094 赤と緑のアイスキャンディー
「なあ、アユミ」
「なに?」
「あそこでアイスキャンディー売ってるぜ。買わないか?」
アユミが見ると路地に面した小さな売店だが、買い求める客でちょっとした行列ができていた。
漏れ聞こえてくる会話から人気なお店らしい。
「うん、たべたい!」
「よし、行こうぜッ」
二人は連れ立って行列の最後尾に並んだ。
しばらくするとアユミとアマンの順番がまわってきた。
「どれにしようかな……イチゴ味かな? あたしその赤いのがいい」
「じゃあオレは緑のやつだ」
「はいどうぞ。ありがとうございました」
頭にウサミミを生やした愛想のいい兎耳族の売り子に料金を支払うと、二人はすぐそばの運河のほとりで腰を落ち着けた。
アユミがわくわくした気分で赤いアイスキャンディーを頬張る。
「んんッ」
「どうしたぁ?」
「なにこれ……すっぱぁい! イチゴじゃないの?」
「それはスモモだ。すっぱくて当然だろ」
「えー! 知ってたのお? 教えてよぉ」
「わはは」
笑いながらアマンも緑色したアイスキャンディーを頬張った。
「その緑色のはなに? メロン? 抹茶?」
「きゅうりだよ」
「うぇ! なにそれ美味しいの?」
「おいしい」
疑わしく見つめるアユミだったが、続けてアマンの発した考案には度肝を抜かれた。
「マヨネーズかけても美味いかもしれない」
「うぇぇ、信じらんないッ」
とまあ、のどかな気分でちょっぴり不思議なアイスキャンディーを堪能していた二人だが、少し離れた場所で人々の悲鳴があがりその気分も台無しにされた。
「なんだ?」
二人が悲鳴のした辺りを窺がってみると、運河に掛かった石橋の上に多くの野次馬が集っていた。
彼らの視線は眼下を流れる運河、石橋のちょうど真下に集中していた。
好奇心を抑えられないアマンが橋の欄干によじ登って覗き込むと、川面に橋桁に引っかかったひとつの死体が見てとれた。
誰かが通報したのだろう、やって来た衛兵らしき数人がその死体を川から引き上げはじめた。
アマンはそれを最後まで見ようとせず、アユミの手を引き急ぎその場を後にした。
「ちょっとアマン、どうしたの?」
アユミの声にも応えずにアマンは黙って歩き続けた。
やがて人通りの減った路地にまで来ると、アマンはようやくアユミの手を放し振り向いた。
いつになく神妙な顔つきをしていた。
「どうしたのよ?」
「さっきの水死体、昨日の奴だ」
「昨日の?」
「昨日の御者の男だよ。オレたちの前から逃げて行った」
「ああ!」
「消されたか。ギルドの連中に……」
盗賊ギルド、やはり容赦のない連中だ。
そう思うとアマンは身が引き締まった。
「でも、やっぱりヤメるわけにはいかないよね」
アユミがアマンの顔を覗き込みながら尋ねる。
その目は真剣だった。
「アユミ」
「さらって来た人を奴隷として売るだなんて、絶対に許せないよ。相手が誰だろうとあたしは負けないよ」
アユミから強い決意を感じとったアマンにも、自然と不敵な笑みが広がった。
「はは、どうだか」
「ちょっとぉ! そこ笑うとこじゃないでしょ」
抗議するアユミも笑顔だった。
「さ、店はすぐそこだ。行こうぜ」
二人は連れ立って一軒の店へとやってきた。
人通りの多い路地から二本ばかし外れた少しだけ寂れた通りにその店はあった。
入り口に小さな看板が立てかけられ、東方語で〈チチカカアームズ〉と書かれている。
「ここだ」
アマンはそっとドアを開けると静かな店内へと踏み入った。
狭い店内に所狭しと置かれた武具には目もくれず、誰もいないカウンターから奥へと身を乗り出してアマンは声をかけた。
「おやっさん、いるかい? オレだよ! アマンが来たよッ」




