700 坊ちゃん
クラーケンの足を掻い潜りつつ、何度も交差しながらアマンとタイランは突破口を探し続けた。
二人だけではない。
ナキとコクマルも飛び回りながら剣を振るっている。
静観する者、目立つ者を屠ろうと狙う者、怯えて逃げ惑う者もいるが、果敢に立ち向かう者もいた。
その中にはアマンに辛辣なジャックの姿もある。
決して自ら攻撃を繰り出すことはないが、すばしっこさでクラーケンを翻弄していた。
「おい! さっきも言ったが剣でチマチマ斬ったところで終わらねぇぞ」
コクマルのボヤキを聞くのも何度目だったか。
「やはり中から攻撃するしかないな」
「オレはやらねぇぞ、タイランッ」
コクマルが嫌がるのはわかるが誰かがやらねばならない。
それが遂行できる機動力を持つ者は場に限られている。
「やむを得ん」
剣を鞘にしまうとタイランはクラーケンの動きが良く見える位置へと移動した。
「なにしてんだよ?」
そばへアマンが飛んできた。
剣を仕舞って動きを止めたタイランを訝しんでの行動だった。
「アマン」
「なんだ?」
「クラーケンの口は何処にある?」
「くちぃ?」
わざと食われて体内から攻撃するのだという。
剣を仕舞ったのは飛び込んだ時に武器を失くしては、せっかく体内に入っても致命傷を与えられないからだそうだ。
「正気か?」
「昔な、白姫が覚醒した時のことを思い出した」
「白姫って、シオリのことか?」
「知ってるのか?」
タイランの驚いた顔を見るとアマンは得意になる。
常に沈着冷静で弱みも見せそうにない、このクールな自由騎士さまの調子を崩せる者はなかなかいないんじゃないかと思っているからだ。
「一緒にこの街へ来てるぜ。宿で待ってるはず」
「お前はオレの探している者を全て先に見つけているんだな」
ある種悔しい気もしたが、それ以上に安堵を覚えた。
「シオリは食人花に飲み込まれたときに初めて姫神になれたんだ」
「へぇぇ」
「自分も同じような体験をすれば成長できまいかとな」
「そういうことならその役はオレに任せろって」
ドン、と胸をたたいてアマンが名乗り出る。
「内側からならオレの炎の方が効果的だ」
「しかし危険だぞ」
「そういう役割こなした方が経験値も多く頂けるしレベルアップも出来るだろ。それにオレは死なないよ」
「む」
確かにアマンの方が適任かもしれない。
反対するとすれば気持ちの問題以外ない。
「ただイカの口は足の付け根の中心。なんとかあのデカい図体を倒すか、向こうから口に運んでもらわねえとな」
「なにやら面白そうな相談をしてるね? 僕らにも聞かせてよ」
「あ?」
タイランとアマンに三人の男女が歩み寄った。
声を掛けたのはニンゲンの少年で、十歳ぐらいのさらっとした金髪に身なりの良いスーツを着ている。
その少年の左右に男女が控えていた。
女はニンゲンにしては長身で、薄く光るドレスを着ている。
少年と女はここに居る以上闘技会の参加者のはずだが、まるで夜会へ赴くようなドレスアップで武器を携行しているようにも見えない。
だがもうひとりの男の方は違った。
女よりもさらに長身で横幅もある。
筋肉質のガタイを隠そうともしていないが代わりに頭部はフードですっぽりと覆われていた。
顔は見えず声どころか息づかいも聞こえない。
だがとてつもない威圧感を醸し出していた。
「僕がお手伝いしましょう。この予選にも飽きてきましたのでね」
「へっ! 言うじゃねえか。お前がなんの役に立つって、ボウズ?」
「クラーケンの態勢を倒して見せます。ついでに口も広げてあげましょう。突入の準備をしといてください」
「あ?」
さらりと言うと少年は二人の連れを引き連れてクラーケンの正面へと向かった。
「なんだ、あいつ? 知り合い?」
「いや……だが隣に控えていた偉丈夫はすごい威圧感だった」
「たぶんそいつが敵を相手するんだろうな。金持ち坊ちゃんの道楽で参加してるんじゃないのか」
「うむ……」
少年がこれ以上ないほどにアビス・クラーケンへと近付いた。
話しかければ声が届きそうなほどである。
少年は話しかけた。
「やあ、そこのクラーケン。少し僕の言うことを聞いてくれないか?」
誰もが目を疑った。
少年がクラーケンの正面に立っている。
当然クラーケンが不用意に近づいた者を攻撃しないはずがない。
何本もの触腕がと触手が伸びてきた。
『君は僕を攻撃しない。その触手を引っ込めて、大人しく口を大きく広げて待つんだ』
少年の言葉通りのことが起こった。
アビス・クラーケンが攻撃の手を止め少年の言うとおりに大きく口を開けながら横たわったのだ。
この不可解な現象に会場中が静まり返った。
どうして何が起きたのかわからないのだ。
「開けましたよ。さあ」
少年が振り返りアマンを見つめた。
「アマンッ」
「わぁってるッ」
一足飛びにアマンはクラーケンの口元へと跳躍した。




