007 邪悪な魔女があらわれた
アマンはシオリがもたれかかっていた白い剣に目を奪われていた。
その様子を見ながらアカメが尋ねる。
「あの剣は、あなたのモノですか?」
シオリはキョトンとした眼差しで白い剣を見た。
言われて初めてその剣に気付いたかのような素振りだった。
初めて見るものだった。
いや、本物の剣自体、見るのは初めてなのだが。
「いいえ、ちがいます。私のモノじゃないです」
アカメが二匹にも同時通訳しながら質問を続ける。
「では、あなたの着ているその服は、あなたのモノですか?」
「え? ええ、そうですよ」
「とても変わった服ですね。私はニンゲンの国の書物も何冊と読みましたが、そのような服の記述は見覚えがありません」
「そんな、ただのセーラー服ですよ」
シオリが着ていたのはセーラー部分とスカートがブラウン、胸のつつましやかなリボンが黒色の、白い半袖のセーラー服であった。
他に紺のハイソックスにダークブラウンのローファーを履いている。
「セイラア服? その言葉なら知っています。確か、あなたたちの言葉で水兵のことでしたね。なるほど、あなたも水の戦士なのですね」
「え?」
シオリが何か言う前に、アカメは他の二匹にも今のくだりを通訳してしまう。
「そっか! 水の戦士ならオレたちとの相性もよさそうだな!」
「うむ、なんといっても我らカエル族は水の申し子だからな」
「シオリさん、こちらのウシツノ殿のお父上は、私たちの村の長老であり、なおかつ三十年前の大戦でご活躍された英雄なのですよ」
「聞いたことはないか? 水虎将軍とニンゲンに恐れられていたらしいぞ。まあ、どこまで誇張されているかわからんがな」
「最近はめっきり動こうとしねえもんな、あのじいさん」
「お酒を召し上がるといつも昔の自慢話ばかりですしねえ。ゲコゲコゲコ」
三匹がそろってゲコゲコと笑う。
シオリはその様子に、悪いヒト? たちではなさそうと思えた。
少し安堵しかけていた。
その時だった。
風に乗って、女が話しかけてくる声が聞こえてきた。
「ウフフ。おめでとう。どうやら白姫様も無事降臨なされたようね」
ふもとへと続く山道から、またひとり、ニンゲンが現れた。
アカメは今のセリフを聞き取れたが、他の二匹とひとりは聞き取れなかったようだ。
フッと一笑に付し、そのニンゲンは言葉を改める。
「非力なカエル族が三匹だけ、か。騎士には恵まれなかったようね、白姫様」
新たに現れたニンゲンは西方語を使っている。
そしてこのニンゲンもメスのようだ。
他種族でもわかる。
シオリよりも長く生きているのだろう。
肌は雪のような透き通る色だが、身にまとっているマントと、全身をぴったりと覆う革製のコスチュームは闇夜の黒より濃く見える。
そして背中に流れる長い髪は黄金色。
だがなにより恐ろしいのは、両の瞳も髪と同じく妖しい黄金色に輝いている。
一目で察した。
このニンゲンは邪悪だ。
そいつが悠然と向かってくる。
少しも歩を緩めず、まっすぐにこちらへと向かってくる。
そのニンゲンに三匹とひとりは気圧された。
「な、なんだお前はッ」
声を振り絞ったのはアマンだった。
「オーヤ」
ニンゲンがそう答えると同時に右手をカエルたちに突き出した。
空気が震えた。
三匹とひとりの周囲に立ち並ぶ環状列石が揺れ動き、あろうことか、轟音を立てながら崩れだした。
多くの破片が飛び散る。
アマンとアカメは素早く舞台を離れ、ウシツノはとっさにシオリをかばい破片をその身に受けた。
「ぐ、ぐう」
「ッ!」
黒革のコスチュームを纏ったニンゲンの右手側に走り抜けたアマンは、即座に腰からだんびらを抜き、後方から水平に薙いだ。
オーヤは体を前屈しながら一回転してアマンの一撃をかわす。
「瞬時に私の敵意に反応したか。カエルの分際で生意気ね」
「ゲコォーーーーーーーーーーッ」
アマンの二撃目も難なくかわすと、オーヤの長い金髪が自在に動きだす。
その髪がひとつに束なり、瞬く間に巨大な握りこぶしの形となった。
驚くアマンを殴り飛ばす。
豪快に吹っ飛ばされたアマンは何度も地面にバウンドし、受け身も取れないまま崖下に転落する。
「アマン!」
「ア、アァァァッ、ウシツノ殿ォ! む、村がッ」
アマンが落ちた崖の先、白角の舞台から見下ろせる景色の中、緑一色の木々の中に黒煙が立ち上っている。
「あれは、俺たちの村……か?」
「あらあら、よっぽどガマンが出来なかったのね、あのトカゲの王様は」
ふふふと笑いながらオーヤも黒煙を見下ろしている。
「トカゲ? まさか、モロク王が」
それはカエル族と何かと反目する、トカゲ族の王の名だった。
2020年6月27日 挿絵を挿入しました
2025年2月17日 挿絵を変更しました