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第三十五章 ちょっとお茶好き少女いってくる

 今日は日曜日だ。……日曜日になってしまったんです。

 時間の流れに逆らいたい……。昨日までの三日間、確かな平穏を満喫していたのだが、この水道局に訪れると何もかも打っ壊された気分になる。


「あぁぁ……帰ろうかな?」


 最初に来た時と同様に、敷地に入ったはいいが、入口の前で駄々を捏ねている。

 やっぱり人間誰しも、行きたくない場所はあるはずだ。それが俺にとっては水道局である訳で、ここで帰ってもきっと罪は無いはず!


 帰ってもいいよね? あ、でも帰ったらもしかして親の仕事無くなっちゃたりして…。

 うお…笑えねぇ!!

 これから極貧生活か、一時の幸せか…………。


「もう……行けばいいんだろう、行けば!」


 考えるまでも無く、俺は当然の答えを出した。

 覚悟は決めたのはいいものの、やはり足取りは重く、たいして距離が無い入口まで五分の時間を要して辿り着くのであった……。




 水道局内は特に変わった様子は無い。

 普通に職員らしき人が働いているし、本来の働きはしているようだ。

 俺は受付の窓口に行き、前回所長室で渡された、『日下部直輝二等兵』と書かれた水色のカード……許可証を提示した。


 受付の女の人は、許可証を確認し手元にある何かの資料と照らし合わせ、それが終わるとすぐに許可証を俺に返し、軽く会釈してくる。


「日下部直輝様、お待ちしておりました。所長がお待ちしておりますので、所長室までお急ぎ下さい」


 様……ね。なんだか偉くなった気分。


「わかりました」


 俺は短く答え所長室へと向かう事にした。

 ここに来たのは一応は四回目になる。流石にこの広大な局内に慣れてきて、迷う事は少なくなった気がする。

 何に使うのかがわからない部屋が多すぎて、混乱する事はあるが…。


「本当に……正義の味方の基地、または敵さんのアジトだよ……これじゃ」


 無駄に広い水道局に悪態をつきながら、一人長い廊下を歩く。

 廊下を突き進んでいると、ちらほらと子どもの姿が目に止まる。教室っぽい部屋の中で授業のようなことも行われていた。アズハが言っていたが、本当に学校もあったんだな。

 どんな境遇の子ども達がここで勉強を教わっているのだろう?

 やはり、能力者候補みたいなものなのかな。


 廊下で友人同士だと思われる子たちが、楽しそうに話をしている。

 俺の姿を捉えると普通に挨拶をしてくる。やっぱり普通の子どもだな。

 ……そういえば今日って日曜日だよな?


 普段は普通の学校に通っているのだろうか?

 考えてみれば休日にここに来るのは初めてだ。少なくとも平日に子どもの姿は見た記憶は無い。


「よくわかんねぇな……」


 とりあえず考えるのは止めた。

 今は所長室に行ってぱっぱと用を済ませて帰りたい。

 歩くペースを上げようとしたところ、視界の端で何やら他の子どもたちとは違う雰囲気の子が目に留まる。


 上は白のブラウスに紺のブレザー……制服だろうか? 下は淡黄色のショートパンツに黒のニーソックスをはいている。

 少女は俺の目を気にせず山吹色の癖の無いロングヘアをたらし、窓から入る日を全身に浴びせ、正座し気持ちよさそうに…………お茶を飲んでいた。

 あれ? 廊下だよな……ここ。

 雰囲気どころか奇行をなすその少女。


 ジッと見ていると、少女は俺の存在に気付き顔を上げ首を傾げる。

 少女の顔は小柄な体に相応しい、色白で幼げな顔をしている。藍色の瞳はポヤーっとしていて、どこかはかなげだ。


「あらあら?」


 少女がお茶から上がる湯気の先で、顔をほころばせ笑みを作る。


「貴方は、局長さんがお話してくれた人ですね」


 言い終わり、お茶をまた口に運ぶ。

 なんだろう……この、可愛いけど渋い趣味した女の子は。多分、中学生ぐらいだと思うけど。


「ふぅ〜……今日は、良い天気ですね〜」


 どこかポヤーっしたところが明良に似ている。


「そ、そうですね」


 少女は窓の外を一度眺めた後、俺へと視線を向けた。


「貴方もお茶はどうですか? 今日は日差しも温かく、お茶日和ですよ」


 そう言って、自分の背中に手を回し、急須きゅうすと湯呑み茶碗を出した。

 どこから出したんだ……?


「折角のお誘いですが、俺は所長室に用があるのでまたの機会に」


 ここでこの不思議少女の相手するのも面白そうだが、生憎優先せねばならない用がある。


「それなら大丈夫ですよ。私が行くまでは話は始まりませんから」


「え……?」


 俺が予想していない返答に間抜けな顔をすると、少女は少し悪戯っぽく笑う。


「今日のお話は私も参加なので、全員が揃うまで始まりませんから、ゆっくりとしていっても問題ありませんよ」


 それってつまり、この少女が急げば用は早く済ませるって事だよな。いや、そもそも呼ばれているのを分かっていて何故ここで茶なんて飲んでるんだ?


「いや、なら急ごうよ……」


「もう貴方の分のお茶も入れてしまいましたから、一緒にゆっくりとしましょう」


 いつの間に!? 確かに見ると二つの湯呑みから湯気が上がっている。

 なんだかどうもやり辛い。ペースが乱されるな……。


「じゃあその一杯が飲み終わったら行こう」


「はい」


 何がそんなに嬉しいのか少女は満面の笑みを浮かべ、俺を茶の席へと誘う。

 俺ははんば諦めの気持ちでお茶呑み会に参加した。


 少女に向かい合うように腰を下ろす。俺は正座は苦手なので胡坐あぐらをかかせてもらった。


「それで、俺の用にきみも関わるみたいだけど……」


「美影です」


「はい?」


 少女はお茶を手に持ちながら、頬を少し膨らませる。


「だから、私は、不来方美影こずかたみかげです」


 一瞬、何を言ってるのかわからなかったが、最初にきみと呼んで自己紹介をしていない事に気付いたのだろう。という俺も忘れていたが…。


「あ、ああ。美影ちゃんね。俺は、」


「『空を翔る罪深つみぶかつるぎあるじ』さんですよね?」


「はい……?」


 この少女……いや、美影ちゃんは、不思議というより……まさかの電波系!?

 この水道局には根っからの正常な人は居ないのか……?

 美影ちゃんはお茶をズズズとすすり、一気に流し込んだ。湯呑みを床へと置き、お代わりをごうとする。


「ちょ、ちょい! 一杯飲み終わったら終わり!」


 俺の言葉に美影ちゃんはキョトンとする。


「あら? だって、直輝さんがまだ飲み終わらないので……」


「いやいや、すぐ飲むから……。って俺の名前を何故知ってる!?」


 美影ちゃんに何故か正気を疑うような目を向けられる。


「私は昨日の内に、貴方の説明を受けてるからですよ。『空を翔る罪深き剣の主』の日下部直輝さんですよね?」


 だから空を翔けるなんちゃらってなんだよ? もう電波はやめてくれ!


「少なくとも日下部直輝ではあるが、空を翔るなんちゃらではない!」


「貴方が日下部直輝さんなら、『空を翔る罪深、」

「だから! その空なんちゃらは知らん!」


 俺が強く言い放つと、何故か美影ちゃんはしょげて小さい体を更に小さくする。


「直輝さん、意地悪です……」


 拗ねたように呟き、お茶の道具をどんどん片付けていく。

 ってだから、どこに仕舞われてるんだ、それ?

 物理法則を無視し、さっきまで床に並べられていた道具達が美影ちゃんの体のどこかに消え去った。


「日が雲に隠れてしまったので、所長室に行きます……」


 窓から空を見上げ、暗い声を俺にぶつけるように言って、すたすたと所長室の方へと歩いていってしまう。

 ……ちょっと態度が大人気なかっただろうか?

 俺は自分の態度を反省し、美影ちゃんの後を追った。


 そういえば……俺の右手にはまだお茶入りの湯呑みが…………。

 走りながらお茶を口へ流し込み、一気飲みをしたが、余りの熱さに喉がひりひりし、途中水道で口の中を冷やす破目になり、結局美影ちゃんに追い付いたのは所長室の前となった。



 とりあえず湯呑みを返し、俺がドアをノックする。

 美影ちゃんが湯呑みをどこかに仕舞うより早く中から、「入り給え」の言葉が掛かり、俺はドアを開けた。


 部屋の中にはある日と同じく、執務机に座り資料と睨めっこをする直水局長の姿あった。

 俺と美影ちゃんは並んで局長の前まで行った。


「日下部です」


「不来方です」


 局長と俺たちの間に数秒沈黙が入り、局長が手に持つ資料と机に置き、顔を上げた。


「よく来てくれた。二人で来たという事は多少は話をしたのかな?」


「はい。局長さんの言う通り、面白い人でした」


 局長の言葉に美影ちゃんが微笑みを浮かべながら答える。


「では、紹介はいらないね。すぐに本題に入らせてもらおうか……」


 フムと頷き、用意された二つの椅子に座るように促される。それに従い、近い方の椅子へと腰を下ろした。


「それで、局長……今日は何をするんですか?」


 前回の治療室での局長を思い出し、少し不安になってくる。今は、普段用の顔をしているが、やはり…どこか他人を威圧するように蒼黒の瞳を輝かせている。


「本来なら、日下部くんに訓練をさせたかったのだが、予定を変更して水害獣の討伐に向かってもらおうと思う。私の第三水道局の管轄外だが、断続的にL1(レベルワン)の水害獣が出現しているとの情報を受けた」


 ……L1の水害獣? レベル分けされているのか水害獣って。


「すいません、L1って?」


「……そうか、日下部くんにはまだ詳しい説明をしていなかったな。とりあえず、その説明は後回しにさせてもらう。今は、今後の行動について話す。

 これから一週間、現地に留まり実践訓練を行う。その間、日下部くんには再び学校の方は休学してもらう。細かい処理などはこちらがするので特に気にする必要は無い」


 学校を休むといっても、月曜日に終業式をやるだけだからそこまでの問題は無いな。

 あ、でも今日から一週間…、今日が26日だから、一週間後は1月の2日……うお、年越し皆で騒げねぇ。

 心の中で、慟哭を上げる俺の表情の変化を気にせず局長は続きを語った。


「黄金狼とはアズハが連絡を取れ、現地での合流するとの事だ。なので、日下部くんの体にこれ以上の負担を掛けさせない為にも、ダイビングによる移動は不可とする。よって、こちらが用意したヘリにより移動し、現実世界での現地に移動、その後現地にて黄金狼と合流し、『水の世界』へと移動してもらう

 衣服、食料などの心配は不要だ。すべてこちらで用意してある」


 そこまで怒涛の如く語った後、局長はチラッと腕時計を確認し俺の顔を見る。


「まだ時間が十分程ある、少し水害獣について説明しよう……」



 やっぱり来るべきでは無かったかもしれない。

 俺の初任務はなんだか大変そうだ……。

新キャラ登場! 細かい説明は次章で……するのかな?

一週間の遠出ですね。はい、クラスメイトさようなら〜。そして青春もさようなら〜。


次回予告?

直輝の世界が、初体験により広がる……。そして、水害獣という生物の実態が…………。

(この次回予告は信じるほどの価値があるのだろうか?)

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