第十章 ちょっと災難いってくる
昨日に同じく、俺は水道局の所長室を訪れていた。今日は土曜日で学校がある訳ではないので特に問題なく来ることができた。
「待っていたよ日下部くん。……ふふ、昨日よりもやつれて大変のようだね」
今日は最初から仕事用の顔ではないが、普通に酷い事を言われた。どうやら、余計な事を言うのは交渉やそういう事ではなく、素のようだ。
「お心遣い感謝します」
「そんなに怒らないでくれ別に悪気があって言っている訳じゃないんだ。ただね、君があまりにも素直に嫌そうな顔をするから面白くてね」
椅子に座るように促しながらスラスラと言った。
ダメだこの人、俺の状態より手遅れかもしれない。
俺は昨日と同じ椅子に腰を掛け、
「それで、『力』の専門家さんはどちらに?」
と不機嫌な声で尋ねる。
俺の様子を気にする訳でもなく微笑を浮かべながら、
「もうすぐに来るさ。それまで私が知っている限りの事を説明しよう」
そうですか、とボソッと答え不満な顔を隠さず話を聞いた。
やはり、というか俺の様子を気にせず局長は話を始めた。
「最初に見てもらいたいものがある」
そう言って局長は俺の少し横の何も無い空間を指差した。
「……?」
「おや、見えないかね? 君には素質があると思ったのだが……」
何を言っている? 俺はあくまで普通の人間だ。霊能力もなければ、スプーンだって筋力をもってでしか曲げられない。どこの言葉だかわからない言語を口走ってドラゴンを召喚をしたりなども当然出来ない。
「では、そこに居る生物のヒントをあげよう。銀色の毛色をしたどこか気品のある狼だよ。それをイメージしてそこを見てごらん」
とりあえず言われるままに頭の中で想像し、その空間を見詰めた。
俺は何も特殊など力など無い、だから見えるわけ…………、
「ってマジで居るし!!」
そこには白銀の毛を全身に纏い、人間でいう貴族のような雰囲気を持った狼が居た。
驚愕する俺を嘲笑うように局長は口を開く。
「実はね、ずっとそこに居たんだよ。それが『水潔獣』という生き物さ……」
まじまじと、その水潔獣を見る。……俺が『水の世界』で会った金の毛色をしたやつと似ている。
「初対面でジロジロ見るのはマナー違反だと思いますけど?」
「えっ……あ、え……えぁ?」
局長の声じゃない。そうだ、目の前に居るこいつが喋ったんだ。
「とりあえず自己紹介をしましょうか。私は、シェリアと申します。水の世界では、あなた達ので世界で言う総理大臣という役職に就いていました。今現在は無意味な肩書きですからどうぞお気になさらないで下さい」
「……は……はい?」
ポカーンと俺は口を開いたまま唖然とした。
目の前に、女……いや、動物(?)だからメス? だと思われる水潔獣が優雅にお辞儀をしている。
「話は直水の方から聞いています。どうやら、我らの故郷でアトゥムに会ったようですね」
呆気に取られる俺に滑らかな口調で人語を紡ぐ。
アトゥムというまた変なワードが出てきたことに、
「アトゥムってなんです?」
となんとか突っ込みを入れることが出来た。
シェリアと名乗った水潔獣は、マダムのようにホホホっと笑みを零し、
「アトゥムルス・ヌン……あなたが出会った金色の水潔獣のことです。彼は、我々水潔獣の王であり、頂点に立つものです。
大変勇敢な方なのですが、どうも無茶が多く困っています。水害獣に成り掛けていたのも三日三晩死闘を繰り広げいて少しずつ侵蝕がされていたからなの」
シェリアの話し方からなんとなく、アトゥなんとかの王というのを意識して心配しているのではなく、身近な存在を心配するような感じを受ける。
だが、細かい事はどうでもいい。奴が俺に何をしたのか、だ!
「すいません、アトゥなんとかは俺に何をしたんですか?」
「それも直水から報告を受けました。あなたに自分の毛を与えたらしいですね……。水潔獣が体の一部を授けるというのは基本的に協力を意味します。ですが、アトゥムは大変プライドが高く、たとえ自分の命を救った者にも力を貸す価値があるかどうかを試すのです。
具体的に説明しますと、その毛はあなたの生命エネルギーを吸収していきます。その吸収を防ぎ、生き抜くことが出来れば合格、死ねば……不合格。
では、どうすれば生命エネルギーの吸収を防ぐのか、その具体的な方法を説明します。
一つは、アトゥムの本体と勝負し勝つ事。
二つ目に、強力な精神力でアトゥムからの吸収を止めること。
最後に、頭を下げ降参すること。この最後の方法はもちろん不合格を意味しますが、死ぬことは免れます」
簡単な話が、あいつに何かしらで勝つしかないのか……。実に勝手な話だ。俺は、あんな獣の力の協力が必要な人生を歩みたくなど無い。
是非とも頭を下げ、不合格にしてもらいたい。
俺とシェリアの会話に局長が介入した。
「さて、話は逸れてしまったが……どうするかね? 三つの方法のどれかを達成しなくては君に未来は無い。正確には二つだね……。君はもう私と約束している。『力』を得て『清き水』に入ることに…」
またまた勝手なことを俺は『清き水』に入るとはいったが、『力』を得るなど一言も……。
俺の思考を読んだかのように局長が言った。
「『力』を持たない人間が『ダイビング』を何度もするとね、体が壊れ死亡することが調べでわかっているのだよ。そもそもね……ダイビングは『力』の素養が備わっている人間ではないと、一度で死亡する。君に素養があることがわかってアズハを向かわせたが、完全に『力』をものにしていない君の体が……いつまで持つかな?」
いつの間にか、局長の顔は仕事用のものに切り替えられていた。そのことから、局長の言う言葉一つ一つが脅迫だと思えてしまう。
横に居るシェリアは口を挟まない……。
「…………俺に戦え、と?」
誰をも威圧する笑みを浮かべ局長は冷徹に答えた。
「ああ……その通り」
……笑えない。もう犬ちゃんの相手は御免だ。それに、俺の体が肉体的にも精神的にも力が残っているとは思えない。あいつに勝つなんて無理だ。
今度はシェリアが俺の頭の中を覗いたかの様に言葉を口にする。
「あなたの体の状態を一時的に緩和する事は私にも可能です」
俺ってそんな考えていること顔に出るのか? なぜ、俺の思考を読める……こいつら。
シェリアの蒼の瞳を覗き込む。
「あなたも俺に戦え、と?」
シェリアは視線を逸らし、ボソッと答える。
「ええ……」
勝手な奴らだ。
でもまぁ……最初からわかっていたのかもしれない。運命の女神様とやらを思いっ切り殴り飛ばしてやりたい気分だ。
選択権など俺の人生に無い……そう思えてしまう今日この頃だ。
一人と一匹の強い視線が俺に向けられる。
親にレールを敷かれる人生ってこんな感じなのかな? あぁ……つれぇなぁ……。
俺は覚悟を決めた訳ではなく、諦めの表情を浮かべ降参の溜息をつきながら、
「やってやりますよ……」
空しい…………。今なら、某人気ライトノベルの巻き込まれキャラの気持ちが分かる。そんな気がした。
また説明です。
次回は、特殊能力の解説です。
書いてても退屈ではないですが、読者は面白く……ん? でも世界観わかるかな…あれ? あれれ?
と言った感じに、私は客観的に自分の作品が見れない馬鹿です。