702 正直言ってみる
大方の予想通りだが、大闘技会キングストーナメントは、予選終了から本選開始までの期間を予定より一週間延期することが大会運営本部より発表された。
「そりゃああんだけ派手にぶっ壊せばなあ」
街中の至る所で交わされる、選手、観客、裏方、興味もなくむしろ大会開催を迷惑がる者たちの会話を要約すると上記に尽きる。
運営側は急いで会場の修繕に取り掛かるとしているが、果たして一週間でどれほど見込めると言うのか。
観客の立場からすると多少の不満はあってしかるべきだが、もてなす側であるコランダムの商人としては、お祭り期間が延びて儲けも増えると歓んでいるし、急募される労働者も雇用条件が良いことから喜ばしいという声まであった。
ただ予選で想像以上の破壊が起きたことで今後を心配される向きも確かにある。
本選に勝ち進んだ出場者には上等なホテルが貸し切られ、それぞれに部屋があてがわれているが、もちろん個人でとった宿に泊まる自由もある。
それでも会期が延びた分の宿泊費、食費といった分は運営より補償されていたのは太っ腹と言わざるを得ない。
口さがない者はこの大会で妖精女王が稼ぐ金額にうろんな眼差しを向けたりもしていた。
「うちらにはあんまり関係ないんよ」
レッキスが言うように、彼女らは魔物使いの娘リオの家に寝泊まりしているので宿代はかからない。
虚偽の宿泊費を申請して不正に差額をせしめても、あとでイチャモンをつけられるのは嫌だったので正直に話してある。
それでも食費はかかるので、雑費として手当が支給されたのには正直言って驚いた。
「まあそれぐらい大した痛手ではないのだろう」
「どんだけ儲けてるにゃ」
「というよりわりと杜撰な運営に思えてならぬのじゃが」
昆布茶をすするウィペット、桃を齧るメインクーン、酒を煽るクルペオの会話を耳にしながらシャマンは物思いに耽っていた。
「どうかしたかの? シャマン」
「ミナミか。いやなに、今後のことを考えてたんだ」
「今後?」
「大会のことだ」
今この場にはリオとその兄のラゴはいない。
ここにいるのは巷で嵐を呼ぶ者たちと持て囃される冒険者パーティー、シャマン一行だけだ。
なのでシャマンも少し心の内をさらけ出しやすい状況にあった。
有り体に言って、彼は悩んでいたのだ。
いや、悩んでいるというよりも、消極的になっていた。
「どしたん?」
レッキスが心配そうにシャマンの顔を覗き込む。
シャマンが苦り切った顔をする。
今から口にすることは、レッキスが最も気を悪くする事柄であるからだ。
「そのな……あんまりガチで受け止めてほしくはないんだがな」
「またいつものように回りくどいんよ、シャマン」
「ああ、だから、そのな……」
別に口にするつもりはなかったのだが、気心の知れた仲間たちには自分の振る舞いの変化を見抜かれていたらしい。
そろそろ付き合いも長い連中だしな、と思いシャマンはくつろいだ姿勢から身を起こし、仲間たちを正面から見据えた。
「あのな、予選を戦ってみて正直、こりゃ勝てねえなって思ったんだ」
思ってることを正直に話した。
「はあ? なに言ってるん?」
「まあ待て、レッキス。実はオレも同じことを考えていた」
レッキスの反応は予想通りだったが、そのレッキスをなだめたウィペットが同調してくれた事にシャマンは少なからず驚いた。
「本選に勝ち残った面子はあきらかにレベルが違う。というより常識の範囲外だ」
静かに昆布茶をすするウィペットだったが、彼も胸中に葛藤を抱いていたようだ。
「腕試しという範疇ではないぞ、これは」
「そんなことッ」
「お前もいっぱしの武闘家なら相手の力量は正確に推し量れるだろう」
「うっ……」
珍しくレッキスの負けん気をウィペットの論理がくじいて見せた。
「特に目を引いたのは赤い鳥と炎のカエルにゃ」
クーンが割って入る。
「あのタイランって騎士さま、うちらが戦ったとしたらどうなるかにゃ?」
「もちろん負けないッ」
レッキスが勢い込んで答えるとシャマンもそれにうなづいた。
「そうだな。オレたち六人でかかればまず負けねえさ」
「一対一でも」
「タイマンなら十回やって三回勝てるかってところか」
本音は二回勝てるかどうかだと思ったが、レッキスの手前ひとつ増やして虚勢を張ってみた。
ほとんど効果はないようだが。
「これがな、レッキス。個人戦のトーナメントでお前と赤い鳥が対戦することになったとしたらだ。そんときは思いっきり腕試しに励んだらいい。オレも応援するさ。だがこの大会はチーム戦だ。三対三なんだ。オレたちは六人パーティーなのに半分の戦力しか投入できねえ。だが赤い鳥はひとりでも強えのにさらに二人増えるんだぜ」
「白い鳥と黒い鳥がついていたな」
「上等なんよ! 今から尻込みしてどうすんよ」
まあレッキスが烈火のごとく怒るのも仕方がない。
なのでシャマンは本題を早めに切り出すことにした。
「で、だ。もうひとり。さっきクーンも言っていたあの」
「炎のカエルにゃ」
「ありゃあ一体ナニモンだ?」
シャマンが問題にしたいのはあのカエル族、アマンのことだった。
「あいつ滅茶苦茶だったろ? オレはあいつを見ていてある印象を抱いていたんだ」
「なに?」
尋ねたミナミをじっと見据えてシャマンは答えた。
「お前らみたいだってな。あの炎のカエル、なんか姫神の戦闘を見てるように錯覚しちまったんだ」
「でもカエル族の姫神なんていないし、たぶんアイツは男だよ」
「わかってる。でもそうじゃねえ。きっとよ……」
シャマンはここで自分の考えを披露することにした。
「きっと姫神にはまだオレらの知らねえ能力があるんだと思う。それさえ知れれば」




