713 置手紙
「しばらくひとりで行動します。探さないでください」
その置手紙に書かれた一文を読み上げて、シャマンは顔をゆがませた。
「なんだ、これは?」
朝、みんなで朝食にありついたころ、いつも寝坊のレッキスが慌てて食堂に飛び込んできた。
それ自体ありふれたことなので、誰も何も思わなかった。
ただいつもと違ったのは、必ずそろって寝坊してくるミナミが一緒にいなかったことだ。
ミナミとレッキスはたいてい同じ部屋になる。
なので必ず先に起きた方がもう一方を起こしてくるのが慣例になっていた。
レッキスが起きた時、ミナミの寝台の上にこの置手紙があるだけで、彼女の姿は消えていた。
「置手紙を残しているということは、ミナミは自分から出て行ったわけじゃな」
「いや、脅されて書かされたうえで、さらわれたのかもしれんぞ」
「レッキスが隣で寝ているのにか?」
「……寝ぼけるからな、レッキスは」
クルペオとウィペットの問答に抗議したレッキスは、昨夜は侵入された形跡なんぞない、と胸を張った。
「じゃあアイツは自分から出て行ったのか。それに誰も気づけなかった?」
シャマンはメインクーンを見て舌打ちした。
もっとも気配を感じ取れるはずの盗賊であるメインクーンが手負いであることが原因だと察したからだ。
同時に侵入者の可能性を考慮して、不寝番を立てなかった自分の迂闊さにも腹が立った。
「でもどうしてミナミはひとりで出て行っちゃったんよ?」
この件で一番動揺しているのは見るからにレッキスだ。
いつも元気な、元気だけが取り柄とも言えるこのウサミミ族の耳が、今朝は恐ろしいほどに垂れている。
「わからん」
「もしや自分が狙われているのを知り我らを巻き込まんとして……」
「クーンの言っていた女どもだけじゃなく、大会参加者の中にも気になる奴がいたようだしな」
謎の言霊を使った疑惑の少年をミナミは大層恐れていたのは印象的だった。
「そうじゃ、ミナミは恐れておった。だからこそひとりで出ていくとは考えにくいのではないか」
「クルペオの言う通りならすぐに探しに行かないと! シャマン?」
珍しくレッキスの目が戸惑いで揺れている。
心底心配しているのは明らかだ。
それはシャマンも変わらない。
エスメラルダでの一件以来、ミナミを盛り立てていくと覚悟を決めたのがシャマンなのだ。
「よし、とにかく探しに行くぞ。まだそう遠くへは行ってないかもしれねえ。だが……」
シャマンはウィペットに残るよう言い付けた。
手負いのメインクーンはベッドの上にいるべきで、リオだけでは護衛としては心許ない。
それにミナミも思い直して戻ってくるかもしれないではないか。
「探索にはクルペオの符術が役に立つかもしれねえ。すまんな、ウィペット」
その時食堂の扉が開いて何者かが上がりこんできた。
一同はミナミが帰ってきたのか、あるいは敵かと身構えた。
「おやぁ、みなさんおそろいでぇ。ヒック」
「ラゴォ……」
リオを含め、全員があきれ返る。
入ってきたのはリオの兄であり、優秀な魔物使いのラゴだった。
彼は昨日から旧友たちと久しぶりの再会を祝して一晩中飲み歩いていたのだ。
まさかこんな時間に帰ってくるとは。
「なにかあったんですかぁ? おや、おでかけで?」
「すまねえラゴ。ちっとばかし急いでんだ。じゃあな」
ラゴを押しのけて出ていこうとするシャマンだったが、そのラゴの一声で待ったをかけられた。
「今日の昼から大闘技会本戦の組み合わせ抽選会をやるそうですぜ。それまでに会場に行かないとぉ」
「なに? 今日の昼?」
正午だとするとあと四時間もない。
「聞いてないんよ」
「さっき号外が配られてましたよ。酒場のスクリーンでも告知映像が流れていやした。まあ昼までまだありますから」
少し寝る、と言ってラゴは自室に引っ込んでしまった。
シャマンたちは困り顔で停止していた。
「抽選会って、やっぱオレたちも行かないと不味いんだよな?」
「たしか三人そろってないと失格になるはずだ」
「てことは、クルペオ」
「仕方ない。私が残りウィペットが行くべきじゃな」
「今日は試合はねえだろうし、クーンとリオ、それとあの二日酔いの面倒を頼む」
クルペオがげんなりした顔をしたのは見ないフリをして、シャマンはレッキスとウィペットを促して外に出た。
「いいか、二時間だ。二時間でミナミを探す。もし見つからなかったら」
「大闘技会は棄権するのか?」
レッキスが弾かれたように顔を上げる。
「いや、ウィペット。抽選会に行く」
「シャマン」
「勘違いするなよレッキス。別に腕試しがしてぇわけじゃねえ。だがこの大会は何かが起きる」
「なにか?」
「きっとな。そのためにも出来るだけ噛んでおいた方がいいと思うんだ」
「実際藍姫という景品も付いてくるわけだしな」
「それだけじゃねえ。どうにもきな臭い連中がゴロゴロしてやがる。参加者だけじゃねえ。この街の連中、誰もが怪しく思えて来たぜ」
「でもミナミは……」
レッキスは心配がぬぐえず泣きそうな声をしている。
シャマンは元気づけるようにレッキスの両肩を叩いた。
「ミナミは姫神じゃねえか! そこいらの連中になら負けやしねえよ。あいつも自分なりに考えがあって出て行ったはずだ。なら少しはその行動を尊重してやらねえとよ」
シャマンはこれでレッキスが納得するとは思っていなかった。
そもそも自分に対しても無理に言い聞かせているという自覚があった。
シャマンもレッキス同様に心配しているのだ。
誰を警戒すればよいかわからないこの状況にやきもきしていた。
だからこそ、大会に関わる連中を間近で見ておく必要があった。
「とにかく探すぞ」
三人は街へと急ぎ向かった。




