第二十六章 ちょっとクリスマスイブいってくる
12月24日。恋人達は聖夜を過ごし、その場のノリで『初』をいってしまえる素晴らしいよき日。彼女が居ない童貞どもはとち狂い、駅前の大きなクリスマスツリーで待ち合わせをする『勝ち組』達にクラッカーで迷惑な祝福をする。正確には嫌がらせ。
別に俺の体験じゃない。いやに具体的なのは友貴から聞いた話だからだ。まぁクリスマスというのは人々を狂わせる魔力を秘めているというのはよく理解できた。
その日が今日だというのを連日の疲れですっかり忘れていた。そういえば、昨日は校長室で呼ばれてそんな話がされたようなされていないような……。
どうも寝過ぎた所為で頭が働かない。
俺はベットから体を起こし、カーテンを開けた。
心地良い朝焼けが……見えない!?
ってそんな驚くことじゃなかった。昨日の天気予報で今日は曇りだってやってではないか。
「ぼちぼちと準備すっかな〜」
今日もまだ両親は帰って来ない。ん〜友貴なら、
「警戒せずにエロゲーパラダイス!」
とか言いそうだが……考えてみればあいつって今は一人暮らしか……。ほんと物好きな奴。俺なんかに付いて来て。
おっと過去を懐かしんでいる場合じゃない。さっさと準備しないとな〜。
俺はすべての準備が整い、玄関から一歩外へと踏み出した。
あぁぁぁ……日差しが気持ちいいな〜って言いたい。だが、曇りなんだよな……もしかして雪とか降るのか?
俺が雪だとな〜と真剣に悩んでいると、玄関が開く音がした。あれ? もしかして兄さんが居たか? と思い振り返ると、開いたのはお隣さんの玄関だった。
「あ、おはよう」
出てきたのは同学年で1−Aの水無瀬心彩だ。初めて会った人がこの子の名前を正確に言えたら感動ものだと思う。少なくとも俺には『みあや』と読めなかった。
「おはよう」
挨拶に答えて、家の敷地から出てくるのを待った。
玄関に鍵を閉めると、トタトタと可愛らしい足取りで俺のところにやってきた。
「朝に直輝くんと会うなんて珍しいね。今日は何かあったの?」
白い息を吐きながら、水無瀬さんは首を傾げて俺を見る。
ここで一応説明をしておくが、水無瀬さんとは幼馴染でもなんでもないぞ。ここに引っ越して来てから一年も経っていないし、そもそも引っ越してから半年程隣近所に同級生が居るなど知らなかった。
「ちょっと料理を張り切りすぎて……」
俺がそう答えると、水無瀬さんは頬を膨らませ、
「贅沢な悩みでいいなぁ……。わたし、料理はまだまだ修業中だよぉ……」
悔しそうに俯いてしまった。
水無瀬さんとは、偶然知り合った。半年前に今日みたく、玄関から出てくるのを偶々目撃して、なんか俺の歳に近いなと思っていたら学校で見たことがある気がしてきて、そこで初めて話したら、まぁ同級生でした、という訳だ。
名前も不思議な人だけど、見た目も少し不思議だ。黒い髪を肩辺りまで伸ばし、前髪は目に掛からないように揃えられている。そして、目の色が水色なのだ。
前に話を聞いたが、ハーフでもないし、家系に外国人が居ないと言う。なんとも不思議な話だ。
そんでもってスタイルは…………っと朝からそんな不埒の事を考えていては昨日の二の舞に……。でも……くそぉあの厚着の中を想像してしまう。だって、だってさ……あえて言おう、水無瀬さんはボン、キュ、ボンだ!! 更に追加攻撃、微妙にロリ顔で可愛い!! もういっちょ、声が萌えボイスだ!! そしてなんと、学校では地味だからライバル少ない!!
不味い……俺の息子が反応しているだと!? てーか自滅だ。
でもしょうがないじゃないか……俺だって男、お隣に可愛い同級生が居たら夜這いしたくなる。いやいや……夜這いじゃなくて……付き合いたくだろう?
そのまま水無瀬さんと学校へと行く事になった……なってしまった。不味いよ……。
あ〜クリスマスイブに女子と登校。なんつーか俺にも春が来た! という気がする。もちろん水無瀬さんとはご近所さんって事で接点は多いが、そこまでだ。何も無い。ちくしょう!
登校途中は料理の話とかをした。なんか逆の様な気がするけど、俺が水無瀬さんに料理を教えた……。ん〜……それより下が……。
学校に着くと、なにやら生徒達が校門付近で溜まっていた。
「何かあったのかな?」
可愛らしく首を傾げる水無瀬さんに萌え……じゃなくて、なんで校門にこんなに生徒が溢れ返っているんだ? まぁ登校時間だから当然っていや当然だけど、たむろす集団に動く気配は無い。
身動き出来ないぞ。前には生徒、後ろにも後から来た生徒がどんどん溜まっていく。
「直輝くん、この騒ぎはなんなの?」
後ろから肩を軽く叩かれる。振り返ると、たむろす集団を漆黒の瞳でけだるそうに見詰める明良が居た。
「明良か、おはよう。俺も今来たからわかんねぇ」
「うん、おはよう。そうか〜……邪魔で通れないね」
「あれ? 天神くん、おはよう」
明良の存在に気付き、水無瀬さんがにこやかに挨拶をする。
「水無瀬さん? おはよう……」
不可思議なものを見る目で明良は水無瀬さんを見て挨拶を返すと、俺の耳に口を寄せてぼそぼそと耳打ちする。
「もしかして僕、邪魔だった?」
「いやいや、そんな定番のボケをしなくてもいいから……」
「真剣に訊いてるんだけどな」
「もっと性質が悪いよ。別になんでもないから気にするな」
「わかった」
そんな俺と明良のコソコソとしたやり取りを水無瀬さんが怪訝そうに見ていたが、軽やかにスルーすることに。
そのまま三人でこの生徒達の移動が滞る原因を考えていると、校舎の方から騒がしい声が聞こえてくる。
そちらを見ると、なにやら豪華に飾り付けをされた台の上にサンタの衣装に扮した水科校長が立っていた。
「生徒諸君っ! 中には授業を楽しみに学校を訪れる者も居るであろうが、今日は授業全カットでクリスマスパーティーだ!! 反論は認めん! 勉強なんてクソくらえだ!!」
おいおいおい……校長先生、それは流石に言ったらダメでしょ……。
俺の心配を余所に集まっていた生徒達は校長を煽りヒートアップしている。
「校長ばんざーいっ!!」
「クリスマス万歳!!」
「パーティー! パーティー!」
「童貞卒業してぇぇ!!」
「キリスト万歳!!」
なんかテンション上げ過ぎな生徒が……。つーか童貞うんぬんってなんか関係なくね?
その後、校長コールが吹き乱れた。
「校長っ! 校長っ! 校長っ!」
もう日本は終わりかもしれない。俺はそんな途方も無い思考でその場の空気から遁れるのだった……。
水無瀬さんと別れ、俺は明良と一緒に1−Bの教室に入った。
挨拶をしてくるクラスメイト達に適当に返し、俺は窓際にある自分の席に座る。
「ふぁ〜あ……」
軽く欠伸をし、俺は今日の日程をボンヤリと考える。
校長の権力と職員の怠慢と生徒のノリで、今日は本当に授業全カットとなりクリスマスパーティーが開催される事になった。
この後、9時になったら第一体育館へ移動し開会式をやるそうだ。
「不満そうだね」
明良が荷物を置いて俺の席へとやってきた。
「いや別に不満ではないけど……授業やるよりはマシだし」
「じゃあなんでそんな顔をしてるの?」
そんな顔たってどんな顔? 俺そこまで不機嫌そうな顔をしてるのか?
「どんな顔をしてるかはわかんねぇけど、別に何も無いぞ」
「そう」
自分から質問をしておいてどうでもよさ気に答える明良。これは明良のいつものパターンだ。本当にどうでもいいと思っているのか、ただ切り替えが早いのか、それはわからないけどもうこのパターンには慣れた。
会話が途切れたので特にする事が無い俺は、机に突っ伏しながら教室を見渡した。
それぞれがグループを作って話し込んでいる。いつもより元気だったり笑顔の人が多かったりするのは俺の勘違いではないだろう。皆今日のイベントを楽しみにしているのだ。
その中、珍しく誰とも話していない純岡の姿があった。俺と同じように机に突っ伏してだるそうにしている。
昨日の体育で人間限界を超えたから今になって反動でもきたのかな?
ボンヤリと純岡を見ていると寝返りを打つようにして体が俺の方へと向く。眠そうに細めた目が俺の姿を捉える。寝惚けているのかいつものように睨みつけてこない。
これはチャンスか? と意味の分からない考えが浮かび、俺は純岡デレフラグを立てる選択肢を探した。
どうする? ここで好感度を上げれば攻略の糸口が……って俺の人生はエロゲじゃねぇ!
だが、今の状態では確実に……その内、殺される気がする。昨日の体育がいい例だ。あんな理不尽な態度をとられては身が持たん。
そもそも何故に俺を嫌う? 俺、何かした?
ってまた話が逸れた。今は、この睨んでこない純岡ならどこかに俺が踏み入る隙があるはず! その隙を見付けなくては……。
話し掛けてみるか? それともニッコリスマイル?
よし! 寝惚けている今がチャンス! 話し掛けるしかない!
……なんか俺、好きな子に話し掛けるかどうか迷う初々しい小学生のようだ。
俺は意を決して、純岡の席へと歩を刻む。一歩一歩、床に足がへばり付くような感覚がして、足取りがヤケに重い。これは緊張からくるものなのか?
自分を嫌う人間の元へと向かう緊張感、それはある種のスリルを感じさせ、何故か心が高揚とする。遂に俺はおかしくなったのだろうか?
一秒を一時間と感じるような緊張感に耐え、俺は純岡の席へと辿り着いた。
僅かな達成感と、ブレンドをミスしたかのような圧倒的量の恐怖。ミックス失敗……。
まだ寝惚ける純岡は俺の接近に気付いているのか気付いていないのか……よくわからないが、とりあえず拒否反応は見せない。
俺は最大量がミジンコ並みの勇気を振り絞り、限界突破しなんとかアリ並みの勇気へと膨れ上がった時、遂に口を開いた!!
「どうした? 昨日は夜更かしでもしたのか?」
そんな当り障りの無い日常会話をしようとしただけなのに、俺は既に逃げたい気分だ。なんというチキンハート……!
俺の勇気を込めた一撃は……なんとか純岡に届いたようだ。
だらしない姿勢のまま、鬱陶しそうに顔を上げ、俺を見てくる。
「なに?」
苛立つように俺へ返答する。どうやら無視をする気は無いようだ。
「だから、そんな眠そうにしてるから、昨日は夜更かしでもしたのか?」
特に棘も無く、相手を怒らせるような言葉では無かったはずなのに、何故か純岡は表情を険しくし語気を強めて言った。
「夜更かしでデモ……? なんであたしが、なんのデモよ?」
「はい?」
まさか、純岡……天然キャラなのか? ツンデレという職業(?)だというのに、天然も併せ持つというのか!? 恐ろしい……。
「はい? ってなによ、日下部が言ったんでしょ?」
今日はクソカベと呼ばずに普通に日下部だ。
「いや、夜更かしをしたのか、って言ったんだ」
「夜更かし? 別に……。用はそれだけ?」
「あ、」とそこで俺は考える。ここは一層、一気に踏み込むか? もちろん俺が訊く事は、何故俺を嫌うのか、だ。
だが、そんな事を訊いても大丈夫なのか? むしろ更に嫌われるだけでは……いや、ここまで勇気を振り絞って声を掛けたんだ、この勢いに乗せて……。
俺がん〜ん〜唸っていると、純岡が軽く強めの口調で、
「用が無いならかえってよ……」
と言ってきた。確かにこのまま突っ立っているだけだとウザイだけだ。これはもう行くしかない!
「な、なぁ……純岡」
「なに?」
「なんで俺を嫌うんだ?」
言ってしまった。俺は遂に……今世紀最大の謎に触れてしまった。
「………………」
俺は言葉を口にしてすぐに目をしたに向け、視界に広がるのは床だけだ。だから、純岡がどんな顔をしているのかはわからない。
ただ、その沈黙が痛い。物凄く息苦しい。
クラスの喧騒に自分が埋もれていくような錯覚をする。段々と俺の存在が埋没していくような感覚が俺を襲う。
背中が脂汗でじっとりとしているのがわかる。ワイシャツはペットリと肌に密着し気持ち悪い。肉体が、精神が、強い不快感を訴えている。
ほんの数秒だったかもしれない。ほんの数分だっとかもしれない。
無限の様な時間を感じていた俺に、純岡が俺へ回答を示した。
「あんたの性格が嫌い。へらへらして馬鹿みたいで……困っている人を見て見ぬ振りをして……」
……俺が何をした? 意味がわかんねぇよ……。へらへらして馬鹿みたい? 見て見ぬ振り?
予想外の答えに俺は呆然とした。
純岡は突っ伏す体を起こし、椅子に座ったまま、見上げる形で俺を睨み付ける。その瞳は怒りで燃え上がっていた。
胸を抉るような棘のある言葉をずけずけと言い放たれたのはダメージが大きい。それに、そこまで憎々しい態度をとられるような覚えは無い。
だが今度は、怒鳴るようにして言った。
「……一番は、あんたの日下部直輝という名前が嫌い!!」
俺は全否定された。勝手な話だ。名前が嫌いってなんだよ……。
理不尽な理由にも拘らず、純岡の口調には名前を嫌っても当然、という雰囲気があった。まるで、日下部直輝という名前を嫌う権利があるような口振りだった。
純岡の怒鳴り声で、俺達の様子が変だというのに気付いたクラスメイトが、黙り込む。どうしていいかわからずただ慌てる者、次の行動を考えずただのギャラリーに徹する者、様々な人が居たが、俺と純岡の間に割って入る勇者は存在しなかった。
純岡はまだ俺を物凄い剣幕で睨んできている。怒りが有り有りとしている。
余計にわからなくなった。純岡が俺を嫌う理由自体がよくわからない。
修羅場的な空気に似合わない声が教室に響き渡った。
「おはようさん〜! 皆元気にしてたか?」
友貴だった。陽気な声で教室に入り、自分の纏う空気と教室の空気が全く別物だと悟ると、すぐさま神妙な面持ちに変化する。
原因である俺と純岡を捉えると、ははーんと頷き、再びハイテンションで俺へと向かってくる。
「直輝! おはようさん!」
力を込めた平手打ちを俺の背中に決めた。……痛い。
そしてそのまま連行。
「ちょ……友貴? ど、どこに行くのさ?」
俺はそのま廊下を引きずられていき、教室を後にするのだった。
純岡に嫌われる理由は聞いたところでサッパリだ。本当に意味が分からない。
この謎は、いつ解明されるのだろうか……?
あらすじに学校云々についても書き足した方がいいのだろうか? 予定よりも学校関係で書く事が多い。
まぁなんとかなるかな。後半は水道局が多くなるだろうし……多分。
さて、今回も長いです。長くなっちゃいました。純岡さんが直輝を嫌う理由を出したかったので……。でもタイミングを完全にミスりました。
それに恋愛要素が皆無だったような……。よし! 次こそは入れます!(たぶん)
では、読んで下さった方、ありがとうございました。