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プールのループ

作者: 永谷 園

今日から毎日投稿でなにかを書いてみようと思っています。

こわい話を多めに書く予定です。

よろしくおねがいします。

大学三年の夏、友人と三人でプールに行った。

ウォータースライダーや流れるプール、ジャグジーなんてものまである素敵な室内プールだった。

周囲は親子連れでいっぱいの中、流れるプールで遊ぶ22歳の男性三人。

友人たちのことはAとBと呼ぶことにする。

若干ではなく周囲から浮いているように感じたが、そんなことは構わずに遊んだ。

どうしてみんな市民プールに来ないのだろう。こんなにも楽しいのに。

そんな風に思ったが、友人に誘われるまではプールに行きたいという発想そのものが出なかった。

きっとそんなものなのだろう。


プールに行くと、ここに昔来たことがあったのを思い出した。

当日、偶然出会った男の子と一緒に遊んだのをなんとなく覚えている。

引っ込み思案な子どもだったのに、よくも知らない子と遊ぶことなどできたものだ。

思い返すと、子どものころのほうが意外と積極的だったのかもしれない。


1時間ほど遊んだところで、友人たちとはぐれた。

流れるプールで仰向けになり、流されるままにプカプカ浮いているうちにはぐれてしまったようだ。

また流れされているうちにまた再会できるだろうと思い、あまり気にせずにそのまま何分も流れていた。


突然、水中で右足をつかまれた。

すごい力で引っ張られる。何事かと焦ったが、そこは20代男性。余裕で地面に足もつくし、踏ん張りもきく。転んで溺れるようなことにはならなかった。

どうせ友人二人のどちらかだろうと思い、やり返そうと水中にもぐる。

しかし、そこにあったのは友人の姿ではなかった。


そこにいたのは、少年だった。

肌は青白く、やせ細っていた。髪がやや長くて一瞬女の子かと思ったが、海パン一丁だったので、男だとわかった。

さきほどの引っ張る力から想像した姿とはかけ離れていたので驚いた。

水中ゴーグルも帽子もつけておらず、目が思い切り見開かれていた。大きな黒い目がこちらを見つめている。

誰かと間違えてイタズラしたのに、知らない人だったからびっくりしたのかもしれない。

ゴーグルと水泳帽子をつけていると顔の個性はおよそ8割くらい失われる。

判別できるのは性別と体格くらいだ。間違えられたとしても不思議ではなかった。

数秒見つめあったあと、少年は口を動かしてなにかを伝えようとしてきた。

「あ」

「お」

「お」

という口の形だった。おそらく口の動かし方的に「お」が2回か3回かどちらかだった。

息が持たなくなって水からザバッと顔をだす。

少年は顔をあげなかった。自分は息がけっこうギリギリで上がったつもりだったので、そんなに息がもつのか、とまた驚く。

あまりにも上がってこないので、不安になり、もう一度水中へともぐってみる。

しかし、さきほどの少年の姿はどこにも見当たらなかった。

おそらく、誰かと間違えて自分の足を引っ張ってしまい、怒られると思って逃げ出したのだろう。

すこしイヤな気持ちはしたが、子どものしたことだしそこまで気にすることでもない。


そんな風に思っていると、プールの休憩時間を知らせるチャイム放送がなり、水からでなければならなくなった。

プールから上がると、さっきの少年がやってくる。

やはり肌が青白い。ちゃんとごはんを食べているのか不安になるほどだった。

なんだか、彼の周囲だけやけに空気が冷たい気がした。色でいうと灰色に感じた。

自分も、周囲からそのような空気をまとっていると言われることが多いので、なんだか親近感が沸いた。

それから、まだほかにも違和感がある気がしたが、なんだかよくかわからない。

「あそぼ」

少年が言った。

なるほど、さっきの「あ」「お」「お」は「あそぼ」だったのか。

しかし、知らない子どもにいきなりそう言われても正直困る。

「ひょっとして君、迷子になっちゃったの? お父さんとお母さん呼ぼうか?」

みたところ、小学校高学年くらいの外見をしていたので、迷子ではないだろうと思っていたが、一応聞いてみた。

しかし、少年は黙ったまま首を横に振り、じいっとこちらをみつめるばかりでそれきり喋らなかった。

「遊ぶってなにして遊ぶの?」

試しにそう聞いてみると、少年はウォータースライダーを指差した。

「あれか。でも、なんで俺と……? 別にちょっとくらい遊んでもいいけど、誰か他の子とかと来てるんじゃないの?」

遊んでもいい、と聞くと少年の顔が青白い顔がぱぁっと明るくなった。

しかし、質問には答えてくれず、黙りこくったままだった。

途方に暮れそうになったところで、後ろから友人たちが声をかけてきた。

「おーい! そんなところでなにやってんだ?」


「おお! いや、なんかこの子がいっしょに遊ぼって言ってくるんだけど、俺もどうしたらいいかわかんなくて」

「子ども? なに、どの子のこと言ってんの?」

振り返ると、少年はもういなくなっていた。

「どーしたんだよ、小学生にナンパでもされたの?」

Aが笑いかけてきた。

突然いなくなったことは不思議だったが、向こうも知り合いと再会したのかもしれない。

奇妙な話ではあったけれど、きっと子どもの気まぐれだろうし、そこまで気にするほどでもないと思い、二人と歩き始めた。


「ウォータースライダーに乗ろうぜ」

Aが言ってきた。

多少並んではいるものの、列の進み具合からみて5分くらい待てば乗れそうだった。

ウォータースライダーは長い筒状になっていて、3階くらいの高さから螺旋状にぐるぐると回ってしたに降りていくようにできている、そして、円の半分くらいは室外へと飛び出しており、外の景色が少しだけ見えるようになっていた。

とても素敵だと思った。

こういう遊びは久しぶりでけっこうワクワクした。

「いいよ」

三人で列に並んだ。

列で待っている間、ふと、さきほどの少年のことを思い返す。あれはなんだったのだろう。

そういえば、少年は帽子をかぶっていないのにプールの監視員はまったく気が付いていない様子だった。

「意外と並ぶな」

Bが言った。

たしかに、すでに5分くらい待った、目算を誤っており、半分くらいしか進んでいなかった。それに、なにもせずに待っているとさらに長く感じる。

「こういうアトラクションって、乗ってる時間より待ってる時間の方が圧倒的に長いよな。なんか損してる気分になる」

Aが不満を言った。まったくもってその通りだと思った。

「ウォータースライダーが無限ループになってればいいのに。そしたら、一回乗っちゃえばずっと遊んでられる」

我ながら賢い発言だと思う。

その時、後ろから少年の笑い声が聞こえた気がした。

あたりを見回すが、誰もいない。

たぶん気のせいだったのだろう。

「もう滑って大丈夫ですよ」

監視員の女性が言った。

A、Bと順番に滑っていく。


自分の番がきた。ウォータースライダーに入る。

「もう滑って大丈夫ですよ」

女性の合図で、勢いよく体を押してスライダーに飛び込んだ。

飛び込む瞬間、どこからか、またあの少年の声が聞こえた気がした。


「これでずっと遊べるよ」


スライダーの中でぐるぐると回る。ぐるぐるぐるぐる。

回り続けた。スライダーはこんなに長いものだっただろうか。

途中、室内から外へと飛び出すゾーンがあり、筒上部が透明になっている箇所にさしかかった。

外の様子がほんの少しだけ見える。

すぐそばに針葉樹があり、枝のところに鳥の巣がある。のどかな景色だった。

とても気持ちがよい。今日はプールに来てよかった。

ぐるぐるぐるぐる。滑り続けた。

そろそろゴールのはずだった。というか、そう思ってからまた何分も時間が経っているように感じた。

さすがにおかしい気がする。いくらなんでも、あの3階分の高さのウォータースライダーがここまで長いはずがない。

そんな風に感じ始めた時、また先ほどと同じように、筒の上部が透明になり、外の景色が見えた。

その景色を見て驚いた。

さきほどと、全く同じ景色だったのだ。

針葉樹に鳥の巣、全く同じ角度で同じ位置に見える。

印象に残っていたので、間違いだとは思えなかった。心臓が跳ね上がる。

僕は、壁に手をついてスライダーを止めた。

この後どうなるかは考えていないが、最悪係員になんとかしてもらえるだろう。

そう思ってすこしの間止まっていると、ドドドドド、という音と共に上の方から大量の水が押し寄せてきた。

ドッパーン、と水流の勢いに飲まれ、とても踏ん張ってはいられなかった。鼻や耳に水が入る。

息も絶え絶えのなか、ウォータースライダー一周分くらいの長さを流れると、また以前の速度に戻っていた。


「これで、ずっと遊べるよ」


スライダーに乗るときにどこからか聴こえた声が、頭の中で響いた。


それから、どのくらいの時間が経っただろうか。

すでに7回ほど鳥の巣を同じ角度から見ている。

流れている時間は楽しい時間だから、短く感じるというのが一般的だが、なぜか楽しい時間を長く感じているのかもしれない。そのような幻想はあの大きな水流と3回目の鳥の巣で打ち消された。

確実に同じ場所をぐるぐる回っている。

日々のストレスでついに脳がイかれてしまったのだろうか。

まだまだ若いのになんだか悲しかった。

ずっと座った状態で滑っていたが、だんだん疲れてきてしまった。

いつまでこの状態が続くかわからないが、試しに仰向けになってみた。

これですこしは楽になる。

背中ごと水に浸かってみると、とんでもなく加速した。

きっと空気抵抗が少なくなり、代わりに水流に触れる面積が広くなるからだろう。

ウォータースライダーとは本来座るものではなく寝るものなのかもしれないと思った。

しかし、どんなに加速しても加速しても、いつまでたっても出口へと辿り着くことはなかった。

また、少年の笑い声が聴こえた気がした。


14回目の鳥の巣を見た。いや、15回目だったかもしれない。

ぐるぐるぐるぐる。同じ場所を何度も回る。

明らかに異常事態だったが、解決の糸口は見つからなかった。

思い出されるのは、あの少年だった。

ひょっとしたら、あの少年がなにか特別な存在で、こうしてスライダーを無限ループにする力をもっていたのだろうか。

だとしたら、なぜ自分がターゲットなのだろう。突然少年に足を捕まれ、そのあとに遊んでも構わないと言っただけではないか。

それがどうしてこんなことになったのかわからない。

どうしてだろう。

いや、そもそも原因はあの少年にあるのだろうか。

ほんとうは全然違うところに問題があって、さっきの少年はまったく関係ない可能性だってある。

やはり脳がイかれたのだろうか。

実は自分はプールで事故にあって、いまは病院で意識不明の重態になっていたりするのではないだろうか。そう考えると納得はできるが、やはり悲しかった。

ぐるぐるぐるぐる。スライダーを回り続ける。


たぶん37回目の鳥の巣を見た。

そもそも、いまのこの状況はなにか問題があるのだろうかと考え始めた。

並んでいるときも話していたが、スライダーは待っている時間が長い。

無限ループ構造になっていれば、こうして楽しい時間が長くなるのだ。

自分は列に並んでまでこのスライダーを楽しみたかったのだ。

ずっと流れたままでも、楽しいのならばお得だ。

37回滑るためには、本来は37回並ばなければならないはずだった。

そう考えるとなんだかとても楽しくなってきた。

少年にお礼を言いたい気分だった。

ぐるぐるぐるぐる。スライダーが回り続ける。


たぶん76回目の鳥の巣。

もう何時間流れているだろうか。時間の感覚は完全に失われていた。

いったいあとどれくらいの間流され続ければよいのだろうか。

自分はもう一生このままなのだろうか。

家に帰ることも出来ず、食事をとることすらままならない。

このままどんどん加速していくうちに、そのうち光速を超え、過去へと巻き戻ることになるのかもしれない。もしそうなったら、そんな速度に自分の肉体は耐えられるのだろうか。

不安がどんどん強くなっていく。


「これでずっと遊べるよ」


そう。きっとこれは遊びなのだ。

124回目の鳥の巣を見たとき、全てが受け容れられるような、清々しい気持ちになった。

脳がイカれていたのだとしても別に構わない。

あの少年がこの遊びの首謀者だった場合でも、そうでない場合でも、その他なにがどうだったとしても、すべてを受け容れよう。

自分にとっては、きっとすべて、あの少年との遊びなのだから。

どこからか聴こえた、少年の声を思い返した。

ぐるぐるぐるぐる、回り続ける。


その後、16822回目の鳥の巣が見えたとき、自分は考えることを辞めた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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