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第五十六章 ちょっと帰路いってくる

 メールとの死闘を終えた俺は、抜け殻へとなった。だが、内部から沸々と悲壮感が湧く。それは、山下への復讐を決意する心だった。


「山下ぁぁぁぁっ!! 覚えていろ!!」


 と叫んでみたものの、考えてみれば、奴には弱みを握られているのだ。それを失念していた。

 あの女子トイレへと侵入した黒歴史!

 それが、奴の手の中にある。正確にはケータイのメモリーの中にある。

 もう俺に対しては最終兵器リーサルウェポンだ! もう最終兵器になっちゃった彼女なんて目じゃないほどの高火力っ!


「NO〜〜〜〜〜!!」


 どうすればいい。どうすればいいんだ!?

 俺はなんだか心が寂しくなって、部屋の端っこで体育座りを更にコンパクトにして蹲った。

 ああ……どうして俺は、山下が居る前で女子トイレに入ってしまったんだぁぁ……俺の人生お先真っ暗だよ。


「あの、直輝さん……そんな端っこで小さくなって何を呻いているんですか?」


「へっ?」


 顔を上げると、そこには、なんだか複雑な顔をしたアズハと、俺へと顔を寄せ怪訝な眼差しを向ける美影ちゃんの姿があった。

 いつの間に戻ってきたんだ!?


「二人とも、いつの間に、イッツイリュージョン?」


「……直輝さん、普通に入口から入ってきましたよ? 気付きませんでした?」


 美影ちゃんがなんだか戸惑いながら俺の瞳を覗き込んできた。この距離、もう少しでキスが出来るっ! って何を考えている俺……。まぁそれは冗談として、なんか美影ちゃんの俺を見る目、観察しているような感じじゃないか?

 今度は俺が疑わしい視線を返すと、美影ちゃんは、「す、すみません」と言って、俺から離れていった。


 離れていく時に、


「もしかして……強くやり過ぎた所為で、他の記憶や脳の活動に……」


 とかぼそぼそと真剣に呟いていたが、よくわからないのでツッコミは入れないことにした。

 離れていく美影ちゃんとバトンタッチするようにアズハが俺へと顔を寄せる。ちょ、近い。


「直輝さん、もしかして体調が悪いんですか? でしたらすぐに」


「い、いやいやいや、別に問題無いです」


「そ、そうですか……」


 まだ不安げに瞳が曇っているが、別に体に異常がある訳ではないので、変な心配を掛けてもあれなので、フォローを入れつつ、話をずらしていく。

 そして俺の紳士的高等話術により、話を完全に逸らす事に成功した。

 成功に安堵しつつ、平和な会話を楽しみ、気付けばお昼を迎えていた。やっと家に帰れるのだ。


 軍人さんが運んでくれた昼食を食し終わり、片付けも終わって一息ついた頃に、アズハが俺を見て言った。


「それでは、ヘリの方に移動しましょう。アトゥムはまたどこかに行ってしまったので、直輝さんに『ダイビング』は無理ですから」


 アズハが、もう無理はさせませんっ! と意気込んでいるように見える。いや〜そんな心配されちゃって俺ってなんて罪な男なんでしょう……ああ、わかっていますよ、そこに恋愛感情がないなんて。

 ちょいとブルーな気持ちになったが、ふと疑問が脳を掠める。


「ヘリに乗るのって俺だけですよね?」


 アズハがキョトンとした。


「いえ、私たちも一緒ですよ。色々とありますので」


 色々ってなんだろう。物凄く気になるんだが。

 いいや……こういう事に説明を頼むと、またアズハが電波少女に変貌しかねないし。


「直輝さん、美影と帰るのが……やっぱり」


 両手で顔を覆い、泣き真似をする美影ちゃん。なんだか、最初は不思議なイメージを持ったが、案外何日か過ごしてみると、やっぱり普通の女の子なんだと思った。


「はいはい。まぁでも俺は、アズハと二人っきりのが、」


「なっ!?」


 ってそこでアズハのが反応が早い。ちょい、折角美影ちゃんをおちょくるチャンスを!


「直輝さん……あの、やっぱり……記憶が……でも、いくらなんでも」


 どうしたことか、美影ちゃんの眼光が鋭く俺を刺す。苛立ちがそこには見え隠れした。な、なにをそんな俺に対し苛立っているんだ? それに言動がなんか怪しいよ。つーか怖いよ。


「美影、きっとあれが直輝さんのデフォルトなのかも……」


 アズハがどこか諦めの境地に達した面持ちで、美影ちゃんに語り掛けている。その後、二人でぼそぼそとやり取りをし、何故か最後には少し顔を赤くして、その秘密の会話は締め括られた。一体……何を話していたのだろう?

 わからないが、乙女の会話を詮索するのは紳士として禁忌に触れるのも同意、だから気にしたら負けって事で諦めよう。


「よくわからないけど、早くヘリに移動しましょうよ」


 顔を赤くする二人を現実へと呼び戻すように、俺はその提案をした。




 そんな訳で、俺は今、またヘリに揺られている。少しでも隙を見せれば、ゲロゲロゲーだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 行きのヘリには居なかったアズハが俺の余りの乗り物酔いの弱さに驚き、そして心配し俺へと歩み寄ってきた。

 ヘリは揺れていてバランスが悪いので、よたよた安定しない足取りで近付いてくる。

 なんだろう……この死亡フラグの臭い。物凄い不安感が胸を駆り立てる。


「むぅ……」


 ほら、美影ちゃんが怖い顔をして見てるよ。正座をしてお茶を飲んでるけど、落ち着いてはおらず、寧ろ逆に今にも襲い掛かってきそうな……ひぃぃ。

 何故かその視線が記憶というより、無意識に蓄積された恐怖のようなものが、「これは不味い」と教えてくれる。

 だが、どうすればいい? 動くな! とアズハに言うのか?


 その間にも、ピンクの美少女死神が俺へとまた一歩近付いてくる。

 不味いぞタイムリミットまでありやがる。これは、一秒でも無駄には出来ない。

 考えるんだ俺! もっと深く、真剣に! さすれば道は開かれん……てな感じに展開する筈。


 よたよた……。


 とてて……バタッ……。


「うぅぅぅ……」


 くそぉ……どこまでも俺を萌えさせる気なんだな、この桃色吐息め! って意味がわかんねぇ。

 さっきのアズハの動きを詳しく説明すると、あれだし、一日は語ってられるので簡略化し、お伝えしようと思う。


 まずは、このバランスの悪いヘリの中を歩いて行く。ここで重要なポイントは、よろよろと左右に振り回されているところだ。なんだが、覚束無い足取りは情欲を駆り立てるのと同時に、守りたくなる。

 そこまでならメロメロなだけで済むのだ。問題は、その後にある。

 そう、早めに前に進もうと足の動きを速めたのだ。それにより歩き方が、幼児が親や先生に駆け寄る愛くるしさを演じ、よりいっそう俺の心を乱れさせる。


 さて、ここまでで満足してはいけない。一番重要なのは、ここだっ!!

 急いでしまったことでバランスを崩し、転んでしまったのだ。その姿は悔しそうで、そしてあの可愛らしく呻く声。「うぅぅぅ……」なんてあのアズハが言ったんだぞ? これに萌えずに何に萌える?

 まさに、ドジッ子! 普段は完璧っぽいのを演じていただけに、より一層際立つ!


「あへへ……」


 その姿に酔い痴れそうになる……ところだった。脳内で勝手に説明をした所為もあるが、とりあえずだ! 美影ちゃんの表情がさっきより険しい。別にお茶が苦い訳ではなさそうだから、やはり……俺の心を読んだのだ。あの憎き読心術を使い……。


「うぅぅ……痛いです」


 ってあれ? アズハはまだ立ち上がっていなかった。四つん這いでこっちを向いて、はいはいでこっちに移動しようとしている。

 おいおいおい……ハッピーハプニングはいらないって! 空気読めよ! サプライズ!

 いや、事象に怒っても仕方ないのはわかってるよ? でもさ、なんでこう……。


 四つん這いにより、アズハのお気に入りなのか、ファンシー軍服の胸元からチラチラと……皆まで言わせるな。想像力……妄想力でカバーするんだ。

 紳士スキル発動っ!! 全力で目を背ける。大丈夫だ。白い下着なんて見えてない。白いブラなんて見えてない…………畜生っ!!


 俺はなんだか複雑な気分で外へと目をやった。不思議と吐き気は治まっていたので、なんとか大丈夫そうだ。

 よちよちと寄って来るアズハの気配を背に感じ、遥か眼下に広がる見知らぬ町を一望する。

 一週間、本当に長い一週間だった。死ぬ思いをしたり、死ぬおもいをしたり、死ぬ思いをしたり……それしかねぇのかよ!?


 まぁ、楽しい日々でもあった。今思うと美少女二人との同居生活は犯罪的だったな。俺が紳士でなければ、二人の体は既に染め上げられていただろう……。

 だけどなぁ、同化されたら普通の人間では勝ち目が無いか。んー寧ろ『ダイバー』な俺のが危険だった訳だ。

 まさかそんな間違いは犯さないけどな。これでも俺は性欲に抗う力は持っているさ!


「直輝さん、その、調子の方は大丈夫ですか?」


 感慨深げに町を見下ろしていると、やっとこ俺の元まではいはいで辿り着いたアズハが心配げに尋ねてきた。寧ろこっちが心配する側のような気がするのは、ドジッ子パワーが成せる業だ。

 目を見て会話をするのは紳士テクニックの基本の基本……であるが、今は無理。だって四つん這いのままなんだもんっ! ……俺が可愛い子ぶっても仕方が無いか。


「大丈夫ですよ。この調子なら、なんとか我慢できそうです」


「そ、そうですか……あの、本当に危なかったら言って下さいね?」


 言ったら何かできるのか? とは思ったが、あえて言及しない。それが、紳士的マナー。


「はい、わかりました」


 顔は向けないことを、外を見て、体調不良を誤魔化している、と捉えたらしくアズハは特に不満な様子や、怪訝な雰囲気を見せなかった。

 助かった。そうだ、俺は別に友貴みたいな変態じゃない。女の子の体が見えそうになっても、自然と目線を逸らせるぐらいの技術と心の強さを持っているのさ!

 強がったのはいいが、まだ美影ちゃんの冷たい視線が突き刺さってどうにも……。でも、この緊張感によって吐き気が多少抑えられているのかも。



 そんな感じに、水道局まで微妙な空気のフライトは続くのだった。

すいません、更新が遅くなりました。

どうにも長くなってしまったので分割します。明日に後半部分となる筈だったものは投稿します。


さて、初任務にどれだけ長い事やってんだって話ですね。そろそろ、ペースを上げていかないと、大変な事になりそうです。

次の章で恐らくは、水道局編に一区切り付き、日常編になるかと……。


次回予告?

ずっと忘れていた事実に直輝は絶望をする。

果たして、直輝は向き合い、その運命に屈する事無く、歩みを進める事ができるのか……。

(真面目に書いてみた……)

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