第十五章 ちょっと再戦いってくる
空気の動きを感じろ、奴の表情を読み取れ、ステップを止めるな。
だが、本能に飲み込まれるな。
俺は昔から本気になろうとすると、一種のトランス状態になり暴走することがあった。だから、喧嘩が得意だった俺は相手より内なる自分を恐れた。
今とて例外ではない。俺は恐いのだ。自分が自分でなくなるみたいで……。
俺の前に立つ俺、確かに相応しい姿なのかもしれない。
「どうしたさっきの威勢は?」
アトゥなんとかが扮した金髪の俺が俺と同じまったく同じ声で挑発をしてくる。
最初に取った構えはそのままに足でステップを踏んでいるが、今一何かが足りない。これでは納得の行く初撃がかませない。
「来ないのなら、こっちから行くぞ?」
挑発を続ける奴の動きだけを警戒し、残りの意識は自分の集中を高めるのに使用した。
………………ッスと風を切る音共に奴が動く。
力を込めた右腕の拳が真っ直ぐに俺へと向かう。単純なパンチだ。ボクシングのストレートにもならない素人のパンチだ。
今だっっ! 一瞬の逡巡が俺を答えへと導く。
奴の拳を避けるのではなく、砕く!
「はぁぁっっ!!」
真っ直ぐに伸び切ったタイミングを逃さず、肘の関節に曲がるのとは逆に右フックを決める。
グギッ……と全身を粟立たせるような気味の悪い音を出し、奴の右腕が有らぬ方向へと曲がる。これが実際に相手が人間なら俺は流石に後ろめたさを持つが、相手は俺の姿をしているだけの獣、それだけで俺は割り切れる。
相手の腕を折ったとしても、俺は油断せず追撃を加える。
まだ後ろに引いたままの左腕を正面へと思いっ切り突き出す。
左の拳は奴の腹へと抉り込み、奴の表情を苦痛へと塗り替える。
そこでバックステップを使い、すぐに後ろに引く。引き際は肝心だ。
「どうしたよ? あんたこそその程度かい?」
右腕を明後日の方へと向け、苦痛の表情を浮かべる奴は人間ならとっくに倒れるはずだ。だが、むしろこれからだ、と言いたげな雰囲気を醸し出し、俺を威圧する。
「本番はここからさ……」
愉快に笑う奴の視線が俺を差す。ホラー映画なんか目じゃない恐さだ。
「その腕でもまだ続けるのか?」
フンと鼻を鳴らし、曲がった右腕を空へと突き上げる。その手は真っ直ぐ天を突く。
ビックリな再生能力だ。もう治ったのか。
「便利だね。これじゃあ勝負は永遠にドローだな」
目を細め、俺を小馬鹿にするように笑う。
「面白い事を言う。だが、実力差は歴然だ……。わかる、」
そこで奴の姿が俺の視界から消える。
ど、どこに行った!? いや……何が起きた!?
「かな?」
奴の声がすぐ耳元で響く。反射的に手を振り回すが、何にも当たらない。振り返ってもそこには奴の姿が無い。
「どこを見ている?」
「なっ!?」
文字通り目と鼻の先に、ギラギラとした目をするもう一人の俺が立っている。
目の前に立つそいつへと右腕を突き出す。
だが……俺は空を突くだけで、そこに居たはずの奴に触れる事は無かった。
「どう……なってる……」
唖然とする俺の背後に奴の気配を感じて、振り返る。そこにはちゃんと奴の姿があった、が、その姿は陽炎の様に消えた。
「主は、」
正面から聞こえる。……居ない!?
「私の、」
右方向から……居ない。
「動きには、」
今度は左方向から……くそっ! 居ない!
「付いて来れないだろう?」
背後から……バッとすぐに振り返る。……居ない!?
「ふはははははっ! どうした?」
再び正面から声。振り返る顔を戻すとそこには金髪の俺が立っていた。
「とんだマジシャンだ……」
どういう事かはわからんが、奴は高速移動かテレポート、そこら辺を使って俺を惑わしている。もしかしたら幻覚…? いや、何しろこちらが圧倒的に不利だ。もう大抵の事では驚かないが、それを相手するのは勘弁して欲しい。
「この通り、主は私の動きを予測出来ない……」
どうする……? このままじゃ圧倒的に不利なのは間違い無い。奴がどう移動しているのか、せめてそれがわかれば対処が出来るのだが……。
その答えを必死に探りながら、奴への警戒を怠らない。
「もう一度、こちらから行かせてもらうよ」
ボソッと奴が呟き、そして次の瞬間には奴は消えていた。
「どこ……ぐぅっ!」
周囲の確認をしようとした時、腹に何か重い物がぶつかったような衝撃が走り、俺は悶え倒れた。奴のパンチが俺の腹にクリーンヒットだ。
奴に殴られた、というのを理解した頃には倒れる俺に奴の追撃が迫っていた。
真っ直ぐと勢いをつけ駆けながら、右の拳を引き上げている。
ガードをしなくては……四つん這いになった体を起こし、両手を引き気味に構える。拳が俺へと繰り出される。
ガードに使う両腕へと力を注ぎ込む……が、それは無駄となった。奴から繰り出された拳は消え、背中に鈍い痛みが走った。
「ガハッッ!!」
再び崩れる体。だが、今度はただでは倒れさせてもらえなかった……。地面を向く俺の腹を奴の鋭い蹴りが容赦無く攻撃する。
「ウグッッ……」
人間離れをしたその脚力は俺の体を宙へと舞わせ、なんとか空中でバランスを取った俺は二本足で着地する。
体勢を整える間も無く、奴の猛追が俺を襲った。
「グガッ……!」
右の拳が俺の顔面を的確に捉え、体が後ろへと倒れようとする……が、後頭部と肩辺りに二連撃をくらい俺の体は倒れず、今度は正面へとバランスを崩す。
バランスを崩してはその方向から攻撃。
それの繰り返しによって、威力を抑えた奴の攻撃は俺の意識が飛びそうになるとすぐに現実へと引き戻す。
正に生き地獄だ……。
全身が火照ってきた……それに痛みがあやふやになって熱としか感じられない。
攻撃が続く中、諦めと覚悟が交錯し、俺は死を悟った。
連続で発生する熱が感じられなくなった。そしてその刹那、強い衝撃と共に空中に浮く感覚が襲う。
いや、実際に浮いていた……。
どんよりとした空が広がる世界にある種の絶望を抱いた。
あ、そういえば戦闘に集中していて忘れていたけどアズハは……?
ダメだ体を捻って確認できない。
俺が殺された後、アズハも……?
いや、でも水潔獣と人間は一応の協力体制……。
じゃあ俺を殺そうとしているのは? 俺が殺せるならアズハも?
俺はここで死ぬのか……?
何も守れないのか…………?
主人公は死なないんだろう? という突っ込みはナンセンス。
これは、ドラ○ンボールみたく主人公が死ぬかもですよ?
どうなることやら……。