第三十三章 ちょっと夕食いってくる
俺と山下が目覚めた時には、空は暗くなり、もう晩飯時です。
一体、何があったのでしょうか?
どうか真相を暴いてください。
それだけが、俺の望みです。
「おい、おいっ! 直輝〜…………直輝っ!!」
目覚めてすぐでぬぼーっとしていると、友貴に軽く頭を殴られた。
「どうした? そんなに慌てて……?」
「飯」
なんて簡潔なんでしょう。
まぁ確かに腹が減ったのはある。もう七時過ぎかな。
俺と同じく完全に目覚めていない山下を除いて、皆空腹感を訴えている。
それにしても、純岡は俺と山下にどんな技をくらわせたんだ? 本当に謎だ。
「直輝くん、わたし、家に戻って下拵えしてあるから調理してこっちに持ってくるね」
女子でかたまって談笑を楽しんでいた水無瀬さんが、皆の様子と時計の確認で、そう言い、部屋から出ていった。
確か料理は三人分の準備をしてあるんだよな? じゃあ後の四人分は俺が何か作るかな。
水無瀬さんを追うようにして俺も部屋を出た。
玄関で靴を履く水無瀬さんに晩飯についての確認を取り、俺はキッチンへと向かった。
冷蔵庫を開け、今ある材料のチェック。
水無瀬さんはどうやら唐揚げや天ぷらなど、個別のものを用意したらしいから、それは皆でつつきあえばいいだろう。まぁ数は少ないと思うから俺が追加で作る事になった。
後は、一人一人に一つ大きな料理を……冷蔵庫に入ってるので作れるのは……。
パスタでも作るか……? あー牛乳の賞味期限が切れそうだな……ん、クリームパスタでも作るかな。
という事で、クリームパスタに決定!
材料を冷蔵庫から取り出し、キッチンの台に並べていく。
「野菜は適当に入れればいいかな?」
今日来てるメンバーで好き嫌いが多そうな奴は居なそうだし、大丈夫だろう。
俺は人のために作る料理というのは久しぶりで、なんだかやる気が湧いてきた。
「ふん〜ふふん〜〜ふん〜〜♪」
鼻歌なんて歌っちゃって…あぁでもなんだか良い気分。新婚ホヤホヤの妻で愛する夫の事を思い料理をしているような、そんな感じ。
なんというか俺って女に生まれた方が得だったかな?
「日下部くん、何か手伝う事ないかな?」
自分の境遇について真剣に考えていると、横から荒内さんの声が聞こえてきた。
って……荒内さん!?
「え……あえ……っと……特に無い……かな……あ、でもたまねぎを切ってくれると……嬉しいかな」
「うん、わかった。包丁は……これを使えばいいかな?」
「あーうん……」
俺の家はどうも金はあるらしく、住んでいる人数の割には広い。キッチンも広い訳で、キノコさんの根元をほぐす俺の横で、荒内さんは慣れた手付きでたまねぎを切り出した。
くそぉ……これほど家が広い事を恨んだ事はないぞ。二人余裕で入れるせいで、物凄く気まずい空気で料理をせねばならんではないか!
「料理……得意みたいだね?」
荒内さんの包丁捌きは見事なものだった。少しでもこの空気を和ませるためにも、そんなどうでもよさ気な事を聞いてみる。
「えっ? あ、一応は自分でも料理してるから……少しはね」
「………………」
不味い、言葉発するタイミングを逃した……。
どうしよう……どうしようか……。あぁぁ……キノコが段々、男性器に見えて……NOっ! 落ち着け、落ち着くんだ。
そうだ……あれを思い出すなよ。あれ? あれ……あれ?
体育倉庫での荒内さんの胸の感触を思い出してしまった……。
「直輝くん……。その、」
「はひっ!?」
「はひ……?」
お、おおおおお落ち着け! 落ち着くんだ!
確かにおいしい体験だったが、今は忘れるんだ!
冷静に、冷静に……なるんだ。
「えっと……何、荒内さん?」
よし、なんとか普通に喋れたぞ。まだ怪訝な顔をされてるけど、一先ずは大丈夫……なはず。
「その……ごめんね」
切り終わったたまねぎを一箇所にまとめながら、荒内さんが俺に謝ってきた。
「突然どうしたの?」
俺は調理する手を止め、荒内さんの方を見る。
荒内さんは包丁をまな板に置いて、俯いていた。
「体育倉庫で……取り乱しちゃって……その、ごめんね……。今日も……態度を悪くして……ごめんね……」
拳をグッと握り、目尻に涙を溜め、申し訳無さそうに……荒内さんは、謝り続ける。
俺からしたらただ目を合わせるのが気まずいだけだったけど、荒内さんの場合は罪の意識があって、合わせ辛かったんだな。
なんだか……俺って、女に謝らせてばっかじゃないか? やっぱ男としてダメだよな。
「謝らなくても……いいよ。俺が、校長先生の頼まれ事に荒内さんを巻き込んじゃったんだからさ、ごめんね。荒内さんは悪くない。だから、ね、謝らなくていいよ」
精一杯の優しい声で、俺は荒内さんに言った。その優しさも言葉も本心だ。
「でも……」
それでも、納得をいかせたくない荒内さんは頬に涙を伝わせながら、謝罪をする意義を唱えようとする。
俺はそれを阻む様に言葉を口にする。
「荒内さん、それ以上謝ろうとすると、逆に許しませんよ?」
「えっ……?」
「もう十分です。どっちのが罪があるとか、どっちのが悪いとか……もう止めにしましょう。俺も悪かったんです。
だから、ごめん……。
これで謝りっこは終わりです。皆を待たせていますから、調理の続きをしましょう」
出来るだけ笑顔をで言い切り、俺は返答を待たずに調理へと戻った。
これでいいんだ。謝り合ったって、お互いが気まずくなるだけだから。
荒内さんはまだ少し暗い顔をしていたけど、俺に他に手伝う事はないのか指示を仰ぎだした。ぎこちないけど、これなら明るく料理を楽しめるだろう。
二人の調子が戻り始めて、料理をするのが再び楽しくなり、鼻歌を歌いたくなって来た時、荒内さんがボソッと俺に尋ねてきた。
「最後のごめんは何に対して謝ったんですか?」
「…………え? あ、あれは……その、体育倉庫で安心させる方法が……思い付かなくて、前に人肌は落ち着かせるのにいいって……えっと……それで、抱き締めちゃった訳で……」
親に言い訳をする子どものように小さな声にテンポの悪い喋り方で俺は言った。
喋りながら自分の顔が赤くなるのを感じた。
荒内さんの顔も見る見るうちに紅潮していく。
これ、もしかして……錯乱してた荒内さんは記憶に無くて…………墓穴だった……?
「あは、あははははははははは……」
明るい笑い声で誤魔化そうとしたが、乾いた笑いしか出ない。
荒内さんも微妙に引きつった顔で、苦い笑みを浮かべている。
その後、どちらからも料理に関する以外の言葉は出ず、ほぼ無言のお料理教室となった。
こちらのパスタとその他細かい料理を終えた頃、ちょうど水無瀬さんがこちらに料理を運びに来た。
ダイニングに俺と水無瀬さんの料理を並べ、準備を終わったところで部屋に居る人たちを呼んだ。
「おぉぉ! これは!」
ダイニングに一番に入って来た友貴が感嘆の声を上げる。
その後にぞろぞろと入ってきた奴らも皆、目を輝かせそれぞれがその人なりの褒めの言葉をくれた。
全員が席につき、声を揃えて、
「いただきます」
その後は非常に騒がしい夕食となった。
「あ、あの……そんなに焦って取り合わなくても……」
水無瀬さんが、料理を取り合う友貴と山下を見る。
二人は激しい箸の鍔迫り合いを繰り広げている。
「水無瀬、わかっていないな! 俺のような男には滅多に女子の手作り料理など食える機会などないのだ!」
「ふふふっ! 藤崎よ、お主にミーヤの唐揚げを食う資格は無い!!」
「二人ともよくやるわね……」
純岡が水無瀬さんの唐揚げ争奪戦を繰り広げる馬鹿二人に向かって呆れたように溜息をつく。
「酷いわ! ハニー! ウチは……ウチは、ヒカベの作った料理に一切手を出そうとしないハニーのためにミーヤの唐揚げを手にしようとしているのに!」
「なっ! いつあたしが萌咲の嫁になったのよっ!」
……俺の料理にノータッチってひでぇ。ちょいと凹みますよ……流石に。
そんな子犬のような円らな瞳で悲しんでいると、荒内さんが、
「七海も日下部くんの料理、食べてごらんよ。美味しいから」
「べ、別にあたしの勝手でしょうっ」
「折角……私も手伝って作ったのに……七海、食べてくれないんだ」
荒内さんが泣き真似をしてみせると、純岡がおろおろとあからさまに動揺し始めた。
「わ、わかったわよっ……食べるわよ……」
目の前に置かれたクリームパスタに怯えるような表情を見せ、おずおずと箸を伸ばす。
そして…………食べたぁぁぁ!!
「お……」
「お……?」
「美味しい……」
「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
スタンディングオベーション並みのテンションで立ち上がり、キャッホイ! と踊り狂う。
純岡に褒められるとなんだか無性に嬉しいぞ!
「調子に乗るなクソカベがっ!!」
「グボッ!!!!」
肘で殴られ、俺は部屋の端まで吹っ飛んだ。
なんだか……デジャブ…………。
「ほうほう、ナナミには泣き落としが有効っと」
「そうかー。じゃあ今度から純岡さんに頼み事をする時は泣いてみようかな」
「天神は黙っててっ!」
「よーし、じゃあ俺も頼み事の時は泣いてみっかな〜」
「藤崎も黙れっ!」
「あの、みんな落ち着いて!」
……遊ばれてるよ純岡。でもまぁ……焦る顔は可愛いですよ〜。
って俺の存在はやっぱりスルー? うぅ……こっちが泣きたいよ。
学校以上に騒がしくワイワイとやった。
俺は、なんだか疲れてしまったよ…………だが、本番はこれからなのだ、とまだ俺は知らない。
半分に分けた内の前半戦。
まだまだ序の口です。後半戦は……ちょっと規定に引っ掛かる可能性が……。多分大丈夫です。そのまんまのワードは出してませんから。
エロイの嫌いな人にはあれかもですけど、あくまで直輝視点で楽しんでいただければ問題無いです。
次回予告?
独りぼっちの帰り道の彼女を追って…………殴られる。
ただ純粋に君を想う………………胸を触りながら。
(なんだか後半の一言の所為で台無しです)