097 半額サービス
振り向くとそこにアユミが立っていた。
真新しい革の鎧を着て、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「どお? 似合う?」
「お、おう。そうだな」
「変じゃない?」
「変じゃない……と思うぜ」
正直に言えば、カエル族であるアマンに人間の美醜が判断できるのかは甚だ疑問である。
ただ目の前でもじもじとしているアユミが単純に可愛らしいとは感じた。
「むぅ」
完全に納得はいかないような顔をしながらも、アユミは備え付けの姿見で自身の姿を入念にチェックした。
上半身に来ていた藤色のサマーセーターは脱ぎ棄て、専用の鎧下を着た上から革鎧を纏っている。
肩と腕、胸と胴周りを覆い、腰当部分にはいくつもの革の「たれ」が短い襞スカートのように垂れ下がっていた。
時折その襞から太腿が覗くのだが、残念ながら下半身の黒いレギンスは着用したままなのであった。
とはいえアマンはしばし、見惚れていた。
小さな窓からこぼれ入る午後のあたたかな光の中で、アユミはまるで地上に舞い降りた戦乙女のようだった。
「まさかニンゲンの彼女を連れてくるとはなぁ」
気付かぬうちにチチカカが隣に立っていた。
ニヤニヤと嫌な笑みをたたえている。
「ばっ! ……そんなんじゃねえよ」
最初は大きく反発しかけ、ついで囁くように小さく否定した。
「ゲコココ。照れるなよ。異種族間結婚、大いに結構じゃねえか」
「子供なんて作れねえぞ」
「子作りだけが幸せじゃあるめえ」
「相手がどう思うか」
「まずは自分がどう思うかが先決よ。でなきゃ何も始まらねえさ」
「へん! 独身のおやっさんに言われたかねえぜ」
「だからこそ言うんだよ。オレと同じ後悔はしないようにと願ってな。ま、お前もまんざらではねえみたいだしな」
「う、うるせえな」
そう答えるアマンの声はさらに小さくなっていた。
「アマァン、写真撮ってよお」
いまだに姿見から目線を離さずに、アユミは背中越しに声をかけてきた。
「写真だって? バカ言うな、いくらすると思ってんだ」
「えー! そんな特別なものなの?」
「たりめーだ。あんなのは貴族しか撮れねぇよ」
「うっそぉ……もう、あたしのスマホ、どこいっちゃったんだろうなぁ」
「スマ……ホ? なんだそれ」
「この世界にはないの? スマホ」
「聞いたこともねぇぞ。なあ、おやっさん」
「お、おう。商売人としては恥ずかしい限りじゃが、それは武器だったりするんかのう?」
アユミはつくづく異世界なんだな、と呆れていた。
「じゃあ普段何して暇つぶしてんのよ」
ブツブツ言いながら姿見に意識を戻す。
写真が撮れないならこの姿を目に焼き付けておかなければならない。
「アマンよ。不思議な娘だな。どこで拾った?」
「犬みてえに言うなよ。あいつはこの世界の住人じゃねえんだ。たぶん」
「なんだそりゃ?」
「姫神って、知ってるか?」
「知らん」
「オレもだよ。それを知るための旅をしてたんだけどな、オレたちは」
またもや何かを言いかけておきながら、アマンは口を閉ざしてしまった。
しばらく待ったが会話は再開しそうになかったので、チチカカから少し別の話に方向転換を試みた。
「姫神ってのかはわからねえがな、最近各地から入ってくる噂話は不穏なモノが多いやな」
「トカゲ族とカエル族のようにかい?」
「そうだ。他にもエルフやサキュラ信徒、アーカム大魔境の化け物騒ぎに、浮遊石地帯の大規模な大規模な浮遊石嵐など。世界中で同時多発的に異常な事態が起こっているらしい」
「へぇ」
「共通点というかな、そういった噂の中心には必ずニンゲンの娘が出てくるんだそうだ。もしかしたらそれがお前の言う姫神ってやつなのかもしれんぞ」
そこまで話しチチカカは一旦口を閉ざす。
やや逡巡してから続きを話しはじめたが、いくぶん声音が硬くなっていた。
「だがな、昨日からこの街の裏で話題になっているのはもっと別の話なんだ」
「別の?」
「何者か知らんが、盗賊ギルドの戦利品を強奪した奴がいるらしいってな」
アマンはそっと、チチカカからアユミへと視線をそらした。
「なんでも犯人は、ニンゲンの女とカエル族、だったそうだが」
沈黙が流れた。
先程までとは違う空気が流れていた。
アマンはさりげなく、腰に下げただんびらの柄を握りしめる。
だがすぐに手を放し、努めて明るい声で笑い飛ばした。
「ハッ! どこのどいつか知らねえが、ずいぶんと命知らずがいるもんだな。この街でギルドに逆らうなんてよ」
チチカカもひとつ息を吐くと先程までよりも柔らかい口調で和した。
「そうだな。だがギルドを快く思わない住人も多くいる。特に表向きは街を仕切っているはずの大商人たちなんかにはな」
「……」
「あるいは、そんな彼らのうちの誰かに雇われたのかもしれない。その正義の味方はよ」
「そうかもしれないな……。おやっさん」
「ん?」
「久しぶりに会えてうれしかったぜ。そろそろ行くよ」
「そうか」
アマンがアユミに声をかけようとするその前に、チチカカはアマンを呼び止めた。
「ところでアマン、お前が振り回していたその剣な、飛影双剣ってんだが、当店の自信作だ。持って行っていいぞ。お嬢ちゃんの着てる鎧もな」
「あ? なんでだよ」
「装備がいいに越したことはねえだろ? 活躍してチチカカアームズの商品を宣伝してくれや。ゲコココ」
「おやっさん」
「気いつけろよな。いつでもここに来な。カザロだけがお前の故郷じゃねえぜ」
「ああ、わかった! アユミ行くぞ」
「代金は半額に負けてやっからな! 特別だぜ」
「っておい! 金取んのかよ?」
「あったりめえだろ。ゲコゲコゲコ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二人が店の外に出ると、辺りはすでに陽が沈み、すっかり暗くなっていた。
日の暮れた路地裏を並んで歩く。
アマンは二本に分かれた双剣を背中に背負い、アユミはマントの下に新品の革鎧を着こんでいた。
「結局買っちゃったね」
「買わされたとも言うな」
「半額でいいって言ってくれたけど、赤字じゃなきゃいいね」
「どうだろうな」
アマンとアユミは夜道を歩く。
二人はそのまま商店が軒を連ねる通りを抜け、貧民街とは反対側、高い城壁に囲まれた地域へと向かう。
だんだんと街の様相が変わる。
騒然としていた一般区から、絢爛豪華な屋敷の並ぶ一帯へ。
そこはまさしくこの街を動かす大商人たちの邸宅が集まる地域。
その中のひとつ、ひときわ大きな屋敷の敷地へと入っていった。
「アマン様、アユミ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、ブリアードさん」
二人を出迎えたのはこの屋敷の執事だ。
ブリアードと呼ばれた犬狼族の初老の執事は恭しく二人を屋敷内へと招き入れた。
「あいにくとご主人様は今日は帰りが遅うございます。ですが、新たな情報は入っております」
アマンとアユミの歩みが止まる。
「ご準備のほどは?」
ブリアードの問いにアマンが不敵な笑みを作る。
「できてるよ。昨日よりも、ずっとな」
いつの間にやら月が出ている。
月光がアマンの背中のだんびらを妖しく輝かせる。
「さあ、今夜もやるか」
「うん! 奴隷解放戦士、出撃だね」
2025年9月21日 挿絵を挿入しました。




