092 爆炎キック
迫りくる精霊馬ケルピーに向かって、アマンは大きく口を開けると連続して火の玉を口から発射した。
二頭のケルピーは左右に動きながら火の玉を躱し、地面に着弾した火の玉は土砂をまき散らす小さな爆発を生じさせるに留まった。
先程までは単にくたびれた駄馬としか思わなかったが、自由を得た二頭は機敏な動きでアマンを翻弄する。
「くそ、素早いなッ」
狙いを定めることができず、周囲を走るケルピーを目で追うことしかできない。
すると背後に控えたアユミの方が狙われた。
「危ねェッ」
アユミを突き飛ばしたアマンは代わりにケルピーの分厚い歯列に咥えこまれ、そのままの勢いで走り出すケルピーに身体ごと振り回された。
「アマンッ」
両手で口元を覆い身をすくませるアユミは、アマンを咥えて走るケルピーの先に川があるのに気が付いた。
マラガの街は周囲を海と川に囲まれた運河の街だ。
ケルピーはアマンと共に勢いよく川へと飛び込んだ。
「アマン!」
「フハハハ! ケルピーは水の精霊馬だ! 普段は長から授かったこの黒い轡を嵌めて力を抑え込んでいるが、一度解き放てば相手を水に引きずり込み、内臓以外を貪り食う凶暴な魔物なんだぜィ」
愉快そうに笑う御者をアユミがキッと睨みつける。
「おっと、怖い顔だぁ。だがケルピーがもう一匹いるのを忘れんなよ」
アユミに向かってもう一匹のケルピーが走り込んできた。
獰猛な形相で迫るケルピーは、立ちすくむアユミに大口を開けて噛みつこうとする。
「お前も終わりだ! あの世であのカエルとイチャついてんだな」
ドゴォッ!
突然アユミの眼前に迫ったケルピーが爆発した。
横合いからの砲撃に激しく吹っ飛ばされたのだ。
爆風に煽られながらアユミが砲撃主を探す。
「アマン!」
そこにはケルピーの首だけを捧げ持ち、川から這い出したアマンがいた。
「へへっ。カエル族に水中戦を挑むなんて、舐めてくれるじゃねーか」
「なんだとッ」
ケルピーに水中に引きずり込まれて生還するとは夢にも思わず、御者が怯えて後ずさりした。
「ヒヒィィィンッ」
アマンの火の玉に吹っ飛ばされたケルピーが体勢を立て直し、怒りをあらわにアマンへと駆け出す。
持っていた首を投げ捨てると、構えたアマンの右足まわりに炎が生じる。
「とぉッ」
掛け声ひとつでアマンも走り出すと膝のバネを生かして上空に跳び空中で一回転、さらに数回のひねりを加えながら身体中から炎をほとばしらせる。
「アマン爆炎キィィッッック」
まとった炎が爆ぜるとその爆発を推進力に右足を突き出した強力なキックが放たれた。
爆風に勢いを増したアマンの炎を纏った蹴りがケルピーに炸裂する。
ドン! ドン! ドン! と小爆発を起こしながら激しく吹き飛ぶと最期には大きな爆発を起こし跡形もなく消し飛んでいった。
「アマン!」
「おう」
綺麗に着地し勝利のポーズをアユミにキメたアマンだが、そうじゃない、とアユミは首を振っ街の方を指差した。
「御者のヤツ、いつの間にか逃げちゃった!」
「なにッ」
辺りに御者の姿はなかった。
残された馬のいない荷馬車と散乱した木箱にリンゴ、そして人間の女が詰められた箱など、全てそのままに御者の男は逃げてしまったようだった。
「あー、マズイ、かな……」
「どうして?」
「オレたちの事、バレちゃうだろ」
「どーせいつかはバレるんだし、気にしたってしょうがないよ」
「そうか。そうだなぁ」
アユミとアマンは荷台に残された木箱に近付くと中で眠る女を引っ張り出した。
「とにかくまずはこのニンゲンを連れて行こう」
「うん。他の木箱にも何人かいるみたいだね。助けられてよかったよ」
これが最初の奴隷解放戦士としてのアマンとアユミの戦いだった。
こうしてアマンは世界最大とも噂されるマラガの盗賊ギルドと事を構えることになったのだ。




