ現実から意識が遠ざかっている水無瀬さんを放置し、俺は主婦達で荒れ狂う戦場へと躍り出る。



 家計を支える猛者たちの強さは異常で、到底敵わない。

 その中に、純岡の獅子奮迅とする姿が見え隠れし、なんだか負けてらんねぇと闘争心が芽生え、俺はまたその激戦の中へと踏み入った。


「ちょっとっ! クソカベ! それはあたしのよ!」


「フンっ、ここは戦場だ! 油断をする純岡が悪い!!」


 豚肉争奪戦の勝者は俺だ。前に居た純岡の手で弾かれ飛んできたものを俺が見事にキャッチし、手にした。


「あ、この! そんな手は卑怯だっ!!」


「ここは戦場なんでしょう? どんな手でも手に入れれば勝ち組なの!」


 新鮮なお刺身さん戦役は、純岡の頭脳プレイにより遅れを取り、そのまま勝利を持っていかれ、敗北への道を辿る。


「そんな…………」


「ふはは! 俺の完全勝利だな」


 パン売り場の戦いは圧倒的な差で俺の紛れも無い勝ちとなった。


 その後も、野菜売り場の死闘、牛鶏合戦、海鮮類海戦、売れ残り会戦、幾多な戦場を体験し、そして、幾つもの敗北を味わいながらも、俺は満足行く戦いにただ胸が一杯になった。

 そう……水無瀬さんの存在を忘れるぐらいに俺は……戦いへと興じてしまった。



 水無瀬さんの存在に気付いたのは、家に帰り、寝床に付いた頃であった……。

更新が再び遅くなりました。どうにも時間が取れなくなってきたんですよ……楽しみに待っていてくれている人には申し訳ないです。

三日ぐらいは遅い内に入らないのかな? と思ったりもしますが、出来る事なら毎日更新して行きたいんですがね……。


さて、戦場です。タイムセールです。

既に元気一杯になってますね直輝は……。

今回は次回予告をちゃんと守りました〜って普通は守らなくてはいけませんよね。


次の更新は出来れば明日にしたいです……が、どうなるかわかりません。


次回予告?

今回、奴の手にあるのは一体なんなのか!?

そして、彼女が取り出した物とは!?

(嘘ではないです。ただ、格好良く書いてみただけです)

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