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第十四章 ちょっと故郷いってくる

 俺は普通だとずっとそう思っていたのは勘違いなのか?

 人生十五年という間の俺の常識や考えがことごとく覆される感覚は、痛快と言えばそうだが、どちらかというと嬉しくないので痛苦でしかない。


 その現実を蝕む魔の手は俺の過去にまで手を伸ばし、故郷すらも特別な場所に仕立て上げた。


「それで、この場所のどこにアトゥなんとかは居るんですか?」


 俺の当然の疑問に対してアズハは困った顔をし、


「それが……わからないんです。ただこの場所の名前を言っただけで細かい指定はされなかったので……」


「そうですか……」


 では、どうしようか。まさかの思い出の地巡りでもしろってか? はっ! 是非ともお断りさせてもらいたい。俺はここに必要以上の時間いたくない。

 緩む頬を引き締め、厳しい表情をする。

 奴がどこに居るかわからない以上、探すしかない。

 俺の命が掛かっているのだから!


「とりあえず歩きましょう」


 アズハに提案し、返事を待たずに俺は歩き始めた。

 カサカサと落ち葉を踏み締めて歩く。すぐ後ろでも落ち葉を踏む音が聞こえた。アズハはちゃんと付いてきているようだ。

 今更気付いたのだが、冬だというのに何故こんなに緑が生い茂っている?

 下には弱々しくしなびた落ち葉、上には青々と活気が溢れる緑の葉。

 矛盾だ。これも、『水の世界』の特性なのだろうか?


「この光景は、この世界の特性ですか?」


 山道に注意をしながらアズハに質問をした。


「はい…。正確にはこの世界の、ではなく、この世界をダミーに使うためにリンクさせた力が完全ではなかったために、うまく噛み合わず……このように二つの季節が重なったりすることがあるんです。ですが、これ程の誤差はすぐに修正されるので明日には完全に戻っていますよ」


 リンクというのが今一出来ないが、まぁ細かいことを上げたらきりが無い。とりあえず、これはゲームなどのバグと考えればいいだろう。表示する背景のミスとかそこらへん。

 おぉ! 我ながらすごいかも、自分の知っているものに置き換える。ん〜なぜ今まで気付かなかったんだろう。


 そんな事を考えながら山道を進み続けると、視界が開けた。おぼろげな記憶を頼りに歩いていたが、なんとか下山に成功したようだ。


「変わらないな……」


 眼前に広がる故郷は、都市開発に忘れられたかのようにほとんど変わっていなかった。

 大きな建物は俺の母校の小学校と、引っ越さなければ入学することになった中学校だけだ。

 こんな田舎に不釣合いな二つの学び舎は、当初、この村を開発する事になって作られたのだ。だけど何があったのかはわからないが、その計画は中止された。


「………………」


 一足遅れて山から下りてきたアズハは、黙ったままその自然に見惚れていた。

 故郷の美しさは『水の世界』でも変わらない。だが、それが俺の心を抉る。まるで、異世界に逃げても罪が追ってきているようで……。

 奴との戦いを目前としているのに俺は何を考えているんだ。


 パシンッと自分の両頬を平手で打ち、揺らぐ心を安定させる。

 よし! 一応は気が引き締まった。


「適当に歩いてみましょう」


「そ、そうですね」


 アズハが軽く頷き、今度は俺の前を歩いた。気のせいか、その足取りはどこか機嫌がよさそうだ。

 アズハと共に俺は半分諦めたような気持ちで、故郷の観光をきょうじた。


 住居より圧倒的に多い田畑は、冬場の今はビニルハウスなどしか使用されていない。故郷の冬は雪が多かったからだ。

 元々人が居ない場所だが、この世界だと自分達以外誰も居ないのがわかっているので、心が楽だ。

 周りは山に囲まれ、平地は田畑が広がり、僅かな住居が建ち並ぶ。お隣さんが50メートルや100メートル離れているのが当然な場所だ。


 ここで俺は小学校を卒業まで過ごした。

 そして、小学校時代最後の春休み、ここは故郷になった。

 本当はここにずっと居たかった。それが当たり前だと思っていた。


『嘘吐き』


 静かに俺を責める声が聞こえた気がする。

 守るよ、そう約束した。でも、この通り俺は引っ越して、その約束は果たせなかった。


 戸高とだかさん……。

 今はどこで何をしているだろう? 高校が無いこの村を離れてしまっているかな?

 どこでもいい……もう一度会って謝りたい。

 ポケットに手を入れる。何故か持ってきてしまった、彼女へ送るはずの髪留めを、優しく撫でる。


「直輝さんっ!」


 突然、数歩前を歩くアズハが大声を上げた。

 振り返りこちら見るアズハの表情は真剣だ。それにどこか剣幕を見せ、


「アトゥムです!」


「えっ……」


 驚きの一言を一瞬呟き、すぐに絶句した。凄まじい威圧感が体を包む。

 俺達の歩く道の横に、一つ大きな建物があった。小学校だ……。そして、その校庭の中心に奴が居た。

 金色に輝く毛が風にたゆむように揺れている。


「…………」


 俺の方を見ずに校舎を眺めている。だが、明らかに背後に立つ存在への威嚇を込めた威圧を与えてくる。


「何者だ……」


 低く唸るような声で俺たちに訊ねた。十分距離が開いているというのに、その声はハッキリと俺に届く。

 怒っている? いや、苛立っているのか? だが、何に……?


「何者も何も、あんたがここを指定したんだろう? だから、来たんだよ」


 少し叫ぶように俺は言った。

 奴は緩慢かんまんな動作で俺とアズハが居る校門の方へと振り返った。


「……お主か」


 奴へと歩を刻む。近付くにつれ、あの時と同じように圧倒的な存在感への恐怖が強まる。

 それでも歩く。奴へ、一歩、また一歩……。

 奴との距離はザッと5メートルちょい。


「どんなつもりでこの場所を指定したのかはわからないが、俺には多大なハンデだよ」


「フンッ……ぬしの都合など知るか、この土地を訪れる事が出来ただけで幸運だと思え」


「左様で、残念ながらここは俺の故郷だ。嫌というほどこの地に足を付けたよ」


 奴の鋭い眼光が俺を射抜く。この程度で怯んでしまう自分が情けない。

 アズハは俺と奴がやり取りしている間、少し離れた位置から様子を見ていた。まるで授業参観に来た保護者のようだ。


「ほう……そういえば、どことなく…ハイメスに似ておるやもしれんな。まさか、主がハイメスの子か?」


「ハイメス? 残念ながら俺は両親とも日本人の純国内産だ」


「ふふ、ふははははははっ!」


 何が可笑しい? じーさんにもばーさんにも多分、外国人は居ないぞ? 俺はハーフでもクォーターでもない。

 まだ愉快に笑う奴が言う。


「確かに、こんな馬鹿な若造が、ハイメスの子の訳が無いな……」


「そのハイメスさんがどれだけ立派かは知らんがな。俺は今日はお前と世間話をしに来た訳じゃねぇんだよ!」


 すると、奴の気配が一変した。一切の油断の許されない張り詰めた空気が周囲の空間を支配する。


「……そうだったな。お主の命も、これで決まる訳だ。だが、よくも無謀な選択を取った。土下座をしに来たのではないのかね?」


 俺の身長より遥かに小さい犬野郎に見下される。アトゥなんとかの体長は、その辺の犬なんてものは目に無いほど、大きい。だが、それは所詮、犬の中でだ。まぁ、奴は狼らしいけど。


「こっちにも引けない事情というのがあってね、それに俺にも僅かながらな男のプライドがあんだよ」


「それでむざむざと命を捨てる訳か、面白い。それほどまでに、プライドとは重要なものなのかな?」


「今の俺にはな……」


 静かに湧き立つ戦意が俺を急かす。

 それに気付いたのか、奴が牙を剥き出しにし、体を低く構え戦闘態勢を取った。


「人間とは実に興味深い。しかし、あまりにも浅はかで愚か……。お主に相応しい姿で戦うとしよう」


 カメラのフラッシュを一気に浴びたように視界が光に包まれる。その光は一瞬で晴れたが、俺の目の前に居たはずのアトゥなんとかの姿は消え、その代わりに、


「……俺!?」


 もう一人の俺が立っていた。身長や体格が同じ、それに服装も同じだ。だが、一つだけ違うのは、その髪の色だ。もう一人の俺は金髪をしていた。

 金髪の俺が口を歪ませた。


「さぁ……始めようか」


 俺は両腕を胸に寄せ、右手を前に左手を少し引き気味にボクシングの構えを取った。

 お主に相応しい姿がどうのこうの、と言っていた。どこら辺が相応しいかは知らんが、奴はアトゥなんとかだ。

 俺の顔を殴るのには遠慮無くいけそうだ。自分を嫌ってはいないが、今は無性に自分をぼこぼこにしたい気分。


 奴も俺と同じ構えを取った。


「面白い……俺の物真似か……」



 無駄な思考を捨て戦闘モードへと移行する。

 やってやる……!!

次回はバトルが開始です。

考えてみると、まだ水害獣と一度も戦ってないんですよね。出すタイミングはまだ先かな……?

著者的には、まだ序章だと思っているので、そんな気にしてませんが。まだまだ続くみたいなんです……。

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