730 ドワーフ族の王国ロカ
アカメは焦っていた。
南の魔境に版図を広げるアーカムの第二都市コランダムで開催中の大闘技会キングストーナメント。
その大会観覧に向かう予定が大幅に遅れているのだ。
大会はすでに予選が終了し、数日後には本戦が開始される。
北のハイランドに属するアカメが急いで出発したとしても、馬を乗り換えつつ全速で走り抜けたとしてひと月はかかる。
それも少ない人数、道路状態は良好、気候は安定し、野党などの襲撃もないものとしてだ。
もちろん本人の体調も万全である必要があるのは言うまでもない。
「もう間に合わないよ。今から馬を飛ばしたって着くころには決勝戦も終わってるよ」
アカメと同道しているハクニーはすでに十日も前にコランダム行きをあきらめている。
アーカムとの外交のための使節団を代表するミゾレ・カナン嬢も同様であった。
「そもそも私たちは今ハイランドよりもさらに北国にいるのですからね。残念ですが」
ハクニーとミゾレはそろってアカメに絶望のほどを再確認してくれた。
「ガッハッハ! なぁに大丈夫じゃてッ。あんたらは必ずコランダムに送り届けてやるわい。ハンマーに懸けてな」
と、銅鑼を鳴らして地を響かせるような大声で笑い飛ばしたのは、アカメたちと卓を共にしているドワーフ族のゼッペリン王だ。
ニンゲンの半分程度の身長しかないが、鍛え抜かれた肉体は鋼のようで、腕は太く胸板は厚く腹はでっぷり肥えている。
白髪とそれ以上に立派な白髭を蓄えて大笑いしている。
いかにもと言ったドワーフ像ではあるが、ただこのゼッペリン王の肌は地下暮らしが多いはずのドワーフ族にあって珍しく日焼けした赤銅色をしている。
「もうすぐ出港準備が整うて。そうヤキモキせんと」
「陛下」
「ほれ、知らせが来たぞ」
油汚れをこびりつかせたツナギを着た若いドワーフ族が準備が整った旨を伝えに来てくれた。
「お待たせしましたな。それでは向かうとしましょうか。我が国の誇る最新鋭の飛空艇ドックへ」
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アカメとハクニーとミゾレは今、そろってハイランドより北方に位置するドワーフ族の王国ロカを訪れていた。
国交が復活してより頻繁に交流を深めているのだ。
なんせ失われた親交は三十年分にも及ぶ。
ニンゲン以上に義理と友情を尊ぶドワーフ族である。
お互いの信頼を得るのに最も手早く、最も確実なものは交流、彼らの望むのは宴席である。
おかげでアカメはずいぶん酒に強くなったと思っていた。
聖賢王シュテイン時代を最後に三十年以上国交が断たれていたハイランドとロカ王国であったが、新たにハイランドが共和制を敷いたタイミングで交流が再開された。
これによってハイランドは南のエスメラルダと共に北と南の脅威をひとまず考えなくてもよい形になったのだが、それにはアカメの尽力ともうひとつ、エスメラルダ古王国を代表する有力者のひとり、ヒガ・エンジの仲介にも大いに助けられたのだ。
アカメの最初の親書はそれほど色よい返事とはいかなかった。
ドーノッホで馬の調教師殺しの容疑を掛けられたドワーフ族のチャドという男を通したのだが、先述の通りドワーフは義理と友情を重んじる。
そこでアカメはヒガ・エンジに助力を仰いだ。
ヒガ・エンジを党首とするエンジ商会の主な取引先はドワーフ族の細工師ギルドだった。
五氏族連合フィフスから緑砂の結晶を仕入れたドワーフ族が細工した緑宝石を買い付けていたのがエンジ商会である。
マラガを中心に世界中に販路を開拓していたエンジ商会は国同士の政治的繋がりよりも密接に結びついた商い関係が多い。
アカメはその伝手を利用させてもらったのだ。
もちろん前年に遭ったハイランドの国難が切っ掛けとなったのは言うまでもない。
エスメラルダとの開戦がなければヒガとの知己もあり得なかった。
もちろんであればアカメの聖賢者称号取得もなかったのであるが。
「もともとシュテイン王の時代までは我らドワーフ族とも上手く付き合っておったんじゃ」
ゼッペリン王は最初の会合でそう切り出し、国交の回復にも前向きでいてくれたのはありがたかった。
実のところマラガがトカゲ族に占領された頃から緑宝石の売り上げが停滞し、経済が打撃を受けたことに困惑していたのはドワーフ族も同じなのである。
トカゲ族によるマラガ占領はヒガ・エンジのマラガ脱出、シャマンたち緑砂ハンターの廃業ともども、この世界のひとつの転換点でもあったのだ。
そのゼッペリン王がどうしてもお披露目したいものがあるというのでアカメたちはロカ王国を訪れていた。
本当ならばひと月前にはアーカムへと向かう予定だったところを、万事上手く由、という誘いに断り切れずである。
それほどまでにドワーフ族との親交は大事なのであった。
「さあここがドックじゃ。聖賢者殿。姫君たち。我がドワーフ族が誇る最新鋭の秘密兵器、飛空艇ストーンサワー号じゃよ」
巨大な山の内部に作られた広大な格納庫。
そこに巨大な木造帆船が停泊していた。
海も川も、それどころか水さえもない山腹に開け放たれた船着き場。
そこに常識では信じられない、天翔ける船が存在しているのだ。
「雷電も天精気体も充填完了しましたぜ! いつでも出向できまさあ。お約束通り、大闘技会本戦には間に合いますよ」
乗組員を指揮するテイラー艇長が大きなスパナを振り回しながらアカメたちを歓迎してくれた。




