第五十三章 ちょっと年越しいってくる
「んっ……んん〜」
俺は大きく伸びをした。
ここは、作戦指令室が壊されたので、代わりに俺が療養する居住キャンプだ。
さっきまで意識が混濁とし、ハッキリしなかったがようやく完全な覚醒を迎えた。
ケータイを取り出し、時刻を確認する。
午後5時37分。
何かおかしいぞ。強い違和感を感じる。さっきまで、ここで寝ていたが…。
ん……そういえば友貴からメールが来ているかもしれない。早く確認しておいとかないと、誰も居ない家を訪問させてしまう。
予想通り、30日と31日にメールが入っていた。
おかしい……。メールの確認されている。しかも、返信もしてあるぞ。
兄さんからもメールが入っているけど、これも開いてある。
「どういう事だ?」
ずっと寝ていた所為で記憶が混乱しているのか? または、寝惚けているだけ……?
とりあえず、記憶を遡って確認をしてみよう。
水害獣との戦いが終わって、二日間寝たきりになった。
そして起きて、アズハや美影ちゃんと話をして…………また、軽く仮眠して……。
それで今起きたんだっけ? じゃあ何時メールをチェックしたんだ?
「んん?」
やっぱり違和感がある。誰かが俺の記憶を操作したとでも言うのか? まさか、そんな能力を持つ『ダイバー』が居るとか? そうだとしたら…笑えないな。
「あっ、直輝さん起きたんですね? 体の調子はどうですか?」
美影ちゃんが入ってきた。その動きはどこかぎこちない。
「調子は…なんだか、悪化した気がする」
そうなのだ。寝る前より、痛みを訴える箇所は増えたし、この通り思考がスッキリとしない。確実に病は俺を侵蝕している。
「そう、ですか……」
俺へと返答は何故かぎこちない。歩き方もかなり変だ。同じ方の腕と足が同時に出ている。ブリキの玩具みたいだ。
「それよりも……美影ちゃんこそ大丈夫かい? 手足が同時に出ているけど」
「えっ? あ……いや、これは……新しい健康法で」
動きの指摘され、苦しいいい訳をする美影ちゃん。ヤバイ…なんか可愛い。もじもじとし、山吹色のロングヘアが不安げに揺れる。藍色の瞳をなんだか潤んでいる。
ちょっとロリコンの気持ちが……って不味いって俺は、紳士だ! ロリコンに転職すると、スキルと能力が悪くなる。
「そ、そうかぁ」
俺はもう可愛いので深く追求できなかった。ごめんなさい。
「はい、そうです」
まだもじもじしてる。なんか、告白を躊躇う女子みたいだ……まぁ俺は告白なんてされた経験ないですけど……ちくしょう!!
でも……あのもじもじというか、身をくねらせるというか……。あぁぁ……アズハがやったらエロそうだ。
ん? さっきなんか脳に記憶が掠めなかったか?
「ど、どうしたんですか?」
まだまだ萎縮するようにもじもじを続けている美影ちゃんが、首を傾げる俺におどおどした声で尋ねてきた。
「いや……今の美影ちゃんの動きで……」
ってなんだ急に悪寒が。変態的な事を考えてたのを美影ちゃんに言うのを躊躇うのはわかるが、これは恐怖だ。言ってしまうと、死亡フラグが立つ気がする。いや、確実に立つ!
「……?」
流石の美影ちゃんも、もじもじが止まった……けど、もっとなんだか悪化してる。小首を傾げる美影ちゃんは可愛いが、何故か足が内股になってプルプルと震えていた。
なんだろう……小動物をいじめているみたいな気分になってきた。
やべぇ変な性癖に目覚めそうだ。と、とりあえず、この衝動を今は力ずくで抑えねば。
「美影ちゃん可愛いよぉ、撫で撫でしてやるぅ☆」
不味い……俺の人格が破綻した。恐るべし、ロリっ子もじもじパワー!
自然と本当に、無意識の内に、俺はそんな言葉を呟き美影ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「え? ええ?」
美影ちゃんが動揺と困惑を示す。
もう俺も事態の収拾がつかないような気がして、撫で続けた。
それは……アズハがこの居住キャンプを訪れるまで続くのだった。
「あの〜一体……なにが…………」
アズハに案内され、俺の療養場所兼『清き水』新司令室に連れて来られたのだが、なんだろうこの気まずい空気。
新司令室は、居住スペースと戦闘関係の部屋で別れていて、ほとんど壊れた司令室と変わらなかった。
ってそんな建物の概要なんてのはどうでもいいんだ。
この空気はなんなんだ!?
美影ちゃんが変なのはさっきからだけど、アズハもなんか変だぞ。物凄く変だぞ。
「えっと…アズハ?」
「え……ん? あ……ひゃいっ!」
三人で一つのテーブルを囲み、座っているのだが、俺は一人で、向かい側にアズハと美影ちゃんが並んで座っている。そのアズハを呼びかけたのだが、なんか声が裏返っている返事が来た。最後の、『ひゃいっ!』はきっと「はい」っていいたかったんだと思う。
ずっと……こんな調子なのだ。
「そのさ、何をそんなに慌てるというか、ぶっちゃけ、可笑しくなってるんですか?」
俺は溜息混じりにアズハへと尋ねる。
すると、アズハは大袈裟なまでにビクッと肩を跳ねらせ、「あぅあぅ」と口を動かす。
それにフォローに入る形で美影ちゃんが、割り込んできた。
「あの、直輝さん、とりあえず……アズハはスルーしてあげて下さい。色々と……あったんですよ」
何故か最後は暗い顔になっていたが、とりあえずはアズハの奇行には目を瞑っておけ、という事は理解した。
「それじゃあ、美影ちゃんもどうして変なの?」
いつも通り正座をし、背筋をピンと伸ばした姿勢の美影ちゃんが、酷く狼狽を示す。
「あは、あははははは……そこは、そこは…………ですよ」
「え?」
「気にしたら負けですよ。そうです、直輝さんはそうやってレディのプライバシーに干渉しようとする人だったんですね……。美影は非常に残念でなりません」
急にしょげてしまった。というか、俺が悪いのか?
「美影ちゃん、よくわかんないんだけど……」
「直輝さんは、そうやって嫌がる事を追求するなんて……。見損ないました」
ピシャッと言い切り、美影ちゃんは、茶飲み道具をどこからか取り出し、呑み始めてしまった。
わからないよ……。どうして、二人は変なの。それに、美影ちゃんの今日の態度、何故か俺だけに高圧的だし。
「わかんねぇ……」
俺はもう項垂れて現実逃避する選択しか残っていないような気がしてきた。いや、マジでそうなのかも。
こんなんだから十六年間彼女が居ないのでしょうか?
あ……そうか、女心がわからないから……俺ってずっと一人なんじゃないか?
やっべぇ……気付いてはいけない事実を悟ってしまった。すんげぇ凹む。メッチャ凹む。
という事で、三人それぞれが自分の世界へと入り浸り、会話の無い団欒となった。
実にそれから二時間後、8時11分に状況の変化が起きた。
俺がどうすれば女の子の気持ちを理解出来るのか、を必死に考えていると、ずっと壊れ掛けていたアズハが突然、声を上げたのだ。
「あ、もう……夕食の準備しないと……ダメでした……」
まだご立腹(?)な美影ちゃんは、娘を断固として嫁にやらない覚悟を決めた父親のような面持ちで、ズズズッと威圧を掛けるすすり音を立て、俺を責めてるのを止め、アズハへと顔を向けた。
アズハは立ち上がってキッチンの方へと歩いて行く。
「アズハ、美影も手伝う」
あんれ〜? 美影ちゃんって一人称が美影だったっけ? 可笑しいな。どうにも、安定してないぞ。私じゃなかったっけ?
「って俺も手伝った方がいいよな」
とりあえず思考をスルーし元気になった二人と共に料理をすることにした。
お茶の道具をどこかに仕舞い、アズハの元へと向かう美影ちゃんを追って、俺もキッチンへと入る。
「あ、あれ? 直輝さん……は、怪我人なんですから、手伝いはいいですよ?」
アズハの声はやはりまだ震えている。正直、俺が手伝おうとしてるのを迷惑そうだ。男だからってたいしたスキル持ってないと思っているのか?
ふっ……ならば、笑止千万! 俺も舐めるなぁぁぁぁぁ!!
「そうですよ、無理せず、ゆっくりとしていて下さい」
どうやら美影ちゃんまで俺を見くびっているようだな……。
「二人とも……俺を舐めてもらっちゃあ困るぜ……」
「…………ルーメイ」
美影ちゃんは俺を軽やかにスルー。ってあれ? なんで既視感を感じるんだ。
俺が呼び掛けて、それで美影ちゃんが無視してルーメイを呼ぶ。こんなシチュエーションは初めての筈なんだが……? でもどこかで……。
呼び掛けに答えて、ルーメイが、俺と美影ちゃんの間に現れたようだ。まだ、視覚できないが、多分居る。なんか感じられる。
「ルーメイ、直輝さんを運んでくれるかしら。向こうにあるソファまで運んでくれればいいわ。あ、後ここには近づけないようにしてね」
ルーメイの特徴を思い出し、それを脳内に描き、その空間を凝視する。すると、大きな体躯をした、黄色の水潔獣が見えた。初めて見た時と変わらない、ルーメイだ。
さっき美影ちゃんはなんと言ったっけ? そうだ。ここから…………俺ってそこまで邪魔!?
無言のルーメイが、俺へと背中に乗るように促してくる。
わかったよ……。俺は邪魔なんですね。そうなんですね。
という事で、ルーメイの上に乗り、ソファまで運ばれた。んーとっても柔らかに毛でした。感想はそれだけです。
キッチンの方からは、ワイワイと楽しそうな声。
俺は、無言の犬? 狼? まぁいいけど、無言のルーメイと一緒にショボーンとしてます。
なんだか……遠足で一緒にお昼を食べる子が居ない可哀想な子だな……俺。
せめてルーメイが喋ってくれれば……ってそういえば、喋らないな。アトゥなんとかとシェリアはベラベラといらん事まで話すのになぁ。やっぱ水潔獣にも個性ってあるようだな。
んー……まぁいいか。とりあえず、怪我人なのは本当なんだし、ゆっくりとしてよう。
あれ? そういえば……今日は軍からの食料の支給ってないんだな。今更気付いたよ。だから何って話か。
それから、三十分後、テーブルの上にはなんとも食欲を誘う料理たちが並べられた。
アズハも美影ちゃんも料理は上手なんだな。まさか、両親が居ないからって自活? んー俺って何も知らないな。
「なんでまた、こんなに豪華なの?」
並べられた料理を見て、普段の日常的にする食事でないのはすぐに理解できる。だけど、なんのための豪華さなんかわからない。
「えっと……。考えてみれば、『清き水』に直輝さんが入って、歓迎会をやっていなかったな、と思ったんです」
料理を並べ終わったアズハが、笑顔を俺に向ける。さっきまでの不自然な様子はいくらか緩和されていた。
「歓迎会……か……」
俺が、『清き水』に入った……歓迎会。
「あの、やっぱりしない方がよかったですか?」
準備が終わり正面へと座る美影ちゃんが不安げに尋ねてきた。
それは、騒ぐの嫌いとかパーティーが嫌だったとか、そんな事を聞いてるのではなく、『清き水』に入る事が、本当に祝う事なのか、それを問いているのだ。
俺は、どっちだろう。『清き水』に入って……嬉しいか?
いや……嬉しくはないと思う。
でも、アズハや美影ちゃんに出会えた事は嬉しい。
「俺は、」
アズハと美影ちゃんが固唾を呑んで俺の答えを待つ。
この……水害獣との戦いが、何を意味するかなんてわからない。わからないけど、もう知らん振りは無理だ。
それに…………なんだかんだで、俺は感謝しているのかもしれない。
世界が滅び行くのを守る。それは、この戸高さんがどこか生きている世界を守る事、だから、間接的に戸高さんを守っているように思えるのだ。
単純な話だ。でも、今はそれで満足とは言えないが、喜びと認識できる。
だから、
「俺は……嬉しいよ。『清き水』に入れて」
と最高の笑みなんかを浮かべちゃって答えるのだ。
俺の回答にアズハと美影ちゃんは緊張気味の表情を綻ばせた。
「では、直輝さんの『清き水』の入隊を祝って、乾杯っ!」
「「乾杯っ!!」」
アズハの音頭でパーティーは始まった。
「直輝さん、今日が大晦日だって忘れてませんよね?」
「あ……美影ちゃん、ナイスだ! 俺、完全に忘れてたよ……」
「でも、まだまだ時間はありますから。新年までは、えーと、2時間以上ありますよ」
「なんだ、これって朝までギャーギャーやるのか?」
「いえ……美影にはそれはちょっとキツイです。それに、水害獣が何時来るかわからないですし……」
「ぐあぁぁ! 美影ちゃん! ダメ、場をしらけるようなことを言っちゃダメ!」
「ご、ごめんなさい……」
「でも、年越しまでは起きていましょう。それくらいなら疲れも残りませんよ」
「んーそうだね。というか、やっぱり俺って戦場出ちゃダメ?」
「ダメです!!」
「ダメですよ!!」
「あー……」
「もう無理はして欲しくないですし、私たちでなんとか押さえますから」
「そうですよ。今度こそは、一匹たりとも通しません」
「いや、でもさ、やっぱり俺も同化すれば傷の治りが、」
「そこまでの重症に使うと、逆に同化が仇になって、傷が塞がらなくなりますよ。美影はオススメしません。そもそも、また痛覚を麻痺させて戦うなんてやらせません」
「ぅぅ……しょうがないじゃないか〜」
「直輝さん! 本当にもうやってはダメですからね!」
「うぉぉ……アズハまで……」
そんな感じにちょっと説教モードになったりしたが、基本的には楽しいパーティーだった。
そして、時刻は11時59分。
「あと……三秒です……」
美影ちゃんがスーッと息を呑んだ。
「2……」
アズハがカウントをする。
「1……」
そして、
「あけましておめでとうございます」
三人で円になって、正座の姿勢でお辞儀をする。
結局、テンションが上がってしまい、夜中になってもワイワイと騒いだのだった。
心から願うよ。今年はいい年でありますようにって…………。
また長くなってしまいました。というより、更新が遅くなって申し訳ないです。
なんだか……一人称書けない病にかかってしまって。いえ、本当ですよ。
これから、ペースがどうしても遅くなります。ちょっと……現実世界での自分で手一杯になってしまって。
ですが、途中で投げ出したりはしないので、最後までお付き合い頂けるなら、嬉しい限りです。
これからは、不定期になりますが、読んでやって下さいな。(三日に一回ぐらいは更新したい……って願望!?)
次回予告?
まだ……水害獣が現れるのか、それとも初任務を終わりを迎えるのか……。
直輝はまた一歩大人の階段を上がる……。
(うわ……うさんくせぇ……)