第九章 ちょっと説明いってくる
「始まりは、百年以上前のことだ。もちろんだが、私は生きてはいない。つまり聞いた話ということであって事実とは異なるかもしれない」
局長の話し始めは実に柔らかで落ち着いた声だった。
「いや、そもそも……その当時のこの世界で生きていた人間たちは知りようが無いことだ。言い直そう、誰も知らない所でそれは始まった。
簡単に言うとだな……そうだね、異世界という所で突然、『水害獣』という生物が誕生した。なぜ、どうやって、そういうものは一切わからない。前触れも無く奴らは現れた」
局長は椅子から立ち上がり、おもむろに歩き始め、そのまま説明を続けた。
「水害獣の目的は不明だ。本能に従い他の生物を襲うだけなのだろうと思っていたが、どうも奴らには明確ではないにしろ何か目的があることがわかった。これは、私個人の考えだが、奴らはどうも……俗に言う世界支配を目論んでいると思うのだよ。もちろんそういう考えに至る理由はいくつかある。
まず一つに、奴らは無闇に破壊行動をしないということだ。人を襲うことはするが、建造物などに手を出す事はないのだよ。だが、かといって躊躇いがある訳ではないだろうがな……」
俺は局長の話を、すべてを鵜呑みせず自分なりに解釈をしながら聴いた。
身振り手振りなど、体の動きを使わない局長の話は本来なら、学校の校長先生の話より退屈なものであるが、自分の命が懸かっているとなると嫌でも集中できる。まぁ嫌ではないからかなり集中できる。
「そして、奴らはどうやら殺す人間と仲間にする人間を何かで判断しているようだ。それは無意識の判断よりも高度なものなのだよ。何故そう思うのか、と言うとね……奴らは仲間にするべき人間は一切攻撃を加えないのだよ。むしろ守ろうともするぐらいだ。
更にね、その判断が妙に早過ぎる。まるで……調べがついているようにね。そこでだ、偏見かもしれないがあの獰猛な生物達がまともな思考できると思わない……そう考える訳だ。そして、答えが行き着くのは、奴らの上に立つ何者かが居るのか、はたまた奴らは成長すると人間並みの頭脳を持つか、だ」
……今一、説明が足らないような。それに気になる点が二つほどある。
一区切りついたようで、少しの間を空ける局長に疑問を投げ掛けた。
「局長、少し気になる点があります。奴らが、仲間にする人間とはなんですか? それに、俺が遭遇した水害獣は人語を喋りましたよ。十分に人間並みの思考が可能なのでは?」
フム……と頷き、局長は話を再開した。
「話をするのに夢中になってしまい、どうも伝えるべき情報を伝えていなかったね。気を取り直して説明をしよう。まずは水害獣の特徴を詳しく解説しようか。
奴らはね、名前のとおり水に害をなす生物だ。先ほど話したが、私は奴らの目的は世界支配だと思っている。その方法というのが、自然の汚染だ。私たちにとって汚染であっても奴らには住みやすい環境に変えているだけなのだろうがな。
ただ、その世界に居るだけで自分の周囲から奴らは水を汚し、空気を淀ませる。その侵蝕スピードは尋常じゃない。
だがね、上級の水害獣の侵蝕はもっと恐ろしいものだよ。最初の段階ではそれほど脅威ではないのだが、最終的な結果は恐るべきものだ。まず始めに、物理的に世界を凍らせ出すのだよ。その段階では単純に、地面が冷たいとか空気が冷たいで済む話だ。恐ろしいのはその後、どういう原理だかわからないがね、奴らは時間をも凍らせる……」
物理的に凍らせる……。ふとあの日の家の床が冷たくなっていた事を思い出した。では、あの金色の毛をした狼は上級の水害獣だったのか?
あれ……待てよ。でも、奴と会ったのはここじゃない世界ではなかったのか?
「時間を凍らせると言われてもピンとこないだろう? 私もね実際に体験したことがないのでわからないが、聞いた話だとね、すべての動きが止まるらしい……。ピタッと動きを止め、誰も何も動かない。空を羽ばたく鳥はそのまま固定され、人々の表情もそのまま、天気も変わらない……。
だがその中で水害獣たちだけは動けるのだよ。興味深いことだ。調べようが無いがね、調べるにも私も凍ってしまう」
時間の静止か……。それまた壮大な話だ。そんなことが出来る生物とご対面していたとは驚きだね。実に笑えない。
「付け加えるが、別に世界を氷付けにするわけじゃない。あくまでその水害獣の周囲だけが物理的に凍るだけだ……。時間を止める事のオマケのようなものだね。
さて次に君の気にしていた、仲間にする人間の話だ。奴らの恐ろしい所の二つ目はそこにある。奴らに生殖機能は無いらしい。そこで、だ。ではどう増えるのか……。
……結論から言おう。奴らは他の生物に噛み付いたり、体の一部を埋め込んだり……と、なんだかB級ホラーの怪物のように増えるのだよ」
「なっ!?!?」
体に衝撃が走る。椅子に腰掛けていなかったら足に力が入らず倒れていただろう。
奴は確か……自分の毛を俺に仕込んだと言った。つまり……俺は…………。
「君には刺激が強過ぎたようだね。だが、安心したまえ。君は水害獣にはならない……。それについて今から話をしようか……。
今まで人語を喋る個体は発見されていない。今現在……まで一度もね」
「さっき俺は言いましたよ。奴らの中には喋れる奴は居ます」
「おや、焦って頭が働かないかな。答えは簡単さ……君の出会った生物は水害獣じゃないということだ」
水害獣じゃ……ない? では、奴はなんだったんだ?
俺は答えを求め局長に目を向ける。俺の視線に気付き、局長は微笑むながら言った。
「一応は水害獣とも言えるかもしれない。成り損ないだね……。君とアズハの対応がもう少し遅くなっていたら完全に水害獣になっていただろうね。
ではあの生物はなんなのか、それが気になるだろう? あれは、我々が『水潔獣』と呼ぶ生物だ。名前の通り水に優しい生物だよ。つまり、水害獣とは対極の位置にいる生物さ」
「水潔獣……?」
俺の言葉に軽く頷き、局長がずっと歩き回っていた足を止め、椅子に座り直した。
「そうだよ。水潔獣の説明をするためには、最初の歴史の話に戻らなくてはならない。百年前に水害獣が誕生した、と言ったがね、水潔獣はもっと昔からまた水害獣が誕生した世界とは別の異世界で暮らしていた…………」
「はぁぁ〜〜〜〜…………」
俺は水道局からの帰りの電車で深く溜息をついた。
やってらんねぇ。どうして俺を巻き込むんだって話だ。
俺達が生きるこの世界に水潔獣とかいう生物がやってきたのが十年ほど前の話らしい。随分と最近の話だったんだなと驚いた。
水潔獣は当時の国のお偉いさん方と交渉したらしい。
『あなた方の世界を守るのを協力する代わりに、我々の目的にも手を貸して欲しい』
そんな事を言ってきたらしい。もちろん日本だけではなく様々な国に訪れてきたという。それにしても、お偉いさん方……大変だったんだろうな。喋る獣の時点で慌てはためいただろうに。
最初はもちろん色々ごたごたしていたらしいが、水害獣の襲撃があり、どこかの国の土地が汚染され、今でも立ち入り禁止区域にされているらしい。まぁ何にしろ、それにより水潔獣と人類は手を組む事になったという。
それからだ、国は極秘裏に水害獣に対する計画を立て、水道局に対策本部を置いた。今では水道局で働く職員はすべて軍人らしい……。表向きは水道局で、裏では世界を守る秘密結社(?)といった感じのベタなやつだ。
水害獣との戦いは『水の世界』と呼ばれる水潔獣たちの故郷で行われた。水の世界はすでに時間が静止しているらしく、世界が機能していないらしい。では、なぜそこに行っても動けるのか、というとその世界が静止する瞬間に居なければ関係無いという。
水の世界は本来、そう呼ばれるように自然が溢れ綺麗な水が流れていたという。だが、水害獣の襲撃により自然は破壊され時間も静止した。水潔獣たちは故郷がそうなる前に脱出し様々な世界へと散ったという。
故郷の有効利用するために、よく理解できないが俺の居る世界とリンクさせ全く似せて作り、水害獣が攻撃をしてきた時、そっちに流れるようにしたらしい。
つまり、水害獣が攻めてきても水の世界に行き、こっちの世界にはあまりダメージが無いという画期的システム……らしい。
まぁ簡単な話が、水の世界をダミーとして(これもまた説明が理解できなかったが、似ている世界というより、ほぼ同一のものの為お互いに多少が影響があるらしい。つまり、水害獣が水の世界にいるというのに、俺の家の床が冷たかった、といった感じだ)被害を少なくしていたということ。
水害獣との戦闘手段については詳しくされなかった。
『それについては、私より専門家に聞いた方がいい。明日、また来てくれるかな? 君の命の事もあるが、その前に君の中に潜在する『力』についての説明をするから』
そんなこと言っていた……。俺はノーマルだ、そんな大層な力は持っちゃあいない。アズハみたく何も無い空間から杖を出したりするなど不可能だ。
やってらんねぇ……。もう一度呟く。
局長曰く、俺の協力が無いと世界が滅びるらしい。いや、正確には俺のような『力』を持った人間の協力がないと……って俺はそんなもん持ってねぇって!
「なんだかな〜〜」
俺以外誰も居ない車両の中、物凄く遣る瀬無い気分の俺は長く息を吐き出す。
これは回避不可のフラグなのか? 人質は俺の命、死にたくなければ協力しろ……無茶な話だ。
俺は何も持っちゃいないさ……誰も何も守れやしない。
完全に説明モードです。
内容もサブタイトルも描写も……。
文が詰まっていて読み辛くなっているかもしれません。パソコンで書いているので、ケータイの人には苦しいところがあるかと思います……すみません。
次もこんな感じです。そのまた次も……。
もう少し、纏めろって感じですね。自分でもそう思います。