第十七章 ちょっと夢の中いってくる
真っ暗だ。何にも見えない。いや、むしろ何も無いんじゃ? とか思える程の闇の中だ。
さっきまで何やってたんだっけ? あれ? 思い出せねぇや。
俺の体、どうなってんだ? つーか……ん? この感覚……あぁそうか……これは、
夢なんだ…………。
「これは……随分と懐かしい夢だな」
暗闇の中、仰向けで寝転んだ俺の体。これはまだ俺が小学生の時の…………。
「算数の授業など受けてられっか」
俺は一時限目の理科を受けた後、すぐにこの体育倉庫に走った。そして器械運動などの危険な技を練習する時に使う、ホワホワマットに飛び込み、寝転んだ。
正式名はわからないが、あの異常な柔らかさから、我が校ではそう呼ばれる。
入口を締め切った倉庫は真っ暗で寝る事と妄想する以外にやる事は無い。
それにしても、完全に閉めると暑苦しいな。やっぱり夏場の体育倉庫は灼熱の大地と化すのか? まぁ耐えれるレベルだ。
「うっし! 寝るぞ〜力の限り寝るぞ〜」
独り言を呟き、目を閉じた。
遠くで授業開始のチャイムが響く。
それともう一つ、妙な音が聞こえた。誰かの足音だ……。
「もう……俺の居場所がばれたのか?」
横にしていた体を起こし、周囲の気配を探る。さっき聞こえた足音は確実にこちらに近付いていた。
不味いな……。算数は頭使うから嫌いなんだ。二年までは簡単だったのに、三年は少し面倒になって、六年にもなるとやる気が無くなった。どうして、あんな単位の大きい計算を自分の頭でやらなきゃダメなのさ? 偉大な発明、電卓があるだろうに。
足音はやはりこちらに近付いてきている。隠れるか? それとも、諦めるか……?
いや、ここで諦めたらなんか負けな気がする。
だが…どこに隠れようか? ここにばれ難い隠れ場所なんて…………あれの中に入れば、ばれないかな?
俺は八段積み重なった跳び箱を視界に捉えた。
定番の様な気がするが、そこはあえてでばれないかな?
俺がそんな風に考えている間にも足音は着実に近付いてきている。
あぁぁ! もう考えるのは止めだ、とりあえず隠れるっきゃねぇ!
ほぼ諦めの様な心境で俺は跳び箱の上段をどけて、中に入り、また蓋をする様に上段を一番上に重ねた。
さて、後は運次第ってね……。
死刑宣告のように胸にずしずしとくる小さな足音。これは心臓に悪いな……。
それにしてもこの足音、随分と安定しないな。一歩ごとの間隔がかなりばらばらだし、床についた時に響く音も大きかったり小さかったり。
…………足音が倉庫の前であたりで止まった?
キュッと内臓が締め上げられような緊張が俺の体を支配する。
マジかよ……来るな来るなよ……俺は算数の授業も先生の説教も御免だ。
俺の必死な願いは空しく、体育倉庫の扉は開かれ、たくさんの光が内部を射す。
俺は無駄だとわかっていても体を丸くし、出来るだけ存在を悟られないようにした。
………………変化が無い。確かに入口付近に人の気配はあるが、呼び掛けも無いし入って来る様子も無い。
まさかの蛇の生殺し状態だ。先生にこんな趣味があったとは……物凄く心臓に悪い。
ピークに達した緊張感が俺の体を暴れさせようとするが、なんとか堪え、俺は先生に勝負を挑んだ。
俺は自分からは絶対に出て行かない! ただの意地の張り合いだが、俺は負けない!
その時だ、内部を照らす光が細くなりやがて消えた。
居ないと思って戻ったのか? それとも俺の意地が勝って、それに敬服し退却したのか?
いや、後者は無いにしても……少なくとも去ったのは間違いないだろう。
よしっ! これで算数からの逃亡劇は完結だ。思う存分寝る!!
跳び箱の中で立ち上がり、一番上の段をどかそうと手を伸ばそうとした…………が、何者かの気配を倉庫内に察知し、体が硬直する。
まさか、嵌められたのか!? 油断させ、悠々と出て来たところを捕まえる気で……?
クソっ!! 完全に読み負けだ……!! 俺は見事に嵌められた訳だ……立ち上がるのに多少の音を出した……もう先生にはばれている。
フッ……今日のところは負けを認めるか。
跳び箱の中から降伏の言葉を出す。
「先生、俺の完全敗北です……今日は算数受けますよ」
先生からの返答は無い、代わりに誰かの咽び泣く音がした。
これは、先生のものじゃない。これは…もっと幼い女の声、もしかして生徒? もしや、ここに隠れて泣きに来た?
やべぇ……先生が居るより出難い……。
ど、どどどど……どうする!? やっぱ隠れて泣く位だ、見られたくないよな? かといって、ここでずっと聞いているのも…………。
「うぅ……えっく……うっく…………」
どうしよう? どうすればいい? どないすればいい?
つーかまだ、俺に気付いてないんだよな? そぉーっと出るとか? いやいやいや……流石にばれる。
……よしっ! ここは、紳士を装い、
「何故、泣いているのかねマドモアゼル」
む、無理だ……俺には出来ない。マドモアゼルなんて言えない。いや、そこまで礼儀正しく行かなくても大丈夫か?
例えば、「何故、泣いているのかねお嬢さん」
却下。あんま変わんねぇ。そもそも意味的に変わってねぇ。
……では、どうする?
「君に涙は似合わないよ」
「このハンカチを使い給え」
「泣くのは御止めください、お姫様」
却下却下却下っ!! どうして俺の頭はまともな答えを出せない?
そもそもハンカチを持っていないし、あそこで泣いている奴が誰かなんて分からん。
そうだ! こういう時は出たとこ勝負しかないっしょ! うん、それで行こう!
何かを考えるより何かを成す、それが俺の生き方なり。
とうっ! とテンション高めに跳び箱の上段を持ち上げ、横に放り投げる。
「……え?」
暗闇のどこかにいる少女の困惑する声が聞こえてきた。
とりあえずそれはスルーし、俺は跳び箱から脱出し、獣的勘で少女の位置を割り出す。
どうやら競技用マットの上に居るな。
「なんでこんなところで泣いてるの?」
「えっ?」
更に困惑する少女。暗くてどうなってるかはわからないが、相当焦っているな。
やっぱり聞かない方がよかっただろうか? ばれるの覚悟で外に出た方が……。
「よかったら話、聞こうか?」
あぁぁ……俺は何を血迷った!? 泣く為に隠れてやってきた聖地に謎の男が居たって時点ですでに相手はパニックに陥りそうだというのに……。
「真っ暗で何も見えないから少し、開けていいかな。それとも、顔……見られたくない?」
NO〜〜〜!! またしても俺は……今日は自棄になってしまう日なのか!?
「開けてもいいよ」
「へっ?」
いいのかよ!? そんならわざわざ隠れて泣かなくっても……。
まぁ誰なのか正体が気になってしまっているのでお言葉に甘えて扉を少しだけ開く。
競技用マットは入口の目の前なので、少し開けただけで光が射し、お互いの顔が確認できた。
薄暗い倉庫の中に居たのは、クラスメイトの戸高さんだった。
栗色の髪をしていて、癖がなく真っ直ぐに伸びている髪は後ろには肩辺りまで、前は不自然な程長く、セピア色の瞳を隠している。
「やっぱり……日下部くんだったんだ」
弱々しく微笑みを浮かべる戸高さん、目が赤かった……。
「えっ……あ、う……うん」
どう対応していいかわからない。六年になってクラス替えをしもう一ヶ月程経ったが、戸高さんとはまともな話をした記憶が無い。本人が大人しく、普段からあまり周りと関わりを持とうとしないのも原因の一つであるが、俺から関わりを持とうとしなかったのは事実だ。
「ごめんね……ここで昼寝する気だったの邪魔しちゃったね」
申し訳無さそうに俯く。それにより更に対応に困る。
「い、いや……それより、なんで泣いてたんだよ?」
俺が昼寝がどうのこうのは止めるべきでは? という突っ込みは置いといて、気になる疑問をぶつけた。
「ちょっとね……」
そうして、目元が潤みだし、やがてそれは涙になって溢れた。何度も服の袖で拭い、顔を上げようとするが、またすぐに溢れる。
ちょっとじゃないな。これは相当きてないか?
ていうか、俺はどうすればいい? 何も出来ないんだが……。
こういう時は落ち着くまで待つしかないのか? いや、そうに違いない。
俺は戸高さんが泣き止むのを待つことにした。
授業をサボるどころか、もっと面倒なことになるとは、はぁ〜今日は厄日かな。
この話は……次の展開の繋ぎの話です。と言っても重要なものですがね。
次の章でもこの夢の話です。夢というより、視点を小学生の頃の直輝にしているので、完全に過去の話なんですがね。
早く学校の話が書きたいです。あれだけ細かい設定キャラを出しといて出番の無いクラスメイトが不憫だな……と。