第四十九章 ちょっと事件の発端いってくる
体が重い……さっきまで何をしていたんだっけ?
ん…………わからん。全身がだるいし、ヤケに気が立っているような気がするから、激しい運動でもしてたのかな?
それにしてもここはどこだろう……?
真っ暗だな。あれ…でもこの感じって、
「また……夢か…………」
どうしてこの頃の夢を最近は頻繁に見るのだろう? 何かあるのか?
いや、まぁなんでもいいけど。さっさとノンレムくんとの出会いを待つにも、この夢へと体を委ねよう…。
そうして俺は、小学生の頃の記憶を振り返るような夢へと落ちて行った。
体育倉庫はとても涼しいです。暦はやっと冬の日々を刻み始め、このひんやりとした倉庫の壁は冬場に食べるかき氷のような新鮮で、リフレッシュな気分になる。
小学六年の余りに難易度の高い算数から今日は今日とて逃げている。そして、定番のここで昼寝さっ!
給食前の四時間目という時に算数などやってられるか! いつぞやも言った様な気がするが、電卓を使えばよろしかろうに!
人類の発明とはそういう日々の暮らしを楽に、そして便利にするものだろう? ならばその恩恵を存分に受け、開発者たちに日々感謝しようではないか! 神様なんぞに懺悔するよりよっぽど有意義に違いない。
っとずれた。
まぁ何はともあれ、俺は算数はやりたくないし、出来もしない。
「ならば、寝るしかないだろうっ!!」
ホワホワマットへと勢いよく飛び付く。
モフッと全身が包まれ、衝撃を吸収ししてくれる。流石はホワホワマットだ。生徒の味方だな。ついでに昼寝の友にもなる、実に話がわかる奴だ。擬人化なんかすると良いかもしれない。
俺の脳内イメージだと、巨乳で包容力がある素晴らしい女性…………最近思ったんだけど、俺って小学生の中で大分逸脱しているような…つーかしてるな。
「あーあ……まぁそんな事はいい、寝よう……」
飛び込んでうつ伏せになったままの体を反転させ、仰向けなる。
ドアの完全に締め切っていないので、真っ暗ではないが、寝るには充分な光の量だ。邪魔にもならず、動く時にも足場に困らない。
そっと瞼を閉じた。
そして思考を、父さんに剣術の稽古をつけてもらっている時にする瞑想のようにし、余計なものを排除していく。
これは俺の素晴らしい特技の一つだ。
どこでも寝れるし、更には何時でも寝れる。
そんな事を考えている内に、俺は緩やかにやってくる睡魔の誘いにより、まどろみへと落ちて行く…………が、それは阻まれた。
光の量が突然増え、倉庫内が照らされる。既に眠る一歩前まで来ていた俺には非常に眩しく感じられた。
「直輝くん……あ、やっぱりここに居たんだ」
輝かしい光を纏ったように倉庫へと入って来たのは、栗色の髪をした戸高さんだった。
あの日、倉庫で泣く戸高さんと会った日から、よく一緒に行動するようになった。というより、俺自身もクラスから避けられるようになったため、ほとんど二人っきりな学校生活だ。
いじめは終息を見せず、表向きには問題ないようには見えるが、裏ではこそこそとした嫌がらせが続いている。
まぁそのおかげ、というか、吊り橋理論的に俺と戸高さんは仲が良くなった。
今ではこのように、戸高さんは俺の事を名前で呼ぶ。俺が戸高さんを名前で呼ばないのは、単純に恥ずかしいから、というのもあるが、一番は……俺なんか見たいな奴と名前で呼び合って、俺如きが戸高さんの彼氏だと思われるのは悪いと思ったからだ。
ブスとか言われてからかわれているが、戸高さんは本当は可愛い。ついでに言っちゃえば俺にはストライクです。直球ど真ん中ですよ。
でこが広いと馬鹿にされ、不自然に前髪を長くしているけれど、それを直せばもっと可愛いと思う。
そんな好きなタイプ……というよりぶっちゃけ好きな人を一人で守って行くというのは、一種のナイト的な……って具合に勝手に解釈して、幸せ一杯だ。
だけど、戸高さんはそうでは無いに違いない。もっとクラスに参加して、皆で楽しい学校生活を送りたいと思っている筈だ。
そう考えると、俺の考えは戸高さんに敵対するものになるし、この苦しい状況の戸高さんに間接的ながらも喜んでいることになってしまう。
だから、胸が痛む。
俺は体を起こして、戸高さんと向き合った。
長めの前髪が目に掛かり、根暗な印象を与えられる。
「戸高さん、授業はサボっちゃダメだよ。俺みたいな馬鹿になっちゃうから」
「あはは、大丈夫だよ。一回ぐらい……」
そう朗らかに言って、俺の横に来て、共にホワホワマットへと腰掛ける。
一回ぐらいって、そのセリフは何回目だろう。少なくとも五回は聞いたかな。
「まぁ……戸高さんは俺と違って優秀だからね。少しサボっても大丈夫か」
「ふふっ、そういうこと〜」
俺をからかうようにおどける。
戸高さんは二人っきりの時は、こうやって俺をおちょくってくる。これがきっと素の戸高さんなんだと思う。だから、俺には素直になれるのかな、と嬉しくなる。
「どうしたの? そんな行き成り笑い出して……?」
俺が喜びを噛み締め、笑みを作っていると、戸高さんが怪訝な顔をし、俺の顔を覗き込んで来た。
「わわっ! ちょっとビックリするじゃないか!」
突然顔を寄せられ、俺は動揺を隠すように、そう声を張り上げた。
「あ……ごめんね……。そんなに驚くとは思わなかったから……」
悲しそうに俯く戸高さん。まずった!?
「あ、あああ、べ……別に戸高さんは悪くないよ、うん、俺が少し余所見をしていて……あの、だからさ……えっと……つまりは……」
自分でもビックリなほどにしどろもどろな言葉に、嫌気と共に焦りが生じる。
なんという正直な体。ただ、顔を寄せられただけで、あそこまでの焦燥を見せるとは!
「もういいよ。直輝くんはいつもそうやって……あ、でもそんなところが、」
とそこで顔を赤くし、口篭る。
『そんなところが、』何!? 物凄く気になる…。
「あはは〜……」
なんだか陽気というか……呆けているというか……視線を泳がせながら、戸高さんは俺から体を離していく。
……今日の戸高さんは何時にも増して、よくわからない。
「よくわからないけど……許してくれるの?」
「えっと……じゃあそういう事で……」
「『そういう事』って……なんだか投げやりだね」
俺が返事を待っていても、戸高さんは、「あはは」とどこか遠い世界へとトリップしていた。本当に……今日はどうしちゃったんだ?
結局は授業が終了するまでの間、俺がいくら鎌を掛けても回答は得られなかった。やはり……というか当然の如く俺より一枚上手でいらっしゃる。
そんな訳で、昼食を求め教室へと戻った。
その後給食の時間は、先生の監視が光っているという訳で仕方なくクラスメイトは戸高さんと机を寄せて、グループを作った。俺にも、戸高さんと関わるまでは仲が良かった男子が机をくっつけて来る。
白々しくなんだかムカつくが、問題を起こしても無駄な事なので、それを受け入れる。
「なぁ日下部、どうしてそこまで戸高に入れ込むのさ?」
給食の席で特に仲が良かった一人が、俺へと問い掛けた。
「いじめをしている奴にはわかんねぇよ」
俺はそう吐き捨てた。今は、言わば冷戦のようなものなのだ。こんな奴らに気を許す気などさらさら無い。
俺の言い方が気に入らなかったのか、そいつは激昂する。
「なっ!? 俺は参加してない!」
「どうだか……」
俺はその荒ぶる元友人を冷たくあしらう。
不穏な空気に気付いた担任教師が、こちらへと目を光らせた。どうやら、ここまでのようだ。
「ふんっ」
と最後に俺へと微弱な攻撃をくわえ、無言の食事となった。
これのがよっぽど気が楽でいい。こんな奴らと平静を保って会話など馬鹿らしくなってきて、仕舞いには踊りだしてしまうよ。
そんな訳で、クラスからの俺の印象はどんどん悪くなっていく訳だ。
少し俺も意地を張り過ぎてるかもしれないが、一度気を緩めると、本気で奴らへと恨みをぶつけられなくなりそうで、キープをしなくてはいけないのだ。
そのまま、冷戦のようにどちらかが核の使用を許可しそうな空気を維持し給食の時間を終えた。
また小学生の思い出ですね。さて、どうなるやら。
社会人のゴールデンウィークは長い!
なんというか……あれですね。ええ……あれです。
次回予告?
フリーのカメラマンは言った、「嫌な事件だったね」と……。
果たしてその事件とは!?
(もろにネタですね。わかるかな……?)