第三十七章 ちょっと初任務いってくる
何時間掛かったのだろう。よくはわからないが、二時間以上は乗っていた気がする。
酔いに完全にノックダウンされそうになっていたが、到着し、なんとか俺の命は延命した。
「お待ちしてましたよ」
目的地に着くと、笑顔のアズハに迎い入れられた。ヘリのローターがまだ忙しく回転し、周囲に風を巻き起こし、アズハの桃色の髪をヒラヒラと揺らす。
「付いて来て下さい」
アズハは挨拶をする訳でもなく、すたすたと歩いていってしまう。
なんだかその態度を冷たく感じる。
そんな俺に構わず、美影ちゃんは微笑を浮かべながらアズハを追って歩いて行く。
俺はどうしようもなく二人を追った。
ヘリが下り立ったのは、周りが開けた平原だった。周りを余り高さの無い山が囲い、今居るこの土地は下界から忘れられたような、そんな印象を受ける。
だが、今はたくさんの人で賑わっている。
軍隊の人がたくさん居て、なんだか本格的な映画撮影の現場に居るみたいに錯覚する。
軍人以外には、白衣を纏う研究者っぽい人もたくさん居る。
迷彩服や白衣が入り乱れる中を、アズハは相変わらずファンシーな軍服を纏って、突き進んで行く。俺と美影ちゃんがその後に続いていた。
アズハは真っ直ぐと前を見据え、美影ちゃんはなんだかニコニコしながらアズハの背中を見詰めていた。俺はというと、日常では味わう事の無い駐屯地の空気を満喫し、キョロキョロと落ち着かない様子で周り見回している。
戦車や装甲車などのごつい乗り物から、救護車や研究車両(?)などの多方面の乗り物が集まっている。
みんな忙しそうに駆け回っているが、何か緊急事態なのだろうか?
「着きました」
アズハは何やら仮設住宅のような建物の前で足を止めた。
「ここが、今作戦においての『清き水』の作戦司令室です」
それだけ説明すると、扉を開け、中に入っていく。美影ちゃんも何食わぬ顔でそれに続く。
もうちょっと初心者の俺の待遇をよくしてもらえないかな〜……とか考えながら、扉を開き、中へと入った。
中は思った以上に広く、そして予想に反して生活感溢れる内部だった。
どんな……と聞かれれば俺は迷わず、一人暮らしの成人男性のアパートと答える。
「この部屋は、昨日までここで水害獣討伐に当たっていた『ダイバー』の方のものです。詳細は知りませんが、作戦のたびに自身の能力でこの仮設住宅を持ち歩いてるようです」
俺が内部の惨状(?)に呆けていると、アズハが説明してくれた。
そうかそうか…家を持ち運ぶ…………随分と久しぶりに、ファンタジ〜〜。いや、どこかの民族は確か、引越しは家を運んで……って持ち運びって表現はやっぱり次元が違うな。
関心か呆然かよくはわからないが、俺は部屋を思考をストップさえ、見回した。
「………………」
すると、何故か沈黙。
俺は部屋を見回す目を、アズハの方へと向ける。
…………アズハと美影ちゃんがなんだか自分達の世界に入り込んでいた。
二人は向かい合い、目をキラキラと輝かせ、今にも相手に襲い掛かりそうな……。
「アズハ……」
「美影……」
アズハも背は小さいが、美影ちゃんよりは数センチ大きいので、美影ちゃんを見下ろす形で視線が固定され、瞬きする事すら忘れているようだ。
美影ちゃんも、見上げるという点以外は、アズハと全く同じ。
二人のバックには漫画のトーンのようなほんわかとした空間が見える。
「アズハっ!」
「美影っ!」
二人が掛け声のようにお互いの名前を呼び合うと、どちらともなく相手を強く抱き締めた。
「ずっとアズハに会いたっかった……」
「私も美影に会いたかったよっ!」
微笑ましい光景なのだろうけど、俺には今一要領が掴めない。
ここは、保護者の眼差しに見守るべきか?
それとも……ノリで俺も跳び付く? いや……そういう空気じゃないな。
という事で黙って見守ることにしたが、その後十分ほど、二人は学生時代を振り返るおっさんたちのように語り合っていた。
俺の視線に気付いたか、それとも充分に再会の喜びを堪能したのかは不明だが、二人は体を離し俺を見て少し顔を赤くし、すみません、と謝った。
「いや、気にしなくていいよ」
目の保養になりましたから。ええ、大満足です。
謝罪にはここで俺たちを迎い入れた時の態度の事も含まれていた。美影ちゃんとああするのを多人数の前でやるのは流石に気が引けたので、堪えるのに必死で少し態度が冷たくなってしまったらしい。
それにしても随分と仲がいいんだな〜、とそっちのが気になった。
落ち着きを取り戻したアズハは、俺たちを奥の部屋へと案内した。
奥の部屋は、生活感など皆無でちゃんとした作戦司令室っぽかった。
余り広さは無く、部屋は正方形で一辺が5メートルぐらいある。中心にはなんだか高そうな黒色の長方形のテーブルが置かれ、そのテーブルとセットっぽい黒の椅子もあった。
そのテーブルの上には周辺の地図らしきものが置かれ、色々ごちゃごちゃと書き込んである。部屋にはホワイトボードもあり、そこにも癖の強い字が一杯に書き連ねてある。癖が強過ぎて解読は不可だし、そもそも日本語には見えない。
アズハは俺と美影ちゃんに椅子へと座るように促し、ホワイトボードの前に立った。
「えっと、これから今回の任務についての説明をします」
緊張した口調でアズハが言う。
「三日ほど前から、L1の水害獣がポイント01、02から……あ、そのポイントはテーブルに置いてある地図を参考にして下さい」
いや……と言っても、これすごい見難いよ。どこがポイント01とかわからないよ。
だが、美影ちゃんはわかるらしく、うんうんと頷いている。
「あの、アズハ……この地図、俺にはよくわからないんだけど……」
「えっ?」と驚き……急に顔を赤くし出す。「す、すすすみません……。私、いつもの調子で書いてしまって」
いつもの調子……? ってどういうこと?
アズハはあわあわと焦りながら、説明してくれた。
「『ダイバー』の人は大体、現地に着き作戦前には同化を済ましていて、その……視力の強化をしているので……そのくらいの字の込みぐわいは特に問題ないんですよ……」
ああ、そういうこと……って同化は視力も強化されるのか、つくづく便利だな。
とりあえずは納得はできた。この地図もあのホワイトボードも『ダイバー』なら特に問題無く解読できるという訳だ。
「そんな気にしなくていいよ……。じっくり見れば俺は目はいい方だしわかると思うから」
「すみません……。アトゥムが到着するまで我慢してください……」
シュンと項垂れる。まぁ失敗は誰にでもある。でも……アズハってミスが多いような。
記憶を振り返ってみると毎回のように失敗しているような……。ドジッ子なんだな、うん。
その後、俺と美影ちゃんで色々とフォローを入れて、説明は再開された。
「三日目の午前五時頃、第一波がポイント01から出現」
美影ちゃんが地図のポイント01と書かれた部分を指差してくれる。
「L1はのみで、その数は58体でした。これを、第一水道局がレーダーにより逸早く察知し、『ダイバー』を一人送り問題無く処理されました。ですが、その三時間後、再び出現……第二波はポイント01より74体出現」
その数が多いのかどうかは経験の無い俺にはサッパリだが、美影ちゃんは体数を言った時、あきらかに顔をしかめている。
「アズハ、その出現数は異常なんですか?」
静かにコクッと頷き、
「異常です。L1だけの出現の時点で珍しいことなんです。大概は他のLのものと共に現れ、数は大体……10体前後で、多くても30です」
と落ち着いた雰囲気の割には興奮した様子で答えてくれた。
そうか。確かに倍の数が出てくれば異常か……。
アズハは可愛らしく咳払いをし、仕切り直すと続きを語り出した。
「では、説明を続けます。その後は、断続的に三時間ごとに出現しました。
第三波は正午に、ポイント01より81体。
第四波は十五時に、ポイント02より69体。
これが三日間乱れる事無く続き、担当していた『ダイバー』が過労で倒れました。その『ダイバー』の能力はわかりませんが、多数に対するというより少数との戦いのが有効な能力者であったと思われます。そうでも無ければ、たかだか三日ほどで倒れるというのは考え辛いからです」
人外と三日戦い続けてりゃ、誰でも参るもんではないのか?
俺の思考を読んだかのように美影ちゃんが解説してくれた。ってまた俺は思考を読まれた。俺ってそんないわかりやすいか?
「同化をしていれば基本的に体力も増強されるんです。だから、簡単な肉体労働なら一ヶ月間休まずにすることができますよ。
と言っても、終わった後にそれなりの反動は受けますし、もちろん人間自身の体力、または水潔獣の強化する部分がそれぞれ違いますから……戦う相手との相性が悪ければ三日で体力を使い切るというのも考えられます」
なんだか……『ダイバー』ってすごいな、と今更ながらわかってきた、と同時に俺はやっぱり『ダイバー』にはなれんだろうとも思い始めた。
美影ちゃんの補足説明が終わり、アズハが口を開く。
「第一水道局は元々人手が足りておらず、そこで第三水道局が協力することになりました。期限は無期限ですが、一週間ほどで第一水道局からの人員が向かわせられるとのことですので、この任務の期間は一応は一週間です。
それでは具体的な作戦の説明をします。
基本的にはこの作戦司令室及び、救護施設にて待機。水害獣の出現を確認次第、出現ポイントへと急行。撃退後は再びこの駐屯地に帰還。この繰り返しです。
万が一、『ダイバー』が全滅した場合は、軍隊が時間を稼ぎます。能力者では無い者に『水の世界』へは行けませんので、汚染スピードの軽減、また、こちらの世界への侵入を許した場合の最後の砦となります。よって、余り期待は出来ません……」
流石の自衛隊にも異世界からの侵略者は荷が重いか。
まぁ簡単に言ってしまえば、俺たちが負けたらゲームオーバーということだな。
アズハは作戦の概要を説明し終え、各自への指示を下した。
「美影には、前線へと出てもらいます。後方支援及び現場での指示は私がします。
直輝さんにはとりあえず……アトゥム到着までは待機です。アトゥムが到着次第、すぐに同化の訓練へと移ってもらいます」
「わかりました」
「りょーかいっ!」
俺と美影ちゃんが元気よく答えた……その瞬間、周囲にサイレンが鳴り響いた。
『第十九波の水害獣が出現しました。直ちに持ち場に着いてください』
続いて女性のアナウンスが聞こえてきた。
サイレンとアナウンスが混ざり合い、緊急事態を演出する。今回はマジというのが笑えないが……。
「美影、すぐに……」
「うんっ」
二人は作戦司令室から走り出た。
「直輝さんはここで待機していてください!」
部屋を出る前にアズハはそう言い残していった。
「ここで何してりゃいいんだよ……?」
俺のボヤキに誰も答えるはずが無く、俺は寂しく項垂れるだけとなる……はずだった。
「ならば、今の内にお主が私と同化をすればいいこと」
「……はひっ!?」
いつの間にか、俺の横に金色に包まれた気高い獣、アトゥなんとかが居た。
「主はまだ私の能力を理解できていないようだな……」
そうだ、こいつはとんだ種無しマジシャンだった。いや、今はそんな事はいいんだ。それより、これで俺は戦いにいける。やはり女の子ばかりにやらせるもんじゃない。
「アトゥなんとか、さっさと同化するぞ!」
「ほう、小僧が調子に乗りおって……しかし、私も戦いは望む。主に力を貸すと言ったのだ、いいだろう……」
「いっくぜぇぇぇ!!」
俺はとりあえずテンションを上げて叫んだ。
咆哮を上げる俺の横で、アトゥなんとかは光に包まれ、光そのものになり隊長がやったのと同じような状態になる。
「よしっ! 来い!」
俺の体を光が包んだ。
光は温かで、力強さを感じる。
昨日の敵は今日の友って感じに、今はアトゥなんとかにやられた事は忘れて、協力するんだ。
俺の初任務は始まったばかり。
果たして俺は、この戦場を生き抜く事が出来るのだろうか……?
なんというか、やっと戦いの雰囲気になってまいりました。学校の日常(?)を書いていて、今度はこっちの雰囲気が恋しくなっていたので、書いてて楽しいです。
次回予告?
直輝にまさかの用無し宣言……?
そして、美影とアズハの疑惑の関係が!?
(本当に……次回予告で遊び過ぎですね)