744 奇術師と少年
試合はAブロック一回戦第三試合の最中だった。
シルクハットに燕尾服、先端に真鍮製の飾りがついたステッキを振り回す奇術師アインと、猿人ショウジョウ族のマシラとヒヒと名乗る戦士二人によるモンキーマジックチーム。
対するは上品なお坊ちゃま風な金髪の十歳ぐらいの少年ウェルスと、筋骨たくましく冬の獰猛さを思わせる暗い瞳の偉丈夫に、純白のドレスをまとった春の息吹を感じさせる微笑みをたたえた美女というチームだ。
この二チームによる対戦なのだが、偉丈夫と美女は試合場の端に立ち、中央で戦っているのは奇術師とショウジョウの二人、そしてウェルス少年の四人だけだった。
少年がたったひとりで奇術師とショウジョウの二人を相手しているのか。
そうではない。
少年の目の前で奇術師とショウジョウ二人が互いに武器を取って斬りあっているのだ。
少年はその光景をじっと見つめている。
口元は微笑んでいる。
まるで暖かな午後の日差しを浴びて花々に群がる蝶を愛でるような顔で。
「試合は六人同時に参加する形式で始まった」
観戦していたアナトリアが言うには個人戦ではなく最後まで生き残った者のいるチームの勝利ということで決まったそうだ。
おそらく連係プレーに自身があったのだろう。
奇術師アインは二人のショウジョウを前衛に立てて命令を発したようだった。
対するウェルスのチームはそのウェルス少年ひとりだけが進み出て、あとの二人は後方に控えていた。
「あの大男の方が率先して戦いそうですのに」
誰もがダーナのその意見と同じ思いだった。
だが試合が始まると突然妙なことになった。
二人のショウジョウ、マシラとヒヒがチームリーダーである奇術師に襲い掛かったのだ。
「裏切りか?」
「オレも最初はそう思ったのだがな、よく見てみろ」
二人のショウジョウは執拗にアインを攻め立てる。
対してアインは反撃を試みるのではなく、複雑な手振りを交えて何やらモゴモゴと呪文を唱えている。
「催眠術の類だと思う。おそらく普段からそれ用の薬なども服用させていると思うが、この舞台にまで勝ち上がっているのを見るに相当の術師なのだろう」
「でも言うこと聞いてないみたいだぞ」
「あの、もしかしてあの少年も催眠術を使っているのでしょうか?」
ダーナの見立てが正しいとしたら、すでに他人の支配下に置かれていた者を強奪するほどの腕前ということになる。
「それほどの術師だとしたらだ、ウワサにぐらいは名が上ろうものだが、ウェルスなどという物の名は初耳だ」
アナトリアの見解はおそらく正しい。
この会場に集まっている観客を含め、この場に居合わせた者は少なからずその手の話題に明るいはずだ。
だがこの少年の登場はまさに超新星といった具合で、よもや最初の戦いがこのようなものになるとはだれも想像していなかった。
それは当然、対戦相手である奇術師アインにしてもだ。
「あ!」
試合に動きがあった。
なかなか支配権を取り戻せずにいたアインが業を煮やして二人のショウジョウを斬り捨ててしまったのだ。
催眠用に振っていたステッキは鞘を払われ抜き身の剣に早変わりしていた。
「仕込み杖だったのか」
「今の太刀筋、なかなかの腕前と見た。単に奇術師だけではなさそうだな」
ウシツノとアナトリアの冷静な分析とは裏腹に、アインの表情に余裕は見られない。
顔を真っ赤にし、おっぴろげた目は瞳孔が開き、荒い呼吸を繰り返している。
剣を突き出し、瞬速の一撃を少年に見舞った。
それでも後ろに控えた偉丈夫と美女は動かない。
いや、動かないのは少年も同じだ。
なにやら口元が動いたことだけは目の良い者には見て取れた。
直後、奇術師は自らの胸に剣を突き刺した。
背中から自分の剣先が突き出たことに気付いていただろうか。
そのまま絶命していた。
誰にも何が起こったのか理解できなかった。
少年を襲った剣は襲撃者自らの胸を貫いて少年の命を守った。
「ウ、ウェルス少年チームの勝利ッでス」
上ずった声のピースウイングの実況が、何やらいつもと違いかしこまって聞こえるのが可笑しいはずなのに笑う者はいなかった。
当然の敬意だととらえられたのだ。
なにせ少年は、試合開始から一歩もその場を動かないままに勝利を収めてしまったのだから。




