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008 崩壊する聖域


 ウシツノが狼狽するのも無理はない。

 トカゲ族(リザードマン)の王、モロクもまた、三十年前の大戦の英雄として、父である大クランと並び称された剛の者なのである。


「だ、だがモロク王も我が父と変わらず、かなりのご高齢のはずだ。確かに血気にはやる御仁ではあったが、このような侵略行為をなさるほど耄碌(もうろく)されてはおらぬはず」

「ばかねぇ。それだけの宝を、お前たちは手にしたということでしょ」

「た、宝だって?」


 ウシツノとアカメがそろってシオリに目をやった。


「急いで村に戻らなくてはッ! ぐッ」


 立ち上がりかけたウシツノだが、めまいを覚えて膝をつく。

 シオリをかばった際、右肩に当たった岩の破片が確かなダメージを与えていたのだ。


「くそッ」

「だ、大丈夫?」


 思わずシオリは右肩を抑えるウシツノの左手に手を添えていた。


「……なっ」


 ウシツノには日本語で発したシオリの言葉は分からなかった。

 しかし自分を思いやってくれたのだと理解はした。


(心は清流のように澄んだ娘のようだ。理由はわからぬが、目の前の魔女にみすみす手渡すわけにはいかない。きっと不幸な目に遭わせてしまう)


 彼女を守ること、それが今、自分のしなければならない最優先であると思った。


(そのためにも何か、この魔女を出し抜く方法はないものか)


 その時、ウシツノの目の端に白い剣が映った。

 誰も知らない謎の剣。


(あの剣なら、もしや)


「さあ茶番は終わりにしましょう。白姫、私と共に来てもらうわよ」


 オーヤが両手を突き出す。

 攻撃が来ると身構えたウシツノとアカメだが、突然背筋が凍りついたような気がした。


「こういうのはどうかしら。そぅれ」


 なんと魔女の腕から三匹のヘビが、それぞれに向かい勢いよく飛び出してきたのだ。

 細身だが、長さは二メートルを超える。


「ヘ、ヘビッ」

「ぎゃあッッッ」


 ウシツノが硬直し、アカメが悲鳴を上げた。

 と同時にふたりとも瞬時に硬直する。

 カエルの天敵と言えるヘビに睨まれては、それだけでもうなす術がない。

 無抵抗で蠢くヘビに全身を締め付けられた。

 恐怖に気が狂いそうになるなか、必死に暴れて引きはがそうとする。


「ど、どうしたの? 二人とも!」

「あら、やっぱり白姫にはかからないか」

「あ、あなた、何をしたんですか」


 シオリが魔女を睨みつける。

 シオリにはヘビなど最初から見えはしなかった。

 魔女が放ったのは三本の縄。

 その縄にウシツノとアカメは恐怖し、勝手に縄を相手に格闘していた。

 シオリの前には単なる縄が動きもせずに転がっているのみだ。


「ただの縄です! 落ち着いて」


 目の前でもがくウシツノとアカメから縄を引きはがし投げ捨てる。

 不思議なことに、縄を取り払われたことよりも、シオリに触れられたことで二人とも冷静さを取り戻せたようだった。


「ふん縛って連れ去るには丁度いい幻術だと思ったんだけどねぇ。祝福された白姫には効かなかったようね」


 やれやれと面倒くさそうな表情で魔女が舌打ちする。


「はあ、はあ、た、助かりましたシオリさん」

「すまない……」

「ほんとバカねぇ。大人しく丁寧にさらわれてれば、ケガをせずに済んだのに」


 それならばと、先ほど環状列石を薙ぎ倒したあの念動力で、邪魔なカエルから押しつぶしてやろうとする。


「もう威嚇じゃすまないわよ。フン!」


 魔力のこもった右手を突き出した瞬間だった。

 背後から静かに忍び寄っていたアマンが、頭ほどの大きさの岩を思い切り、その魔女の突き出した右手めがけてぶん投げたのである。


「ガァッ」


 岩は魔女の細い右腕に当たった。

 痛みと重みで右手が下を向く。

 放たれる寸前だった衝撃は止まることがなく、直下の足元に巨大な穴を穿った。


「しまっ……」


 地面を襲う衝撃が、無数の弾岩となって下から魔女の全身を打ちのめした。


「いまだッ」


 その隙を逃さず、ウシツノは突き立った白い剣に飛びつき地面から引き抜いた。



 荷重(ズシン)



「ウォッ」


 だがその美しく細い剣は、ウシツノの予想に反し、とてつもなく重かった。

 痛めた肩でこの重い剣を振り回すのは困難だ。


「それでもッ」


 剣の柄を両手で握り、構わず痛めた右肩に担ぎ上げると、魔女に向かい一直線に走り出した。

 少しでも重心を後ろにすればひっくり返りそうだった。

 できうる限り前傾姿勢で、頭は上げずとも目線はしっかりと魔女を見据えている。

 肩を起こし、肘を引き、腰を回転させ、地面を思い切り蹴りたたく。

 剣の自重ごと、まっすぐに叩き付ける。


「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 カエル族特有の、しなやかな跳躍力が乗った、長く、白く、美しい剣がキレイな弧を描きながら振り下ろされる。


「がああああああああああああああああ」


 剣閃が空気を裂く音がした。

 刃の先端は魔女のわずかに左横に逸れ、地面に深々と突き刺さっていた。


「あ、危ないじゃ、ないの」

「躱されたッ」


 アカメの悲痛な叫び。

 かろうじて魔女は避けたのだ。


「ッ!」


 

 激震(ズズンッ)



 しかし異変は起きた。

 魔女を切り裂けなかった剣だが、代わりに空を切り、大地を割ったのだ。

 足元が蜘蛛の巣のように、突然四方に亀裂を生じさせる。 

 魔女の衝撃波のそのさらに上乗せに、美しい剣の一撃が重なったのだ。

 切り立った柱状節理の上にある白角の舞台は、その衝撃に耐えきれず、大きく崩れだした。


「うわあああああ」

「きゃああああああああ」


 三匹のカエルとひとりの少女は、崩れる舞台の砂埃にまみれ、姿が見えなくなる。


「おのれ…………ぐ、ぎゃああああああああ」


 右腕を抑え、歯を食いしばる魔女の足元も勢いよく崩れた。

 大きな地すべりがあっという間に魔女を飲み込んだ


 ゴズ連山の西の端、大きく切り立った崖にあった聖域。

 平和なカエル族が聖地と決めた白角の舞台は轟音と共に、その地形を大きく変革してしまった。


 後には誰の姿も見えなくなった。


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