095 武器屋チチカカアームズ
考えてみれば、ゲームをプレイしている場合を除いて、アユミは初めて踏み込んだ「武器屋」という場所に目を奪われるのも当然だろう。
そこらをほっつき歩く小娘が、ふらりと立ち寄って本物の武器を買える店など日本の何処の街にもありはしない、と思う。
路地裏にひっそりとたたずむ店内は見た目通りに狭かった。
入るとすぐにカウンターがあった。
客側のスペースは日本風に言えば六畳と言ったところか。
壁際にはたくさんの武器が置かれ、少し上の壁には鎧や兜といった防具が掛けられていた。
アユミにはわからなかったが、店内にある鎧はほとんどが革製である。
柔らかめのソフトレザーから硬めのハードレザーまで、商品ラインナップは軽めの防具が多くを占めていた。
旅人や盗賊稼業の多いこの街では、金属製の重たい鎧よりも圧倒的に軽くて動きやすい革製鎧が売れるのである。
店の端から順繰りにそういった鎧を眺めていたアユミは、ピタッとひとつの鎧で目が止まった。
「おやっさぁん! いないのかよぉ!」
アマンが無人のカウンターに身を乗り出し、棚で仕切られ目隠しされた店の奥に向かって声を張り上げていた。
「えぇい、今行きますよぉ! ちょっとお待ちを」
奥から慌てた声が返ってきた。
両手に書きかけの帳簿や伝票の束を持ったまま、くすんだ深緑色の体色にギョロっとした両目を持つ、少々太り気味な中年のカエル族が姿を現した。
「チチカカアームズへようこそ。よほどお急ぎでいらっしゃるようですなぁ」
現れた彼がここの店主、チチカカであった。
「おやっさん、久しぶりだな! オレだよ、カザロのアマンだよ」
チチカカのギョロついた目がさらに大きくギョロつく。
まじまじと生意気そうなアマンの顔を見て脳内の人名簿と照らし合わせているようだ。
「アマン? 自称勇者小僧のアマンか! ゲコゲコゲコ、久しぶりだなあ、おい」
「ああ! おやっさんも元気そうだな。まさかマラガに店を出してるとは思わなかったよ」
「いやなに……ちょいと足を悪くしてな。行商というわけにもいかなくなったんで、店を構えることにしたのよ。おかげで大きな借金こさえちまったぜ」
「大丈夫なのか? あまり儲かってるようには見えねぇけどよ」
「うるせいよ」
ゲコゲコゲコ!
二匹のカエル族は再会を喜び笑いあった。
幼少時に村を飛び出し、このマラガの街でチチカカに保護されたアマンにとって、チチカカは数少ない世界を知る知人であった。
村を出て世界を渡り歩くカエル族はとても珍しく、チチカカはアマンの人生に大きな影響を与えたひとりなのである。
そのチチカカがアマンの連れに目を止めて、これまた驚きで両目をギョロつかせた。
「おいおい、アマン。ニンゲンの娘を連れ歩くとは、こりゃどういった塩梅だ?」
会話のポイントが自分に移ったことを察したアユミはそっとアマンの隣に寄りそった。
「まあ、いろいろあってよ。今は一緒に旅をしているんだ。……なあ、おやっさん……」
アマンが何かを言おうとして口をつぐむ。
何か言いずらいことなのだろうか。
チチカカはアマンの表情からそう読み取り、話をアユミに向けた。
「お嬢さん。あの鎧が気になるようだね」
チチカカはアユミが見ていた壁に掛かる鎧を指差した。
なめした革で編まれた鎧で、何度も油を塗ったのか、光が反射して綺麗な光沢を放っていた。
人間型、それも女性用に型作られた鎧で、とてもスマートなデザインだった。
「うん。ああいうの、着たことないからカッコいいなって思って」
「そうかいそうかい。よかったら試着してみるかい?」
「え、いいの……ですか?」
「もちろんだよ。アマンのお連れさんだ。気に入ったなら三割引きにしてやるとも」
「やったー!」
「おい、買わねえぞ!」
はしゃぐアユミに慌ててアマンが釘をさすが、チチカカはとっとと鎧を壁から外してアユミに手渡し、店の片隅にある試着室へと導いた。
「ひとりで身に着けられるかい?」
「……やってみる」
アユミは少し興奮気味に中へ入ると、そっと扉を閉めた。
革とはいえ、初めて鎧を身に着けるのだ。
ひとりではそれなりに手間がかかるだろう。
チチカカはカウンターに戻りアマンに向き合うと、そっと肩をすくめて見せた。
「さ、なにか話したいことがあるんだろう? 言ってみな」
優しい眼差しでアマンを見つめる。
「おやっさん……」
アマンはどう言ったらいいものか、しばらく思案してからゆっくりと口を開いた。




