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第三十九章 ちょっと戦う理由いってくる

 第二十波は第十九波から五時間後にやってきた。それまではキッチリ三時間おきに出現したというのに、今回は遅い。何かあるのだろうか? もちろん俺にわかるはずが無い。


 アズハと美影ちゃんは戦場へと赴き、俺は一人……同化のためのコンディション作りだ。

 静かな作戦司令室で黒光りするテーブルに突っ伏しながら、俺は必死になぜ同化が出来ないのかを考えている。


 アトゥなんとかが最後に吐き捨てていった言葉は、完全に俺自身に非がある言い方だった。

 頭を冷やせ、と言われても困る。俺はいつでもクールだ……たぶん。


 美影ちゃんは焦らずじっくりと考えろ、と言っていた。何を考えればいいんだ? そこがわからない俺は問題外なのかもしれない。


 そんな感じに、必死に世界を延命させる二人には悪いが、俺の方は全然進んでいない。

 そもそも何をすればいいのかがわからん。


「ん〜……俺ってほんとダメダメだな」


 どんな決意をすれば同化は可能なんだよ?

 何をすればいいんだよ……。


 そうやって……結局、アズハと美影ちゃんが戻るまで無駄に時間を過ごした。



 二人が戻ってきて、『清き水』の作戦会議が開かれた。

 といっても俺には余り関係無いと言えば関係無い会議だが……。

 考え事中に突っ伏していた椅子にそのまま俺は座り、アズハがホワイトボードの前、美影ちゃんが俺の正面に居る。


「第十九波は今まで70前後だった出現数が、一気に増え、162体出現しました。

 そして、第二十波では……204体。最初の時点で異常だった数が更に増え、これからの状況が全く予想できないものになっています」


 アズハは必死に冷静を装うとするが、口調が乱れて、逆に聞いている人間の焦りを増させる。


「アズハ、増援の要請は?」


 美影ちゃんがおっとりとした声に緊迫した響きを持たせる。

 アズハがゆっくりと首を横に振った。


「現在、世界各国でL7の水害獣が出現しその増援にまわされほとんどの『ダイバー』が今、国外で待機していて、こちらに向かわせる人員は居ないとのことです。

 よって、現状をこの三人で打破する以外にありません」


 三人、か……。俺は少なくとも今は戦力外だからな。


「何か特別な指示、というのはありませんが、これからも出現数が増えることが予想されるので、体の調子を崩さないようにしてください。L1とはいえ、100を超えれば危険です。

 それと、これから出現するタイミングが一定では無くなる可能性もあります。常に気を引き締める気持ちでいて下さい」


 それでお開きとなった。

 俺への指示は無し。気長にやっていればいいのかな。それとも、気を使われているのか?

 どちらにしろ……今の俺には用無しか……。


 俺はまだ真剣に打ち合わせする二人を残して、作戦司令室から出た。

 隣りの生活スペースでごろごろしていても、何も浮かばなさそうなので、外に出ることにした。


 外に出ると、午後八時で世界は夜を迎えていたが、ここの周囲は異常なほど明るい。

 それに、迷彩服の人やら白衣の人が慌ただしく駆けずり回っている。


「落ち着かないな」


 山に囲まれた平原だというのに、自然というものを一切感じられないこの場所は、沈黙とは対極に位置する賑やかさだ。

 やっぱり考え事は静かなところでするもんだ。ちょっと、歩けば静かな場所があるだろう。


 俺は人が少ない、山の方角へと歩いた。

 最初は軍の関係の車両が停められていたり、まばらに人の影もあったが、それから数分ほど歩くと、人里から離れた土地のように静かで落ち着く空気に出合えた。


 駐屯地から一段高い位置で、見下ろす事ができる。

 テレビで見た衛星の都市の映像のように、そこだけが明るく、周りは人工の光など無く、照らすのは月の光だけだ。


 芝のような短い草が生えるところに腰を下ろし、夜空を見上げた。

 月は欠けていて少し残念だが、その代わり星がたくさん見える。

 俺が住んでいる町は、割と都会よりなので、空を見上げても余り星が見えない。でも、ここは小さい弱々しい輝きの星もはっきりと見ることが出来る。


「すげぇな……」


 自然の雄大さを知った気がする。考えてみれば水害獣との戦いはこの自然を守ることでもあるんだよな。

 世界のため、というよりこの自然のためのがやる気が湧くな。


「こんな所で何をしてるんですか?」


 大自然に囲まれ感慨に浸っていると、不意に人の声が聞こえた。

 声が聞こえてきた方向に目を向けると、そこには夜の闇でも目立つ、桃色の髪を風に棚引かせるアズハが居た。


「ちょっと考え事を」


「そうですか……」


 アズハは俺の傍まで来ると、チョコンと隣りに座った。


「アズハはこんなところに何しに来たんですか?」


「私は、その……美影と作戦司令室で話していた時に、フラフラとどこかへ行く直輝さんが気になって付いて来たんです」


「すいません、気付きませんでした」


 気にする様子を見せず、アズハは柔らかく笑みを零した。


「当たり前です。コソコソ付いて行ったので、気付かれたら逆に残念です」


 なんでコソコソ? どうしてスニーキング? って同じ疑問だアホ。


「と、いうのは冗談です」


「そ、そうですか……。それより、休める時に体を休めた方がいいんじゃないですか?」


「大丈夫ですよ。まだ一日目、それに直輝さん事が気になりますからね」


 俺の事が気になる? っておいおい俺は馬鹿だな。というか男なら誰しも勘違いするんだろうな。憐れだ。


「別に気にしなくていいですよ。同化が出来ないのは俺がヘボなだけですから……」


 自嘲気味に言う俺にアズハは頼りになるお姉さんのような顔をする。


「いいえ、直輝さんになら出来ますよ。始まりが私が巻き込んでしまったので、うまく答えを出せないだけで、ちゃんと答えを持っていると思いますから。だから、諦めないで下さい。

 もちろん……直輝さんが望まないのなら同化を強要はしません。私から局長に掛け合います」


 ……それは、是非とも……と言いたいが、なんとなくもう逃げられないような気がする。それに、局長が見す見す俺を手放すとは思えない。


「頑張りますよ」


「えっ……?」


「ここまで来て駄々を捏ねる訳には行きませんし……それに、もう戦う覚悟はあります」


 明確でないにしろ、俺には戦う覚悟は既に出来ている。

 逃げるのが格好悪いとか、仕方なくとかではなく……この戦いは俺の罪滅ぼしのチャンスだ。何もしてこなかった俺の……償いのチャンスなんだ。


「……では、まだ何かが足りないですね。それを見付けて下さい。同化に必要なのは、絶対的な意志です。中途半端な気持ちで水潔獣を受け入れる事は不可能ですから……だから、寛容と力強さが必要なんです」


 アズハは無限に広がる煌びやか夜空をいつくしむように、儚げな笑顔を浮かべる。


「『清き水(クリアウォーター)』の人たちはそれぞれ、別の戦う理由を持ってます。皆が皆、同じ考えじゃないんです……。でも、根本にあるのはやっぱり優しさだと思います」


 こちらを向いたその時、一際強い風が吹き、俺とアズハの髪を乱れさせる。

 バックに輝く月がアクセントに、桃色の髪の少女を狂おしい程の美しさが演出する。

 不意打ちを受け、俺はしばし見惚れてしまった。


「アズハは……何故戦うんですか? 戦う理由はなんなんですか?」


 吹き荒れる風のおかげで、俺の間抜けな顔を見られる事は無く、風が止んだ後、アズハは特に態度を変えなかった。


「私は…………」


 前に、水害獣に家族を殺されたと言った。復讐? 報復? ってまた同じだ。

 アズハは立ち上がり、弱く吹く風から髪を押さえ、淡緑の瞳を曇らせる。


「私が戦う理由は……家族の事もあるかもしれません。怒りや悲しみ……不の感情が私を戦わせているかもしれません」


 アズハは弱々しい眼光を必死に強がらせる。その努力は滑稽に見えるが、俺は……アズハの強がる理由がわかるような気がして、悪い印象は持たなかった。


「でも、私を救ってくれた方のため……そして、私のために戦い続けてくれた家族のため……そう胸に刻みながら、私は戦場へ赴きます。もしかしたら、自分の穢い感情を無意識で美化してる可能性もあります……。

 本当なんてわかりません。だから、水害獣を倒すたびに自分自身に問います、今何を思ったか、と」


 最後にアズハは、自分の話ばかりしてすみません、と謝り去っていった。

 俺はまた一人になり、自分の意志と向き合った。


「水害獣との戦いの意味か……」


 戦いには意味がある。だが、この水害獣との戦いは自分自身が剣を振るう理由を持たなくては参戦できないのだ。

 国のお偉いさんが勝手にぱじめる戦争とは訳が違う。戦場に赴く兵士はきっと、戦争の目的など、どうでもいいのだ。


 ただ、国のために。

 ただ、生きるために。

 敵を殺す。


 戦争の経験が無い俺にはその理由が、後付にしか思えない。

 心から、そんな国という抽象的な存在のために戦える人間はどれだけ居るのだろう?


 今の俺がぶち当たった壁はきっとそこだ。

 世界や自然のために、そんなもので俺は死ねない。

 だから、誰か、または何か、のためにというのが必要だ。


 でも、それが俺には無い。

 水害獣と戦って、誰のためになる? なんのためになる?


 それが欠けているんだ。


 輝く星星ほしぼしは、その一つ一つが人に見え、輝きの変化で俺を馬鹿にしているように感じる。

 はぁ〜と溜息をついた時、再び水害獣出現のサイレンが鳴り響いた。


 時刻は九時三分……、さっきの出現から一時間弱しか経っていない。

 気持ちだけが焦る。

 走り出そうとする体を心が制止させた。


「俺が焦っても……急いで走っても……何も出来やしない」


 立ち上がった体を倒し、草のベットの上に寝転んだ。少しむずむずするが、悪くは無い。

 そのまま、第二十一波の水害獣出現のサイレンを子守歌にし、俺は瞼を閉じた。



 自分自身に呆れかえりそうになる。

 俺は本当に戦う理由を見付ける事なんて出来るのだろうか……?

随分と引き伸ばしています。さっさと直輝に答えを出してもらって、戦ってもらいたいです。

でも葛藤はまだ続きます……。


次回予告?

直輝の絶望と呼応するように水害獣の出現数は増えていく。

そして、触れられる事が無かった美影の謎の言動が明かされる!?

(そうですね……そろそろ触れないと)

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