第一章 ちょっと異世界いってくる
「どんだけ長いトイレだよ」
自分の部屋に戻って来てまず、長くのびた茶髪でその中でも特にのびている前髪の間から不機嫌な顔を覗かせた友貴にごもっともな指摘を受けた。
「なにやってたの?」
友貴の横に座っていた、いつものほほんとした顔をしていてどうにも行動が読めない明良にも漆黒の目で睨みつけられ静かに責められた。混じり気の無い黒髪が、俺を怒るように揺れている。
俺は二人には逆らわない気でいる。俺がトイレに行くと言ったきり小一時間、部屋で待たせてしまったのだから。
「ホント……ごめん」
とりあえず謝っておく。
「まぁいいけどさ〜。何があったかぐらい言えって」
軽い調子の友貴。どうやら怒ってはいないようだ。
「ん、あ、あぁ……」
そうは言われても何と説明していいやら……。ん〜とりあえず自分にとってどのぐらいの出来事かを伝えればいいだろうか? うん、それでいい。
「人生観が変わるぐらいの事があった」
「は?」
「え……?」
あれ……二人とも……なにその、痛い子を見る目は。説明が端的過ぎただろうか?
友貴は俺からあからさまに視線を避け、
「なぁ明良。俺達さ、もう家に帰った方がいいんじゃないか? 直輝はどうやら疲れているみたいだから」
「うん、そうみたいだね。そろそろ御暇しようか」
明良は明良で俺の方を一切見ないようにして答えていた。
「え、えぁ?」
二人は帰るための支度を始めしまった。俺、何が間違った? いや……まぁ一時間も待たせたのは悪かったと思うけど。
しかしもう帰る、と言っている二人を止める理由は無いので、玄関まで行き見送った。
最後に友貴が俺の肩を叩き、
「まぁ……うん。人生色々あるって」
なんかオッサン臭い顔をして、しみじみと言われた。俺、ちょっと凹んだ。
二人が帰った我が家は静かだ。両親は共働きで夜まで家に居ない。兄さんは今、自分探しの旅に出ていて居ない。今、家に居るのは俺だけだ。一人が寂しいという感情は幼稚園児だった時にすでに克服しているので問題は無い。
一人だろうが誰が居ようが特にやる事なんて無い。ちょうど昨日、はまってたゲームをコンプしてしまったので余計だ。
何もする事が無いと、さっきまで体験していた非現実が嫌でも思い出される。
俺は自分の部屋でゴロゴロと寝転がりながら、あの空間の記憶を振り返った。
「うぐぅぅ……ぅぅ……」
体がプレスマシンに押し潰されたように圧迫される。しかも全方向からだ。苦しいってもんじゃない生きた心地がしない。だが、不思議と痛みは感じない。あくまで、この圧迫は感覚なだけであって物理的なものではないらしい。
目を瞑っているのでどうなっているのかはわからないが、この感じは強風の中を風に向かって走っているような……いや、水の中を高速で進んでいる感じ、というのが一番シックリくる。
いつまで…これは続くんだ?
痛くは無いが、気持ち悪いのは確かなんだよな。
すると、俺の文句が聞こえたのか、あの圧迫感が無くなる。そして、重力の感覚が戻ってくる。俺はどうやら寝そべっているようだ。
恐る恐る目を開いてみると、
「……ここは、どこだ?」
俺の視界に広がるのは見知らぬ町だった。それに、俺の生きてきた世界とは思えない。なんだろう…世界の質感が違う。倒れている地面もコンクリートのはずなんだが、柔らかく、パソコンなどの液晶画面みたいだ。
とりあえず立ち上がって、周りをもっと観察してみた。
「なんか気味が悪いな……」
世界が回り方を忘れたかのように淀んで見える。空気は湿気が多く重苦しいし、地面も壁も触るとプニョプニョしている。空には太陽は見えず、雲で覆われ曇天さんだ。それに全体的に薄暗く感じる。雰囲気的に言うなら、高度経済成長時代の日本の空気。
一言で片付けるなら、異世界、に違いない。
「どうですか? 初めての『ダイビング』は?」
奇妙な空間に困惑する俺の背後に不意に声が響く。
振り返ると、そこには俺をここに連れてきたアズハとかいう少女が居た。あの移動の所為か、少し服が乱れて胸元が見えそうで見えないというじれったい状態になっていた。便器から上半身だけを出していた時には見えなかった下半身は蛇ではなく、革色のスカート(恐らく軍服)をはいた人間の足が付いていた。
「ダイ……ビング?」
アズハは俺の視線に気付いたのか、頬を赤くし軍服を調え出した。整え終わると、おもむろに歩き出し、そのまま説明を始めた。
「そうです。私たち、水道局の者はこの、『水の世界』と呼ばれる異世界に移動する事を、水泳での飛び込みに例えて、『ダイビング』と呼んでいます。
ここはあまり良い場所だと思わないでしょう? 昔は違いました。空気が澄んでいて、空も青々として、水も清潔でした」
俺の正直な感想を言おうか。なに、その電波。まぁこの女の話を鵜呑みに出来る奴の方が珍しいだろうけど…。
俺の頭の中を見透かしたかのようなタイミングで、俺の方を振り向いてくる。
「もうっ! ちゃんと聞いてますかぁ?」
振り返る時に桃色の長い髪が宙でなびく。こちらを向いた電波少女の童顔が悪戯っぽく笑っていて、不覚にも萌えた。
あぁぁ!! 可愛いじゃねぇか!
話す内容が電波じゃなければ素直に良い。
「は、はい……すいません」
「うふふっ……。こちらこそすみません。こんな話されても意味が分かりませんよね」
微笑を浮かべながら、電波少女は俺に近寄ってくる。俺のすぐ前に来ると、腰を傾け、ただでさえ身長差があるというのにさらに低い位置から上目遣いで俺の顔を覗き見てくる。
やめろっ! 抱き締めたくなるぅ!
現実的では無いこの空間だとなんでもやってもいいような、てーか俺の夢じゃねぇ? とか思えて理性の枷が簡単に外れてしまう。
電波少女は俺から一歩後退し、顔から笑みを消し、真剣な表情になる。
「どうも……あなたと話している時は邪魔が多く入るようですね。探知はしていたものの、一応は少し離れた位置に座標を指定したはずなんですが…」
おいおい……また意味の分からない事をグダグダと…。
「その場から動かないようにしてください。もう近くまで来ているので……」
「何がです?」
「『水害獣』です」
「水害獣…?」
なんだその電波モンスター? もろに環境に悪そうな奴だな。
電波少女アズハを見ると、真剣な表情というより切羽詰った顔付きだ。もしかして笑えない状況なのか?
「来ます……」
ボソッと呟く……そして、その刹那、素人さんの俺にもすぐわかる明確な、そう……殺意というものを感じた。
動くな、と言われたが……動けそうにも無い。足が震えている。
真っ直ぐに続く道路の先に、四足歩行をする何かが居た。
すぐにわかった。俺達に向けられる殺意の主は奴だ。……それがわかったからどうしたって話だ。逃げようにも足が動かない。
奴は、一見犬のように見えた。だが、そんな生温い表現じゃ奴に優し過ぎる。100メートル以上離れたこの位置からでも、奴の異臭が鼻を突く。それは俺の知っている臭いでは到底表現できないほど凶悪なものだった。この距離でこれだ…。すぐ目の前に来た時を想像すると寒気がする。
本能が訴える……。奴に関わるな……。
あれは……存在してはいけない生物なのだ。
「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」
あからさまな殺意を乗せた咆哮のプレゼント。
ビシビシと伝わってくる。奴はもう俺達を逃がす気は無い……。
決定……。今日は厄日だ。
色々センス無くてごめんなさい……。
でも、頑張って書きます!