第四十四章 ちょっと選択いってくる
俺はほぼ無意識かの、今までの人生を歩んできた事により蓄積された意思により選択肢を選んだ。
すぐ傍まで接近する奇形体を一瞥し、怯えて蹲る軍人さんの体を、両手で大きく弾き飛ばした。
呻く声が聞こえたが状況が状況なので、スルー。
さて、後は俺の行動なのだが……どうやら時間切れみたいだ。
「辞世の句って……浮かばないもんだな…………」
軍人さんを弾く過程で、少し横にずれていたが、そんなものは意味は無く、俺の体は奴の巨体の突撃により強打され、後ろへと大きく吹っ飛ぶ。
「んぐはっっ!!」
メキメキと骨が軋む……いや、折れた。肋骨が数本いったな。
痛いとかそういうレベルじゃない。もうこれだけで意識が掠れてきやがった。
「うぐっ……!!」
吹っ飛んだ体が建物の壁にぶち当たり、更に体へと追加ダメージだ。
踏ん張る力など無く、俺は壁に背中を引きずるように倒れ、上半身を壁へと預けた形で、なんとか完全に横にならずに済んだ。
俺を轢いて行った奇形体はすでに移動し、死に掛けの俺と、なんとか救うことが出来た軍人さんはスルーだ。まぁ助かった……。
けど、俺はどうやら人生にリタイアみたいだ。
「……ッッ!!」
この戦場を共にした鉄パイプに裏切られ、今…腹を貫かれている。臍の横辺りにグサッと……ね。そこまで深くは入っていないようだが、やっぱり太さがあるからしんどい。
これは臓器を完全に傷つけているな。
まさか吹っ飛んだ時に握り締め続けた鉄パイプが、最後に俺へと止めを刺すとは。
「……うぐっ……がはっっ!」
黒く濁った血が口から吐き出された。
肋骨が肺にでも刺さったのかな。
アドレナリンの大量分泌で痛覚が麻痺している。正直……それは嬉しいが、死の瀬戸際ってのが笑えない。
「俺……やっぱり、死ぬのかな…………」
名前も知らない軍人さんを救って俺は死ぬのか……。
いや、救わずに逃げていたらきっと俺は、生きていても……本当の生ではないだろう。
やっぱり俺は、馬鹿な人間だ。
あー……段々と瞼が重くなってきた。やべぇ……体も動かない。
急に孤独感まで襲ってきた……。
「これが…………死か……」
走馬灯というものを見てみたかったが、俺には無いみたいだ。
あぁぁ……悔いばかりの人生だった。
戸高さんとの約束を果たせず、
お姉さんを救えず、
剣でたくさんの人を傷つけた、
この戦場でたくさんの人を救えなかった、
他にもたくさん……腐るほど後悔がある。
ああ……虚しい。
「お主にそう簡単に死なれては困る。主にはまだやるべき事があるのでね」
「……今更か」
定まらない視点を必死に安定させようと試みる。
なんとか確認できるまで行った目が見たのは、予想通りアトゥなんとかの姿だった。
相変わらず優雅な金の毛色をしていて、気高い雰囲気をしている。
「主は、私と契約を交わす者だ。こんなところで死なれては困る……」
「俺だって死にたくないね……。だけど……もう手遅れだろう? これを見りゃ……誰だって……わかるさ……」
俺の服は自らの血で赤黒く染まり、悲惨な有様だ。
「だからこそだ……。今こそ同化の時よ、さぁ……主の覚悟を存分に示せ!」
遠吠えをするかのように、アトゥなんとかは俺へ言った。
「同化を……すれば……助かるのか?」
フンッと鼻を鳴らし、アトゥなんとかは答える。
「私の力を甘く見るでない。その程度の傷なら抑える事など容易い」
「俺……は……まだ……生きれるのか……?」
「主に覚悟があればな……。さぁ後はお主の選択のみだ」
同化に成功すれば助かる……か。俺は……俺は……俺は、
「当然だ……俺は生きるっ!」
精一杯の声を上げ、俺は選択をした。
満足そうにアトゥなんとかは微笑み、その顔は段々と光になり、体が完全に光となって俺を包んだ。
アトゥなんとかとの再戦をした時、こんな気持ちだった。
俺はやっぱり……図太い。こんな体になってもどこかで俺は生きる方法を全力で模索していたぐらいだ。
守る事に関してはどこか臆病だが、俺は生きる事に関してはどこまでも貪欲だ。
この同化は、誰のためでもなく……ただ自分のために捧げるっ!!
俺を包む力強い光は、段々とその光を弱め……俺の体内へと入ってくる。
本当に俺は汚い奴だ。同化のための強い意志はすべて自分のためだけで、他の者への優しさなどこれっぽちも無い。
だが、それゆえにどこまでも純粋で真っ直ぐな思いだ。
光は完全に俺に取り込まれた。
不思議な感覚だ。自分の体が自分のものじゃないみたいだ。全身から力が溢れてくる。
(ようやく……同化を成功させたか)
耳元で声が響く。……いや、違う。これはそれよりも脳に直接訴えるような感覚だ。
さっきから感じているこの違和感は、俺の体に二つの存在が入っているからだ。なんだか気持ち悪い。思考がスカッとせず、なんかザラッとする
こんな感覚は初めてだ。まぁ当たり前か、体の共存など経験があるわけが無い。
(さぁ立て、もう体は自由に動かせるはずだ)
脳内に響くアトゥなんとかの声に従い、俺は立ち上がった。さっきまでピクリともしなかった俺の体は健康状態の時以上に軽く、冴えている。
「すげぇ……」
頭の働きはスッキリとしないが、体の動きは良い……いや、良過ぎる。悪い意味でもだ。
(喜ぶのはいいが、まずはその腹に刺さる物を抜いてからにしろ……。痛覚は麻痺させてある、抜いても問題は無い)
言われた通り、鉄パイプへと手を掛け、引き抜いた。
ズズッと体から異物が抜かれていく感触だけがリアルに伝わってくる。
傷口から血が溢れたが、痛みは一切無かった。
「これは流石に奇妙だな……」
俺の赤い血と、L1の緑の血で染まった鉄パイプを投げ捨て、俺は自分の体の異常さに寒気がしてきた。いや、恐怖だ。自分が人間じゃない、そんな気までした。
(これはあくまで、緊急事態の処置だ。普段は使用しない……。痛覚を麻痺させているだけで、怪我はしているのだからな。しかし、同化状態なら傷の治りは早いはずだ。今は、治療へと専念させている……主の体はすぐに表面的には治るはずだ)
見ると、既に腹の傷は塞がっていた。それに、肋あたりに感じていた違和感も無くなっている。
同化をした人は本当に……人間じゃないかもな……。
(しかし過信をするものではない。主は誤解しているかもしれないが、完全には治してはいないのでな、無茶をすればすぐにダメになる……)
「つまりは、治ったと思って馬鹿はするな、ということだな」
確かに体の調子は良過ぎる。頭の方もさっきよりスッキリしている。だけど、異常さにモヤモヤとする。
軽く跳ねてみると、驚いた事に簡単に垂直で1メートルは跳べた。
怪物に挑むなら、自分も怪物にならなくてはならない、か。
(さて、お主は……これから何をしなくてはいけないのか、わかっておろうな?)
「ああ……わかってるさ……奴らを倒せばいいんだろう」
沸々と怒りが込み上げてくる。これは……俺の感情じゃない。アトゥなんとかの怒りだ。
そういえば、アトゥなんとかは水潔獣の王って話だったな。故郷を滅ぼした水害獣を恨んでいるのだろうな。
(主の望む武器をイメージしろ。まさに手に握っているような……そういうイメージを持て)
アズハや隊長がやっていた事をすればいいのかな?
多少は感覚はわかる。
(一応伝えておくが、どんな武器にでもなれるが、私の本来の型は剣だ)
「………………」
それはまた運命の悪戯ってね。俺は剣は握らない。
さて、どんな武器を使おうか…………そういえば、今日は随分と色々な意味で鈍器にお世話になったな。
「よしっ! これだ!」
脳内で2メートルほどの棍棒を、イメージする。
鉄パイプの時には長さから無意識の内に剣のような使い方をしたが、この長さがあればちゃんと打撃武器の戦いが出来る。
空へと掲げた右腕の手の平に、光が溢れ出す。
そして光は細長く棒状に伸びて行く。
光が俺の望んだ大きさまで伸びたところで、イメージを更に濃くする。
すると、光は想像した質感を帯び、質量を持ち、棍棒の形を取った。
黄色と茶色が交じり合った色をし、イメージしたとおりの長さに重さだ。
軽くそれを振り回し、動きの確認をする。
棒の稽古は父さんにそこまでつけられていないが、基本はわかっている。それだけで充分だ。
問題なのは武器の扱いよりも、この軽過ぎて速過ぎる体の感覚に慣れることだ。
棍棒を振るいながら、共に足運びの確認を取る。
やはり、動きが普段の二倍速のように速い。どうにも力を入れるタイミングが取り辛いな。
「少し奇形体に挑む前に、L1で体慣らしをしていいか?」
(かまわん……。好きにするがいい、同化の主導権は常にお主にある……。もちろん、奪う事も可能だがな)
とりあえず後半は恐いが、今は反対する気が無い訳で、奪う気は無いんだな。
ならば遠慮せず慣らし運動するか。
力を求めていたが、ここまでの力を得ると、大きすぎる力は身を滅ぼすってのがわかった気がした……。
俺は自分自身の順応性の高さに驚くばかりだ。いや、すでにファンタジー思考に染まっているのかもしれない。
だがまぁ……細かい事は気にしない、俺は死からは遠ざかれたのだから。
ちょーっと微妙かもですね……。友人A辺りに修正しろって言われそうです。
その時は、大幅修正しますんで、ご了承下さいな。
次からは戦闘バリバリです。正直、面白くないかもしれません。
読者は学校編と水道局編、どっちのが好きなんでしょう……? その内、二つとも絡み合って一つになるような予定ですが、どうなるやら……。
次回予告?
棍棒を手に持ち、戦場へと踊り出る……果たして、直輝は勝つことができるのか……?
奇形体との勝負の行方は……?
(おお……まともだ)