090 アサインメント
二匹のオークが斧を振り回しながら接近してくる。
「きたよッ、アマンがんばってぇ」
「お前なァ」
二匹のオークはそろってアマンに襲い掛かった。
繰り出される二つの手斧を?い潜りながら、アマンは腰に下げただんびらを抜き、素早い剣捌きでたちまち二匹とも倒してしまった。
それはなんとも冴えた剣技であった。
「やったー! アマンかっこいーい」
「うるせ! いいからお前は女の子を保護しろよ」
「ラジャー」
アユミが女の子が詰められた木箱へと走り寄る。
だがしかし、二匹のオークはそれぞれアマンに斬られたわき腹から血を流しながらも、再び立ち上がった。
「なんだ、まだやる気かよ? ジッとしてねえと死んじまうぞ」
アマンの言う通り、二匹ともわき腹から流れ出る血が足元にどくどくと溢れ出している。
その後ろで御者の男が笑う。
「へっ、心配はいらねえよ。こいつらは普通のオークじゃあねえからな」
血が流れるのも構わずにオークは再び戦闘態勢をとった。
「痛みを感じてねえのか? まさかこいつらアンデッド?」
「違うな。こいつらにはどんな痛みも快楽に変える、魔法の薬を与えてある」
「もしかして、バニッシュか」
近年マラガの街を中心に、周辺諸国で蔓延している新種の麻薬である。
服用すると快楽神経が強烈に刺激され、あり得ないほどの多幸感と精神の高揚、副作用として全く痛みを感じさせない鎮痛作用を及ぼす。
また依存性が高く、一度味わうとおいそれと止められないという大変な中毒症状を引き起こす。
当然表立っての服用は禁止されているが、どうやらこの二匹のオークは相当量を摂取しているようだ。
「薬物中毒のオークかよ! たちが悪いな」
「フハハ! バニッシュはそいつの快楽を存分に満たすクスリだ。そしてオークにとっての快楽とは、暴力だッ」
「グルルルルッッッ」
「どうだ! オークとバニッシュ。これ以上に兵隊向きの組み合わせはねえだろォ」
「グゥオオオオオァァァァァ」
またしても猛り狂ったオークがアマンに襲い掛かってきた。
「にゃろォ」
「アマァン」
アマンの元に駆け寄ろうとしたアユミの前に御者が立ちはだかった。
勝利を確信しているのか、御者のアユミを見る目は厭らしくネバついている。
「おっと、お嬢さん! あんたはオレが相手してやるぜ、フヒヒ」
「ムッ」
「よく見りゃなかなかの上玉だなぁ。奴隷にしたら高値が付きそうだぜ」
「あたしは奴隷なんかにならない」
パチン!
アユミが指を鳴らすと突然、御者の目の前で小さな爆発が生じた。
「うおぁ」
なにもない空中で、突然何かが爆ぜた。
その衝撃に御者は腰を抜かしてしまった。
「アマーンッ」
アマンはより激しさを増したオークの攻撃を必死にだんびらでいなし続けていた。
時折反撃を試みて浅傷を負わせはするのだが、致命傷でもない限り痛覚の麻痺したオークの攻撃が止むことはない。
「クソッ、こうなったらアユミ、あれをやるぞ」
「あれだね」
アユミがアマンに駆け寄ると、背中に右手を添えて目を閉じる。
「ん」
アユミの顔に少しだけ苦悶の表情が見れる。
「いくよ!」
「おうッ」
「アサインメント」
ドンッ! という衝撃がアマンの体内を突き抜けた。
アユミの右手に炎が宿ったと見た瞬間、アマンの体は燃え盛る火柱に包まれてしまった。
「な、なんだ?」
御者も、オークすらも、その場に立ちすくみ、炎の塊と化したカエルを呆然と見ていた。
「なんだ、なにしてんだ?」
炎は高い火柱となってアマンを焼き尽くそうとする。
「ウアァァァァァァァァァ」
「なにしてんだ、こいつら? 一体何者なんだッ」
うろたえる御者の目の前で炎の柱が激しく逆巻く。
アマンの叫び声に呼応するように、炎より一層激しく燃え盛った。




