仮面外れる時・ニューイヤーズイブ
前作である仮面外れる時、仮面外れる時・ピロー(ミッドナイトノベルズの18禁ノベル)を読んでいるといろいろわかる続編って感じです
十二月三十一日、大晦日の朝。
「お待たせ不破さん、起きてる?」
「もちろん!」
不破家に訪れたわけだけど、彼女は出かける準備万端って感じで他所行き衣装に身を包み玄関で正座していた。どれだけ楽しみにしてたの……って呆れるのが正直なところだ。
「じゃあ早速行こっか! の前にどっか寄り道する? 私はそれでいいけど」
「八科さんがいないからって抜けがけしちゃダメでしょ」
「楓、そういうこと言うんだ。まあ私達を恋愛対象として見てくれるなら全然それでいいけど」
ちょっと拗ねた風に言いながら不破さんはよっこらせと立ち上がる。言動とかはいまいちやんちゃっぽいけど、ふわっとした髪型とか大人びたモデル体型とか、本当に黙っていれば眠り姫なんだけど。
私は、もう二人が真剣だっていうことは理解しているし、私だってそんな二人と前向きに関係を考えていきたい。
八科さんも不破さんも私にはない魅力を持っている人だし、その気持ちをこそばゆく思うこともある。
既に一線も越えた。……越えたからなぁ……、と思うのは不純かもしれない、既成事実で気持ちを固めるというのはよくないかも。でもそれをなかったことにするのも不誠実だし、二人に誘われて、それを受け入れたのも私だ。
結局、越えた一線というのは私の気持ちを固めるのに十分な効果があったわけである。不破さんの体は触ってて飽きないし、八科さんは、その、とてもよいきもちになれる。
大晦日に私は何を考えているんだろうと自嘲するまでこの間三秒くらい。
「じゃ八科さんち行こっか」
「はいは~い。じゃ行ってきまーす」
――――――――――――――――――――――
大晦日、から年越し、初詣、このイベントを三人で過ごす。
計画はそれくらいしか決めてなかった。不破さんが突然言い出して、なんでも予定は決めずダラダラした方がいいとか。
私も気張って予定どおりにするのは好きじゃないけど、何も考えないのも苦手だ。だから不破さんの提案を素直に受け入れるのは少し悩んだ。
ただ、三人で新年を過ごすっていうのは、してみたい。今まではありもしない家族との用事って嘘をついて、誰ともしなかったことだったから。
何をするかはちょっと考えたけど八科さんの家ってなにもなかった気がする。テレビとか映画のDVDがあったと思うから、それを手あたり次第、っていうのが無難だろうけど。
「不破さんって、こういうの他人と過ごすことあった? 大晦日をさ」
「ん? ないない。っていうか楓は他人じゃないし」
「そうじゃなくって、家族以外とってこと」
「そこはノーリアクションですか……、初めてかな~。恋人と過ごすのも初めて」
「やっぱそうなんだ。八科さんもそうなんだろうねぇ」
「ノーリアクションですか!」
「こういうことしてほしいわけ?」
ゆらゆら歩く不破さんの手を強引に握ってみた。ポッケに入ったり出たりする手は寒そうだったけど、そんなに手持ち無沙汰なら繋ぐくらいしてもいいだろう。
わかりやすく動揺した不破さんはこれでもかってくらい目を開いて私を見た。なんなら足もとまりそうだったのを、ひっぱるみたいに歩かせる。
「どうしたの、未代」
「…………ずるい……」
「にひ」
悔しそうな息が漏れるのが聞こえる。八科さんに比べて不破さんはわかりやすく動揺してくれるから面白い。
年上のお姉さんみたいな不破さんだからこそ、こういうのを見るのが楽しい。
やっぱり不破さんは本当に可愛いからなぁ。
羨ましいし悔しいって気持ちもなんか出てくる。だから意地悪したくなるのかもしれない。私の性格が悪いだけかもしれない。
「不破さん手汗ヤバ」
「……! うるさいっての!」
手を強引に振りほどかれる。そんなに怒らなくても、大晦日から怖いなぁ。
―――――――――――――――
「どうしたの、未代」
本当にずるい、と思った。手を繋ごうか繋がないか、なんてくだらないことに悩む自分にだって自己嫌悪するくらいなのに、あっさり平気そうにそれをする楓に、動揺しないわけがない。
こんなに平気な顔をされると私のことを何も意識していないのではないかと思う。夜に出掛けてもいいようにあったかくした格好が、ますます羞恥と緊張の熱をこもらせていく。
「ずるい」
「にひ」
意地悪な笑顔を浮かべる楓は本当に悪魔みたいだった。私がどれだけ、どれだけ緊張しているかわかってなさそうな。智恵理に悪いなぁなんて思うくらいには罪悪感まであるのに、心臓はバクバクいうし足元もおぼつかないくらいドキドキしているのに。
ヤバい、汗が、なんか密着して、汗が広がる。
「不破さん手汗ヤバ」
反射的に手を振りほどいた。いやだって、こんな手は繋げない。
「うるさいっての!」
冬の温度が熱くなった手に心地いい。どんどん二人分の体温が落ちていく空の手を、寒くなってから強く握りしめた。
――――――――――――
「ようこそ」
「半纏八科!」
ジャージの上にもこもこした半纏をまとった八科さんが出迎えてくれた。なんだか似合っているけれど、これはまさかこの格好で出かけるわけないよね。ジャージっていうのもあれだけど。
八科さんは寒そうに腕を組んだままくるり振り返って家の中に進んでいく。
私と不破さんがそのあとを追って、最後には彼女はおこたの中に体を入れた。
「八科さん寒いの苦手?」
「好きではないです」
「ふぅん……お兄さんは?」
「部屋にいます」
こたつに座っている八科さん、なんだかすごく……様になっている。ネコ……みたいな……。
「お邪魔します」
「私も」
コートを脱ぎ散らかしてこたつに入る。不破さんが八科さんと向かい合う形で、私はテレビを真正面に見る位置を陣取った。
で、することはない。
「八科さん何してたの?」
「お二人を待っていました」
ああ、そんなことだと思った。不破さんも八科さんも忠犬だなぁ。出かける気満々だった不破さんに比べてこたつでぬくぬくの八科さんはちょっと忠実じゃないけど。
「……映画なんか見ていい?」
「どうぞ」
とりあえず、だらだらと過ごした。
――――――――――――
八科さんのお兄さんが買い出ししてくれて、お昼はピザやコーラ……。
堕落! こんな……こんな楽しい大晦日しちゃっていいの!? みたいな贅沢の限りを尽くした時間を過ごしていた。
テレビでやっているお笑い番組や音楽番組をつけたり、メジャーな映画を見たり。
とりとめのない時間だった。ただ、いつもと変わらないような時間。
ただ私にとって特別なのは、前に八科さんの家に来た時は喧嘩するみたいな空気だったこと。
八科さんのことに踏み込むことができなくて、臆病になっていたこと。
だから今、こうして改めて三人で八科さんの家で楽しく過ごせているのは、少し特別な心の穏やかさが、過去を乗り越えたという気持ちもある。
憂いがない――というのが穏やかだ。
二人と一緒に過ごすことに、きっといろんな波風があるだろう。人生のすべてが幸せなわけじゃないだろう。けれど、この二人は私にとって信頼できる人間で、その二人に関して信頼がおけるということが絶対だと思える、それが安心なのだ。
「……好きだよ、二人とも」
ほろりと呟いた。
とっさに口から出てきた言葉は、二人の注目を集めてその場の空気を凍り付かせた。
少し焦って、自分でも驚いたけれど、今はそんな自分の言葉も素直に受け入れられたし飲み込めた。
だって二人のことが好きなのは本当だから。
「い、いきなりなんさね樋水さん」
「……そう思っただけだよ。悪い?」
「悪いわけないけどさ」
映画のラストシーンが近いのか、穏やかな音声だけが部屋に流れる。二人からの言葉は出てこないし、さっきまでもそんなに喋ってなかったから変化はないようで、妙な緊張感があった。
けれども、やっぱり穏やかな気持ちだった。居心地の悪いような緊張感の中で、私は二人と一緒に入れて居心地の良さを感じている。二人が少し気まずそうなのは、申し訳ないかなぁと思ったけれど。
「私も好きです、楓」
「ん、ありがと、智恵理」
「わった! 私も! 私も、楓のこと好き、大好き!」
「うん。ありがとう、未代」
また、少しだけ沈黙の時間があって。
智恵理は大仰に、心臓に手を当てているようだった。口は半開きで、私の方を見ている。表情に疎いなりの彼女が、目に見えて動揺している。呼吸も心なしか荒く、普通の人でもその音が聞こえるくらいだろう。
未代はそれよりもすごくわかりやすい。私をどうにかする、ってくらいの顔で見てくる。
「幸せだよ、二人と会えて」
「楓、私は、私の方が」
「そう! そうだよ! 私たちの方が楓に救われて」
「お互い様だよ。わかるでしょ」
二人の苦労や孤独のことを私もちょっと知った。けれど二人が知らない私の孤独も、二人に癒された。
面倒臭くて相手してられない、魅力的だけど奇妙な二人。
二人で良かった。
「二人とも、かわいい」
「……か、かなわないなぁ、楓には……」
「……同意します。なんでしょうこの、高揚感と敗北感は……」
「なにそれ」
二人が困っているのはわかるけれど、どうして困っているのかっていうのはあんまりよくわからなかった。そんなに変かな、私。
――――――――――――
今日の楓は何かが変、という感じでした。
いつもは恥ずかしがり、好意すらろくに出せなかった楓が、今日は何の屈託もなく私と未代への好意を口にしている。
クリスマスにキスをされた時からか、それとも性行為をしたからか、とかく楓は自分でも飲み込めなかった私たちへの好意を十分に理解したのではないかと思います。
そんな楓に好きと言われると。
言われると。
ロボットなどと言われることはありますが、だとすればこれがバグだといわんばかりに体がおかしくなってしまいます。
楓のことが好き。
未代のことが好き。
それぞれ好きといっても私にとって別個の感情です。
楓は私にとって、神のような存在といっても過言ではありません。忠誠、尊敬、無償の愛、私にとってのすべて。
未代はそんな楓と私との距離感を示したりする神職のような存在でしょうか。彼女がいなければわからないこともあり、彼女がいて私たちの距離感が均等に、正常に保たれているという自覚があります。
けれど、便利に扱っているだけではありません。
彼女は頭脳は狡猾な蛇のようだと思っています。けれどその奸智も全て楓のために、いえ正式には私のためもで楓のためでもなく、楓と近づいて幸せになるために。
彼女のことは、本当に尊敬して、あこがれています。私にできなかったことをしてくれる。未代がいてくれたおかげで楓と今こういう関係になれている。
私一人だったらきっと諦めていた。私は昔の孤独に逆戻りして、楓も高校を辞めて一人になっていたかもしれない。
図太くて図々しい、そんなところのある未代だからこそ頼りがいがあるのです。
――ただ、そんな好意を私は素直に受け入れられていないのかもしれません。
未代や楓に好きだと、伝えることの難しさを感じています。
特に未代は、その性質があまりに私と異なるために相容れぬ点で素直に好意を伝えられないことが多々あります。
こればかりは人間の難しさだとも思います。あの人は良いところも悪いところもある。それをひっくるめて愛する、なんて。
どうせなら直してほしい、あれさえなければいい人なのに、そんな際限のない欲望が、自分勝手なわがままが人を好きでいることを難しくしてしまう。
好きなのに、好きでいるということさえできない。
「……じゃあそろそろ私いったん出る! よいお年を!」
「ああ、うん。好きにしたら」
未代が部屋を出て廊下にスタンバイを始めます。
時間は既に十二時前、新しい年を迎える直前です。
未代は、楓に最後によいお年をという人になって、あけましておめでとうと最初に言いたい、というのでわざわざこの年を明ける瞬間彼女と離れることにしたそうです。
独占欲のようなものなのでしょうか。楓の最初になりたい、という気持ちはわかりますが、その間、私と楓が二人きりになるというのは本末転倒のような気もします。
年越しの瞬間に二人きりにしてくれる、なんて気配りをするような人ではないでしょうが。
「不破さんのこだわりは変だね」
「そうですね」
楓も少しして、私たちを名字にさん付けする、普段の様子に戻りました。けれど、どこか険しい雰囲気はなく、どこまでも柔らかな春風のような爽やかなところがありました。
私も、今の楓のような心地よいゆるさを、持てたらと思うのですが。
「そういうところが可愛いけどね」
「……楓は、未代のことをよく可愛いと言いますね」
「うん。未代は本当に可愛いでしょ」
「……そうですか」
未代のこだわりを、可愛いの一言でまとめられないところですが、そういうところに女性らしさ、あるいはより幼げな女の子らしさ、があるのでしょうか。
私にはいまいちできないことです。好かれるためにそういう変化をしたいとも思うのですが。
「八科さん、気にしてるでしょ。不破さんよりアピールできてないとかで」
「、そんなことは」
「わかりやすいよ~? そんなの隠したり嘘つかなくていいのに」
「……」
見透かされているらしく、楓は距離を詰めてにひひと笑います。
あなたも充分可愛いです。可愛らしいです。
可愛い、というのでしょうか。あなたをかきむしりたいような、この感情は。
「八科さんも少しは自分を出した方がいいよ。……って前も言って、その時は好きだって言われてテンパっちゃったけどさ」
私が楓に告白したとき、憶えています。今みたいな言葉を受けて、楓のいう通りにした。
「今だったら、受け入れられると思う。うん、キスも、……エッチもしたしね。八科さんに何言われたって平気だよ」
「…………」
どこか昂揚しているような楓は、そんなことを言いました。強気、とさえ思います。それが楓とは思えないほど。
また、言葉を失ってしまう。あなたは、どうしてそんなに私に優しくしてくれるのか。たとえあなたを神だと思っていても無償の優しさを当然と受け入れることができません。
あなたが与えてくれる全てに感謝をしている。だからあなたのことを好きでい続ける。
「……いいんですか?」
「いいよ。八科さんの、智恵理の、智恵理ちゃんのわがまま聞いてあげたいな。なんてね」
好きだって。
考える能力を失うほどに好きだと思う。充分な理由がある。彼女のやさしさが理由だと思う。
けれど好きだ。この瞬間の好きだと思うときだけはそんな理由が何もかも吹き飛んでしまう。彼女だから好きなんだと思ってしまう。まるで無意味な理想を押し付けるように無条件に大好きだと思ってしまう。
たまらない。たまらなく苦しい。胸が苦しいほどに、彼女のことを想う。
好きが苦しいのか、好きすぎて行う何かを耐えるのが苦しいのか。
わからないけれど、したいことがある。
「いいですか?」
「くどい。あんまりいうなら心変わりしちゃうけど」
「いえします。します」
あなたがそういうから私が自由にするんです。
今は不破さんもいません。ちょうど、傍にあなたがいるから。
ゆっくりと彼女の顔に近づきます。それを受け入れるように目を閉じて穏やかな表情で楓は待っている。
私は――楓の鼻をかじりました。
「いって! え、なに!? え!?」
がりっと、結構深く。少し歯形のついて赤くなった鼻と涙目の楓が訴える視線で私を見つめます。
「いよハッピーニューイヤー楓! 智恵理!」
ああ、年越しですか。
そんなことさえ忘れていた。
私の感情はなんなのでしょう。考えてもわからない、決してわからないでしょう。
私の印をつけたいとか臭いを覚えさせたいとか彼女を食べてしまいたいとか痛めつけたいとか不破さんより印象に残りたいとかなにかはあるのでしょう。そのすべてかもしれないしそのうちの何かかもしれないしまだ知らない何かかもしれない。
ともかく、私は彼女の鼻をかみたいと思った。今はそれでよかった。
「……あけましておめでとうございます」
「いや! いや、うん……おめでとう」
楓は、この方がいいかもしれない。その感じでいれくてると、私がもっと、自由にできる。
ごめんなさい。好きだから、いろいろさせてください。